プロローグ③ 企画チームのお仕事
私、川神亜里沙は人事異動発令前から次の職場である、新規事業開発室のお仕事に参加することになった。
だが向かった先は、神社の例祭??
三友電機って、電機メーカーの会社だよね?
もしかして神社の賽銭とかをIT化するシステムでも受注するの?
私は仕事との結びつきが今一つ実感できないまま、指定された場所へと向かった。
それにしても仕事での外勤は久しぶりだ。
今までいた部署は営業部門ではあったが、アシスタント業務のため基本的には内勤であったからだ。
やっていることも伝票処理などの精算業務ばかりで、企画書や提案書も誰かが作ったものの手直しやプリントアウトだけの作業しかやっていなかった。
考えようによっては、これでようやく一人前に外で仕事をさせて貰える部署に異動ができたのか?
いや、そもそもが島流し部署なので、そこで一人前と認められても微妙なところだろう。
目的地は余津矢駅の先、住宅地のど真ん中に佇む、神社というよりは小さな祠のような寂れた場所だった。
入り口前には、既に室長代理の晴野川と係長の林田が到着していた。
いちばん下っ端の私が最後に到着とはやらしかた…思わず、頭を下げた。
「すみません、遅れました!」
「あ、大丈夫、ちょうど良いタイミングじゃないかな?」
「ああ、15分前集合、ぴったりかな」
私が慌ててスマホの時計を見ると、確かに集合時間の15分前だった。
二人の到着は、少し早すぎでは??
「あ、僕らはちょっとした下調べしていたから…」
林田がスマホで何かを撮影していたようだった。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
晴野川に促され、私たちは神社の隣の民家に向かう。
木造平屋建てのかなり趣のある家だ…ていうかここが目的地?
「ああ、ここの神社の社務所兼宮司さんの家だよ」
恐らくは大正昭和期に建てられたようなレトロな建物とは、恐らく私が知り得る限り、三友電機製品とは、結びつかなった。
奥の和室に通された私たちは、この神社の宮司から例祭の説明を受けている。
どうやら話の流れを聞くに三友電機は、この神社の例祭に資金援助をしているようだった。
え…それって三友電機の仕事なの??
私はひと通りの打合せが終わった帰り道、思い切って林田係長に聞いてみた。
「ああ、確かに川神さんの言う通り、神社の援助は、三友電機という会社の仕事なのか?って不思議に思うことはあるかもね…でも三友グループ全体で見たときはどうかな?例えば、川神さんはCSR活動って知っているよね?」
「企業の社会的責任…ですよね?」
「そう、企画チームの仕事って、グループの社会貢献に近い活動をしている中で、地域社会に根ざしている神社の活動支援なんかをしているんだ…将来的には、近々発足する三友文化財団に事業を移管する予定なんだけどね…」
なるほど…どうやらこの企画チームの仕事はCSR活動などの環境や社会活動を担っているのか…
どちらかといえば、事業の成長など会社が儲かる活動には寄与していない=出世とは縁が薄い部署であることがこれではっきりした。
「でも…なんで神社なんですかね?特定の宗教団体に肩入れして大丈夫なんですか?」
「あ、それは大丈夫。ここの神社は神道本庁とかの大きな団体に所属しない小さな神社だから…どちらかといえば文化的、歴史的価値の方が高いけど、資金力もないから、文化庁とか自治体なんかと協力しながら支援しているんだ」
「なるほど…新規事業開発室とはいっても必ずしもお金になる仕事をしている訳でもないんですね」
「まあ、企画チームは、そうだね…」
なあんだ、結局のところボランティアみたいな仕事をする部署だったのか…だからこそ出世に関係ないけど、将来も安泰な陽菜子氏や晴野川が担当している訳か。
「あ、陽菜子さんのチームとは、また、ちょっと違うんだけどね…まあ、その説明も追い追い」
「ところで川神さんって、神社には、あまり興味がないの?」
説明をしている林田の横から晴野川が口を挟んだ。
「いえ、興味が無いっていうか、ちょっと苦手なんですよね」
私は正直に答えた。
「苦手?」
「はい、昔から神社に行くと、なんか体調が悪くなるっていうか…なので、普段はあまり行かない様にしているんです」
「じゃあ、今日行った神社は大丈夫だったの?」
「はい…まあ、あんな小さくて人気のない場所だったら、問題ないです」
私が体調を崩すのは、初詣でも大混雑しそうな、原宿や赤坂なんかにある超有名巨大神社などだ。
「なるほど、それは面白い…」
晴野川が独り言のように呟いた。
「は?何が面白いんですか?」
私にとっては大問題の神社アレルギーが面白い?
「いや、ゴメン。私の周りは神社に行ったら憑き物が落ちて、調子が良くなる人の方が多かったものだから…そうだ、せっかくなら帰りがけに四人之町神社によってみようか?」
「はあ…」
「いいんですか?智仁さま」
「いいの、いいの、少し試したいことが出来た。
晴野川は、何か思いついたように、スマホで何か所かにショートメールを打ちまくると、四人之町別館の隣にある四人之町神社、通称”死人の町神社”に向かった。
この神社は別館同様、普段から、あまり近付きたくない施設だ。
私は林田に、ほぼ無人の四人之町神社の神楽殿に案内された。
「あの…勝手に入って大丈夫なんですか?」
「まあ、ここは智仁さまが宮司を兼ねている神社だから、問題ないよ」
「はあ?どういうことですか?」
「元々の家業の関係でね…会社には副業届けを出してここで神主をやっているんだ」
するといつの間にかそこに、神職の装束に身を固めた林室長が現れた。
後には巫女の装束姿の神田英子が続く。
「え?なんで室長と神田さんが?」
「この神社人手不足だから、時々、新規事業開発室で手伝っているんです。室長は元々神職の資格を持っているし、神田さんも昔、神社でバイトしていたみたいですし」
私の驚きに平然と答える林田。
一体何を始めようとしているんだろうか?
「まあ、ひらたく言えば、川神さん、あなたのお祓いをするんですよ」
「え?なんで私のお祓いを??」
「智仁さまが、なーんかね…川神さんに憑いているものが気になったみたいで…」
「え?でもお祓いなんて、私頼んでませんよ、お金だってそんなに持ち合わせないし…」
「大丈夫、今日は特別サービスとでも思ってください」
私たちが、そう言っている間に、林と神田が、厳かに儀式を執り行い、続いて、晴野川がさらに一段上?の装束姿で現れた。
こうして並ぶと、まるで、おひな様みたいだ…
あ、そういうことだったのか…おひな様部屋と揶揄されていたのには、ちゃんとした理由があったのだ。
「さ、川神さん、智仁さまが祝詞をあげられるので、合掌を」
「あ、はい…」
私は林田に促されるままに合掌をすると、晴野川がぶつぶつと祝詞を唱え始めた。
「…かしこみかしこみ…」
普段、神社に行った時の酷い頭痛や倦怠感こそ出なかったが、なんだかフラフラする。
「あの私…もう」
立ち上がって思わず退出をしようとする私の頭を押さえつける林田。
「ダメですよ、お祓いが終わるまで…最後までちゃんと座っていてください」
「そんな…」
すると晴野川が立ち上がって大麻を使い、私の頭上で祓った。
私は全身から冷や汗のようなものが吹き出し、全身の力が抜けた。
一体、私の身体に何が起こっているんだろう?
「川神さん、もう大丈夫ですよ…さて、そろそろあなたの正体を話して貰えませんか?」
私に向かって静かに話す晴野川。
え?全部お見通しだったの?
今回の異動は全て高橋取締役の仕組んだもので、私は彼の手先として新規事業開発室に送り込まれたスパイだということを…
明らかに会社とは別組織として活動している新規事業開発室の秘密を探って来いという、高橋取締役からの荒唐無稽な命令を半ば呆れながら聞いていた私だったが、それは、どうやら事実だった…
バレたということは、今、この密閉空間で私は怪しげな術式を使われ自由すら奪われている中で自分の立場が絶体絶命であることを悟ったのだ。