プロローグ④ 川神亜里沙の正体
私の正体ですって?
お代理さまの晴野川智仁が神主の格好でスパイの私を裁こうとでもいうの?
何だか滑稽だけど、呆気なくバレたから仕方ないし、ここから逃げられそうにもない…
私は開き直ることにした。
「まあ、室長代理には全てお見通しみたいですから、隠しても仕方ないですよね…お察しの通り、私は常務派のスパイとして、密かに人事部に手を廻して、こちらの部署に異動させられたのです」
「え?そうだったの??…いや、続けてくれ…」
晴野川は惚けたように呟いた。
この人はただの天然なのか…まあ、いい私は自分の正体を洗いざらい話し始めた。
私、川神亜里沙は入社2年目の24歳。
きっかけは高橋取締役が父方の遠縁の親戚だったため…早い話が私はコネ枠入社組だった。
就活中でも人混みにいると突如体調不良になるハンディーを背負ってきた私は、最後の砦として、この名門企業?に裏口から入社させて貰ったのだ。
この高橋取締役というのは三友一族が支配する三友グループの中で数少ない反三友派。
派閥盟主は並木常務取締役という欧米かぶれの実力派叩き上げグループだ。
でも実態は、単に三友一族関係者だけの優遇が許せない!と不満を持つ人々が集っただけの烏合の衆。
しかもその中でも私は取締役のコネという究極の優遇措置で入った存在…つまりは矛盾そのものだった。
なので、表向きは常務グループからは距離を置かれ、専ら会社内部の情報収集を密かに行うのが仕事のようなものになっていた。
第二営業部でも上司の悪口を言っている人のリストアップやら、職場内恋愛などの人間関係を調べたりと、まるで社内興信所…のような仕事をさせられていた。
なので最近では周囲からは煙たがられ、徐々に浮き上がり始めていた。
そんな中、次の調査対象として、新規事業開発室が密かに防衛隊と組んで北米軍を差し置きドローン兵器を極秘に開発する、という謎の噂の真偽を確かめるために私が急遽送り込まれたのだが、実態は単なる零細神社相手のCSR活動だったということがわかり、ガッカリだった。
が、確かに会社の統制が全く及ばない怪しい組織ということだけは確かめられた…
「とまあ、これが私の正体です…こうやって話すと本当に私ってつまらない存在ですよね…」
まあ単なる社内スパイなので殺されることは、まず無いだろうが、正体がバレたことで常務派からは見限られ私の居場所は、もうこの会社からは無くなるだろう。
「で…?」
晴野川がつまらなそうに言った。
「はい、だから私は常務派のスパイで…」
「そんな、つまらん自己紹介はどうでもいいから…早く君の正体を教えろ!」
「はぁ??」
「川神さん、ちょっと…」
林田が小声で耳打ちする。
「智仁さまは、君が常務派のスパイなんて小さいことには興味ないんで…」
「え、だって私の正体を知りたいっていうからですね…私は正直に…」
「智仁さまが知りたがっているのは、君の身体に纏わりつく、その邪悪なオーラの正体なんです!」
「え?何言ってるんですか?」
「本当に君は自分の正体を知らんのか?」
そう言って、晴野川は私の腕を掴んだ。
「せっかく、お祓いのフリをして術式をかけてやったんだ、君の目にも見えるだろ?」
晴野川に掴まれた私の腕には、紫色に輝く蛇のようなものが巻き付いていた。
しかも生きているように私の腕から身体に這いまわっている。
「ひっ…な、なんですか、これは??」
「何って?君が先祖代々受け継いできた邪悪な力だよ…周り全てを不幸にするね…」
「知りません!」
…いや、本当は薄々知っていた。
私の母方の実家は代々、怪しげな宗教をやっていた。
なので、子どもの頃から寺のような神社のような訳の分からない場所に預けられ、いろいろ変なことをさせられていたような気がするのだが…詳しくは思い出せない。
「やはり、そうか…君って浄土神教の一族なんだね…」
浄土…神教…ああ、確かに母方の実家の宗教はそんな名前だった。
晴野川の話によれば、その宗教は邪教とされ、世間では弾圧されてなかなか表に姿を現さなかったのだ。
「その時の君の記憶がトラウマになって、大きな神社や人込みを避けようとしたのかも…いや正確には周りに悪影響を与えないように誰かが封印の術式を君にかけていただけなのかもしれないけど…」
「どちらにせよ、この件は、もう少し調べたいですね…」
林室長が静かに言った。
「ああ、そうだな…」
「それよりもさ、早くこの子から邪悪な力を剥がしてあげた方がいいんじゃないの?」
神田英子が三叉の神器を出して身構える。
それを諫める晴野川。
「まあ、神田さん、そう焦らずに…せっかく余津矢神宮の例祭と重なったのですから、ここはこの邪悪な力を利用して、一気に例大祭をしてしまう…というのはいかがですか?」
「相変わらず、智仁さまは突拍子もないことを思いつくわね…」
いつの間にか陽菜子氏が神楽殿に現れた。
「ふーん、君が高橋の爺の懐刀ね…」
陽菜子氏が鋭い視線を私に送る。
「え…あの…私」
「本当はね、あなたを利用して、新規事業チームが極秘でやっているドローン兵器開発プロジェクトを役員連中にわざとリークしようと企んでいたんだ!」
え?新規事業チームがやっている仕事って、本当にドローン兵器開発だったの!?
でもなんでわざわざ常務派にリークを?
「もちろん、ブラフ…つまりはインチキだったからよ。本命のこっちの活動を隠すためのカモフラージュだったからね」
「え?ショボい神社を盛り立てるCSR活動の方が、やっぱり本命だったんですか??」
「そ…でもね、本命の意味することは、あなたが知る必要はないことなの…本当なら黙ってドローン兵器計画を常務たちにチクってくれたら、それで終わる筈だったの…なのに肝心のあなたがレアな邪教である浄土神教教祖の末裔だってことがわかったから、急遽、智仁さまによって計画を変更させられちゃった…って訳」
また出た浄土神教…そもそも母方の実家は一体、何をやっていたのだ?
「まあ見た目は一般的な一向宗門徒を装って戦国時代からいろいろ悪さをしていた…一向一揆があれだけ苛烈になったのも裏では彼らが暗躍していたからともいわれるわ…代々の教祖一族はね、人々の持つ小さな邪悪な心を肥大化させて一気に戦争や殺戮駆り立てる恐ろしい異能の持ち主だったのよ。川神さん、今まで本当に自分のそんな邪悪な力を知らなかったの?」
「…はい、人混みで気分が悪くなるだけの力だと思っていたので」
「そう…でも、知らない方が良かったのかもね…で、今日これから、そんな面倒な力ともさよならできるって聞いたらどう思う?」
「え?この気持ち悪さから私は解放されるんですか?」
「そうだよ!」
陽菜子氏の言葉に私は心躍った。
私にとっては、それが今、何よりも優先されることだったからだ。
「ぜひ、お願いします!…その、もしお金がかかっても一生、働いて返しますので!」
あの気持ち悪さや体調の悪ささえなければ、今後、私の人生が良い方向に向くのは間違いないと確信したからだ。
「まあ、我々としては、その力を頂いて逆に世界の役に立てようと思っているから、お代どころか、お礼をしたいくらいなんだけどね…じゃあ、その君の邪悪な力を貰っていいって、ことだよね?」
晴野川はいつの間にか笑顔になって私に微笑んでいた。
「はい、もちろん、世界の役に立つなら是非!」
「ありがとう、川神さん…じゃあ早速、儀式の支度を始めるから待っていて!」
いつの間にか、新規事業開発室員が全員揃っている。
やはりこの部署の人は神職か神社関係者ばかりだったのか…
おひな様部屋という呼び方自体がカモフラージュだったことは明らかだった。
そして、なぜかもう一人、見知らぬ軍服姿の女性が立っていた。
「あの方は?…」
私がその女性について陽菜子氏に尋ねると、
「ああ、防衛隊のドローン兵器開発担当の連絡将校だよ、表向きはね…」
「この度、三友電機新規事業開発室に出向させて頂きます、二等空尉の神戸薫です!」
敬礼する薫。
「ふふ、彼女が本物の三人目の神女よ…」
怪しく微笑む陽菜子氏。
あ、そうか神と書いても、カンと呼ぶ人だけが、本物の神女たちなのか…
だが何の意味があるのだろう?
「さあ、神戸さんも支度をして貰えますか?」
「はい」
神崎未歩に促されて奥に消える薫。
一体、これから何が始まるのだろう?
私は期待と不安で、胸の鼓動が高まった。