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お代理さまと三人神女(おだいりさまとさんにんかんじょ)  作者: つっちぃ2号
プロローグ 死人の町?のおひな様
1/6

プロローグ①「おひな様部屋」への異動

私の名前は、川神亜里沙(かわかみありさ)(24)。

まさか、この名前のせいで異動になるとは…


内示が出たのは一週間前。

所属していた課長に呼ばれて、会議室の一室に通されるとそこには部長と担当取締役が待ち構えていた。


「いやぁ、この度はおめでとう、川神君、新規事業開発室に異動だ!」

席についた途端、取締役が上機嫌でこう告げた。

異動?つまり今の部署から移るってことか。

「はぁ…」

私がこの会社に入社してたのは2年前。

そろそろ異動する時期が来ていたことは確かだったが、正直、実感が無かった。

仕事にもようやく慣れてきて、やりがいも出て来たというのに…


「せっかくの栄転なのに、不満かな?川神君は?」

「いえ、そういう訳ではないんですが…」

訝しげに聞いてくる部長に応える私。

「栄転って言っても…あまり良い評判を聞かない部署ですよね?その新規事業開発室って」

「君、何を言っているんだ、三友グループ次期総帥の陽菜子さんのいる部署だ、気に入られれば、将来は安泰なんて言われているよ!」

「はあ…そうかも知れないですけど、裏ではその陽菜子さんを揶揄して『おひな様部屋』なんて言われてますよね、人材の墓場とも…」

「おい、神川君!」

「まあまあ、山田部長…神川君としては今回の異動は本意ではなかったのだろう?」

「ええ、まあ…」

「だが、そこは私の顔を立てて貰えると嬉しいんだが」

取締役の高橋にそう言われると逆らえない。

この人のお陰で私はこの会社に入れたのだから…


私が今居る、三友電機という戦前から続く旧財閥企業グループの中心的な会社だ。

第二次世界大戦敗戦後も財閥解体を上手く逃れ、未だに三友一族が支配している。

早い話が前世紀の遺物そのもので、21世紀の現在では、レトロを通し越して化石のように硬直化したグループ会社でもあった。

とはいえ、三友グループは、未だに国内外の従業員数50万人を超える一大企業でもある。


私が異動内示を受けたのは、その三友グループ次期総帥最有力候補と言われている、三友陽菜子氏のためだけに作られた「新規事業開発室」…通称おひな様部屋だ。


「ともかくこれから、新規事業開発室の林室長に挨拶だけでも行って貰えないかな?」

「はい…わかりましたぁ…」

高橋取締役に逆らえない私は渋々、異動先の職場に向かった。

新規事業開発室は本社ビルから離れた四人之町別館は蔑称”死人の待ち別館”と呼ばれる建物の中にある。

なぜなら、この建物に入る部署の多くは事業の統廃合で切り捨てられたり行く先がなくなった人や仕事をごった煮にして押し込められているような隔離場所だったからだ。

この建物から出られるときには、クビか外部出向が待っている=クビ、つまりは死刑執行待ち=死人の待ち別館と噂される所以なのだ。


本当に将来安泰のご栄転部署なら、ここではなく本社ビルの最上階にあるはずだろうに…

私は諦めつつ、異動内示の挨拶に"死人の待ち別館"の最上階にある、"おひな様部屋"に向かうのだった。

本社ビルのある五人之町から一区画ほど歩くと、最初に目につくのが四人之町神社。

昔は栄えていた神社のようだが、今は寂れて、鬱蒼とした森に囲まれ、中の様子を伺えない。

その横にあるのが三友電機四人之町別館。

元々は三友本社ビルだったらしい戦前からあるこの建物は、外側こそレンガ造りで昭和レトロな趣があったのだが、一歩中に入ると修繕が行き届いておらず、照明も暗くほぼ、お化け屋敷のような場所だった。


エレベータも昭和…というか戦前からリニューアル工事すらしていないような骨董品級だ。

階数表示もデジタル表示ではなく、矢印がアナログな目盛りを指す構造だ。

最上階を目指すが、私以外、廊下にもエレベータにも人気がなかった。

日中とはいえ、あまりに人気が無いのは、やはり不気味だ。


最上階はさすがに廊下の窓から指しむ西日のおかげで少しは明るかったが、西日…というのはなんとも縁起が悪い。

そして最上階の端には『新規事業開発室』と書かれた控えめな看板がぶら下がっていた。

私は軽くノックして入室した。


「失礼します、林室長はいらっしゃいますか?」

広いフロアの真ん中に離れ小島の様にぽつんと机が並ぶ三つの区画。

恐らく一つが新規事業ラインで、あとが企画ラインと管理ライン…らしい。

その二つの区画の奥にある窓際の机に座る男が、私の方を見た。

「ああ君が、川神さんだね?お待ちしてました」

どうやら、この人が新規事業開発室室長の林のようだった。


室長席の横にある会議スペースに招かれ、一通りの説明を受ける私。

新規事業開発室は10人の組織で、室長の林(50)以下、室長代理の三友陽菜子(28)と晴野川智仁(28)がそれぞれ新規事業チームと企画チームを受け持っていて、管理チームは林が受け持ち、男性は中林係長(42)、林田係長(31)、富田林係員(26)、林原係員(25)、女性は神崎未歩(26)係長に経理担当の派遣である神田英子(33)、それに私、川神亜里沙が入ることになっている。


なるほど、二人の課長代理級を除けば、男は全員林がつく名字、女は神のつく名字。

語呂合わせで五人囃子(林)と三人官(神)女か…


「あの、林室長?」

「なんですか?」

「私の異動が決まったのも、この名字のせい…ですかね?」

「さあ?異動は人事が決めることなので、私は何も…」

否定も肯定もしないところをみると、やはりこの異動は名字のせいなのだろう。


ただ単に三友陽菜子の居場所を作るためだけに作られた、おひな様部署と呼ばれているこの組織は会社には何の力も持たない、お飾り部署と言われている。

このため人事も必要な人材ではなく、適当な人材を語呂合わせで送り込むだけのようだった。


「それで私の仕事は?」

「ああ、とりあえずは企画チームの林田君の下について貰えるかな?追い追い業務内容は説明をして貰うから」

「はぁ…」

だが新規事業開発室居室には今のところ、林室長以外は経理の派遣らしき人(神田さん?)しかいない。

他の人はどこにいるのだろう?


企画チームといえば、三友陽菜子の許嫁と噂される晴野川智仁が仕切るラインということになる。

となると悪くはない配属先…なのだろうか?

だが、そもそもここで私がやる仕事なんて、あるのだろうか?

どちらにせよ異動は確定事項のようのなので、しばらくは様子見だった。


そう思っているうちに扉が開くと残り7名の室員たちが戻って来た。

どこかに出かけていたのだろうか?

「戻りました」

恐らく声を掛けて来たのが晴野川智仁なのだろう。

一人だけ気品のあるスーツを着込み、フリルがついた洒落たワイシャツを身に付けている。

この目立つ姿のため社内では”王子”というあだ名が付いている。


もっとも三友陽菜子の許嫁であれば、そのまま婿養子になって、将来の三友グループを背負うだろうから、まさしく"王子"そのものになる訳なのだが…

だから陽菜子と智仁の二人合わせて、お内裏(代理)様と陰では言われているのだ。

お代理様と三人神女、それに五人林を加え、これでおひな様の完成か…

あとはひな壇まであれば完璧なのだが、そこまでふざけたことが会社で出来る訳もないが。


「あ、君が川神さん?」

少しギラついた感じの男が話しかけて来た。

「あ、はい」

「林田って言います。川神さんと同じチームで仕事をすることになるので、よろしく」

「よろしくお願いします」

私はぺこりと頭を下げる。

「で、早速なんだけど、今日の夜、空いてる?」

「は?」

「せっかく川神さんが来たのなら、歓迎会をやろうって、陽菜子さんからのお誘いがあって…」


林田の背後で、さり気なく様子を伺う、綺麗な女性…恐らく彼女が三友グループ次期総帥候補の陽菜子その人なのだろう。

このお誘いを断れるほどの度胸は、一介の平社員の私には無かった。


とはいえ、当日いきなり飲み会に誘うなんて、ここは本当に昭和な組織なんだな、と実感した。

やれやれ、今後は思いやられるな…そう考えると私は、ちょっぴり鬱になった。

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