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ありときのこの秘密録

作者: 水辺ほとり

 小さなありんこは、毎日大変な日々を送っていた。

 女王様のお土産係として、おいしいものやお土産を巣の外から持ち帰るのだ。

 巣はとても大きく複雑で、とても規模の大きなところだったから、小さなありんこは女王様のお近くで仕事をできることが本当に誇らしいのだった。

 女王様はとても長く女王様をしている大きくとても偉大な蟻だ。子育てが大好きだけれど、毎日の繰り返しに倦んでいた。だから、小さなありんこが珍しいものを持ち帰ると大変喜んだ。


 今日は、うんと大きいものを見つけた。ウスバカゲロウのキラキラした長い羽根だ。

 女王も羽が生える時期はあるけれど、女王の羽の何倍も大きかった。

巣に入るとき、羽を入口の壁にぶつかってしまい、粉々にしてしまい、落ち込んだ。

 いやいや、取り回しが良くなったんだ、そう言い変えよう。


一番大きいかけらを拾うと、女王のお部屋へ走っていった。

「女王様、お土産をお持ちしました」卵の世話がひと段落したのをみて声をかける。

「あら、お入り」と嬉しそうに女王は振り向いた。

 相変わらず大きくて美しいけれど、触角がしおれて、出産と卵や幼虫の世話の繰り返しでさすがに疲れていた。


「今日は何を持ってきてくれたの」

「ウスバカゲロウの羽のかけらです」

「まぁ!傾けるといろんな色が見えるわ!」幼い少女のように女王は喜んだ。

「また素敵なものを持って帰ってきてね。私の可愛い冒険家」

 女王の触覚がありんこの触覚をそろりと撫でるので、ありんこは嬉しくて身震いした。


 梅雨の季節に入り、召使いのアリたちは巣を補強するのに追われていた。お土産係のありんこは、雨の中珍しいものや美味しいものをなかなか見つけられなくて困り果てていた。

 そんな中、小さくてぽよんとした、変わった物を見つけた。ウスバカゲロウの羽みたいに透明で、細くて、背が高い。見上げれば、ぷるんと丸い水滴みたいな傘があって、すっくりと一本足の軸がついていた。

透明なきのこ。いいなあ。

軸を齧って持ち帰ろうとすると

「ひい、やめて!」と歌うような声が聞こえた。

「で、でも、女王様に珍しいお土産が必要なんだ」

「じゃ、じゃあ、他の菌糸が見聞きしたお話をしてあげる、物語をお土産にしてみるのは?」

なんだか良いアイディアに思えた。

「わかった。きかせて?」


 昔々、それは立派な透明きのこがいたんだ!僕のおじさんだよ。それはもう立派だったから、太陽に照らされるとつやつやに光っていたのさ。でもそのせいで、鳥に見つかった。

 食べないでって言ったのに、鳥は話を聞かないで、慌てて食べちゃったんだ!でもね、慌てん坊の鳥だったから、口に食べかすが付いていて、それが飛んでる最中にこの辺に落ちて、おじはそこから菌糸を伸ばして、ここに大家族をつくったんだよ!

「……というわけで、だから、おじさんは、僕たちの仲間で唯一、空を飛んだことのあるきのこなんだってお話さ!」

きのこは、抑揚にあわせて身体をポヨンポヨンとゆらして話した。

「鳥が慌てん坊だったから君はここにいるのねぇ」ありんこは、くすくすと笑った。知らない世界が見えるっておもしろい。女王様は、こんな気持ちでお土産を受け取っていたのかな、そうだといいな。

 お話してるうちに、ふわふわと包むような柔らかい雨がぼしゃぼしゃとした雨に変わった。

「ずっと話していたかったけれど、帰らなきゃ……お土産の物語、ありがとう!」

 ありんこは慌てて巣へと帰った。

「女王様、ただいま帰りました」

「今日もひどい雨の中お疲れ様。どうだった?」

「物は手に入りませんでした。でも、お土産の物語があります」

「へえ!楽しそうねえ、ぜひ聞かせて頂戴」

 にこにことした女王様の前で、ありんこはきのこのマネをして、抑揚にあわせて触覚や体を揺らして語った。

 女王は「物がなくてもこんなに愉快なことがあるのね」と鈴を鳴らすように笑った。

 それからというもの、ありんこは雨の中、毎日きのこから物語を聞いて、うんと楽しくなった。女王様にそれをさらに伝えて、喜んでもらっていた。

 雨の日が重なるごとに、すくすくと透明なきのこは大きくなった。

 ずっとこれが続けばいいと思っていた。


 しかし、うんと雨がひどい日の次の日。久しぶりのうんと晴れた日差しの中、きのこに会いに行くと、あの伸びやかで透明な軸がポッキリと折れていた。

「どうしたの!?」

「昨日の雨、ひどかったろ。成長したら頭が重くてね。打たれて折れちゃった。情けないね」きのこは力なく笑った。

「どうやったら、また元気になれるの……?」

「あのね、今日、暑いしよく晴れてるでしょ。しばらく真夏みたいな日照りになるよ。きっと枯れちゃうと思う」

「元気に、もどれないの……?」

「そう。今も話すのが精一杯なんだ。だからね、君に食べてほしいんだ……」そう言って、きのこは事切れた。

 ありんこは何も言えなくなった。本当なら女王様に見せるために持ち帰るのだろうけれど。

 ありんこは、初めて女王様に嘘をついて、自分の部屋にきのこを持ち帰り、少しずつ齧って食べた。

 だんだんしおれてきたきのこを毎日眺めつつ、いつか芽生えることを祈って、濁った色のかさを自分の部屋の湿った土の中へ埋めた。ありんこは毎日そこにわずかな水をやったけれど、きのこは生えてこなかった。これはお祈りみたいなものだった。

 


 落ち込んだ梅雨明けから、焼けそうな夏が来て大忙しの日々を乗り越えれば、あっという間に秋だった。

 うんと冷える日、ありんこはまだ青いどんぐりがほしくて、巣から遠く離れた木の高いところに上っていた。そのとき、警告の匂いが、遠くの巣の仲間から放たれた。女王が倒れた、と。遠出していたありんこは、間に合わなかった。働き過ぎだったのかな、栄養も足りなかったかな、きのこを食べさせて差しあげたらよかった、とありんこは悔やんで、なにもない自分の部屋の地面にぽろぽろと涙をこぼした。


 混乱の冬が過ぎて、春、新しい女王が立ち、何事もなかったかのように毎日が進んでいく。ありんこはふさぎ込みがちになった。

 小さな冒険家、と呼ばれたお土産係のありんこは、普通の召使いとして、ご飯運び係になった。 

 ご飯を運び終えると、大慌てで部屋に帰っていくありんこを見て、他のアリは「可哀想に。先代女王が好きだったからずっと落ち込んでいるのね」と哀れんだ。


 ありんこはお部屋に帰ると、

「みんな、ただいま!」と嬉しそうに話しかけた。

「おかえり〜」とたくさんの声がする。

 ありんこの部屋は小さなきのこで一杯だった。

 ありんこが埋めたきのこの欠片は、無事に菌糸を伸ばして新しいきのこの赤ちゃんたちを育てたのだ。


 ありんこはあの透明なきのこから聞いた話を語ったり、きのこが他のきのこから菌糸を通して聞いた話を聞き出したりした。

 たまにありんこは、小さなきのこをかじらせてもらった。このきのこをかじると、うんと頑張れるし、いろんな病気や怪我の治りが早いのだった。

 

 ありんこは、自分のことを普通のご飯運び係だと思っていたけれど、周りのアリからは、うんと頑張り屋のありんこだと思われていた。その秘密はこの透明きのこなのだった。

 きのこがありんこの部屋にいるのは、誰にも内緒だった。


 しかし、あるとき、働き過ぎの仲間のアリが、ありんこの眼の前でぱたりと倒れた。

「も、もうだめなんだ、でもまだ働かないと、私の代わりがいないんだ……」

 ありんこは、大慌てで、ベッドのある部屋に仲間を寝かせると、こっそりと干したきのこの小さな欠片を熱いお湯に混ぜて、ぬるくなったものを飲ませた。

「あぁ……なんだかほっとする味だね。じんわり元気が出てきたよ」仲間はシワシワだった触覚が少しぴんとしてきた。

「がんばりすぎだったんだよ……。いつも大変だよね。これからも大変だけど、なんとかやっていこう?具もスープも食べきるんだよ」とありんこは伝えて部屋を出た。

 

 新女王は優しかったが、世代交代が慌ただしく混乱が長かったせいで、産卵が中々始まらず、女王蟻も下のアリたちも数が足りなくて、いつも大慌てで、ずっと大変だった。

 だから、誰かが倒れちゃうなんてたまにあることだった。そんなとき、あんりんこは、スッと現れてはきのこを煎じたものを飲ませて、元気づけて、去っていった。

 アリたちの間で、少しずつ「薬師のアリがいる」と噂になってた。そのことをありんこは知らないままだった。ただ、ありんこはとんでもなくお人好しだったので、眼の前で誰かが倒れたとき、放っておけないだけだった。女王の時みたいに、間に合わなかったと思いたくなかった。でも、あんまりたくさん仲間が倒れるので、干して小さくしたきのこを持ち歩くようになった。


 新しい女王蟻が、新しいと言われなくなってしばらくした頃、産卵の終わりに意識を失ってしまった。

 御付きのアリが大慌てをしていると、少しだけ持ち直した女王蟻が

「あの……薬師の、きのこの、小さな蟻をここへ」と呻くので、大慌てで御付きのアリによる捜索が始まった。

 召使いのアリたちの部屋はすべて扉を開けられた。

 そうして、ありんこは、いつも通りきのこの赤ちゃんたちに水やりをし、少しだけ千切らせてもらった分を干しているところを見つかってしまった。

「薬師様!」

「く、くすしさまってなに!?わ、わたしはただの召使い蟻で……」

「女王様のご容態が!!どうか!その煎じて薬となるきのこ、分けてくださいませ!!さあ!」

「新しい女王様が!?」

 ありんこは、干したきのこを持つと、大慌てで御付きのアリに着いていった。

 ありんこは、手際よくお湯を沸かすと、干したきのこを刻んで、そこに放り込み、ふやけるまで待った。

「女王様、こちらを………」

 息も絶え絶えの女王蟻は

「あたたかい……」と呟くと、少しずつきのこと出汁の出たお湯を飲み干していった。

「すごく元気が出るのね。今にも土へバラバラになりそうだったけれど、力が湧いてきたわ」

「よかったです……!」ありんこは、間に合ったんだ、と本当にほっとした。

「ねえ、あなたにお願いがあるの。正式に、この巣の薬師になって」

「そ、そんな、わたしはただきのこを育てていただけで……」

「あなたは元お土産係だから外の世界にも詳しいし、何よりほかのアリを助けたいという気持ちがある。あなたなら、きっとできるわ」

 まだ弱弱しい女王の手が、ありんこの手へと伸ばされたので、ありんこは困ったような、うれしいような顔で手を握りかえした。




 やってみれば意外と薬師は悪くなかった。お土産係の経験から自然と詳しくなった知識を生かして、食べられる実やきのこを判別したり、薬草の研究をしたり、透明きのこをさらに育てたり、きのこのお酒を造ったりした。

 ありんこは、月に一回、女王の相談役として、お話相手をした。

「いらっしゃいませ、女王様」

 飲み物は、ヤマモモを水に漬け込んで作ったヤマモモジュースだ。女王蟻は席につくと、器用に葉っぱの器からジュースを干した。

「そういうのはいらないわ。薬師、きのこの研究はどう?」

「はい。これはやはり食べすぎると体に毒です。依存性も高くて……。薬として役に立つ量を見極められるアリがわたし以外にももっと必要です」

「ふむ……。外の部隊のアリで適性のあるものをあなたの配下にさせます。勉強させて、何人か跡継ぎを作りなさい」

「そうですね。いずれは、知恵を試す仕組みを作って、乗り越えられたアリが薬師になるようにしたら、たくさん育てられるはずです。……そんなことより、このヤマモモジュース!美味しいでしょう?」

「ふふふ、あなたったら、どうやっても変わらないんだから」


 女王蟻の相談役と表向きにはなっているが、実質的にはお互いの憂さ晴らしのおしゃべりや病気の報告だった。実はあまり年の変わらない二人は仲良くなった。


 こうして、最後にはこの世のアリたちの中で、最も長く、最も素晴らしいとされた女王蟻の治世が、女王の巣の薬師とともに栄えていった。

 最後には、薬師のありは「賢者様」と呼ばれた。




どうしてそんなことわかるのかって?僕たち透明きのこの一族が賢者様を語り継いでいるからさ!賢者様じゃなくて、透明きのこの初めての友達を、今もアリの隣にいる僕たち自身が忘れないためにね!

 きのこを育ててくれるアリには感謝しかないさ。

 とはいえ、干しきのこの焼きかじりに溺れて、滅んだ王朝もあったけど、それはまた今度話すね。僕らは毒にもなれば薬にもなるってこと!

 仲間を助けたい一心で、必死に生きた賢者のありの話はこれでおしまい。


 さ、君も薬師候補生なんだろう?頑張って毒との見分けを覚えておいで。

それじゃあね。



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