青い薔薇なぜあらんや。
十三番のオアシスに着いたのは、朝日がまだ登る前だった。
無理やり走らせたせてきたせいか、苦しそうに息をするラクダを木へと括り付けた。
それから男は、後ろに乗っていた女を抱え、熱い吐息が首筋にかる。オアシスの縁まで運び寝かせた。
弱々しく息をする彼女の体をゆっくりと優しく起こす。
「先生、先生。今水を飲ませます」
薄く青いオアシスから水を木で出来た器で掬い、うっすらと目を開ける彼女に飲ませた。コクコクと小さな音を立て飲む。彼女の乾いた唇から溢れ落ちた雫は、砂の中へと吸われていった。
朝日を眺めていると、
「祈らないのですね。殿下」
体を起こした彼女は、朝の冷たい風に髪をゆすられながら、凛とした声でそう言った。
「ええ。先生、どうやら私は、神に見放されたらしいです……」
「そうですか……殿下、少し散歩をしませんか?」
倒れそうになりながら立ち上がる彼女の手を取り支える。オアシスの周りを少し歩いて男は立ち止まり、歯を食いしばるような表情をしてから口を開いた。
「先生、私には意味がなくなりました。権力闘争に敗れ、民にも見放され。私は、この世界に必要ないようです」
男は、疲れた黒い目で彼女を見つる。
「殿下、あれを見てください。青いバラが咲いています」
彼女は、一輪咲く青いバラを指さして遠い目をして言った。
「あの青いバラは綺麗ですね。きっと、あの青いバラが咲いているからこのオアシスも……綺麗なのだと、私は思います」
感慨深い顔をした彼女は、青いバラの咲いているところまで一人でふらふらと弱々しく歩いて行ってしまった。男は、そんな彼女の小さな背中を眺めてからついていく。
「意味ですか……」
ぽつりと呟いた彼女は、青いバラの小さな棘を触り、花びらに触れながら首を傾げる。
「きっと!……私の生まれてきた意味は……なんでしょ?そう考えると、思いつきませんが、殿下、アレス様をここに連れて来るためかなと、今は思います」
彼女は、胸を張りそのことが正しいように言い切った。まるで、息を吹き返したように。
「ここへ?」
アレスは、分からなそうに首を傾げ咄嗟に聞き返した。
「はい。そう思いました。殿下は、生きる意味がなくなったとおっしゃいました」
彼女の青い目と視線が絡む。
「私も殿下をここへ連れてくることが、私の本当の生きる意味かは分かりません。ですが、これが生きる意味だって、決めることが大切なんだと思います」
彼女は、全てを吐き出すように絞り出すようにそう言って、苦しそうな顔をした。
「この砂漠は、暑くて砂だらけです。けれど、この一輪の青いバラがあるから、咲いているからこそ、この暑くて砂だらけの砂漠が意味のある、大切なかけがえのない場所になるのだと思います」
太陽が上り始め、彼女を照らすかのように朝日が木々の間から差し込む。
「人は、与えられた物を黙って受け取るしかありません。運命には、勝てないですから。だからこそ、アレス様に見せた一輪のオアシスに咲く小さな青いバラが綺麗なのです。ここに咲き、アレス様に見せたからこそ」
凛とした声がアレスの脳裏に響いた。風が吹き体中を熱風が取り巻いて、奮い立たせるように。
「アレス様、あなたの生きる意味はなんですか?」
彼女は、そう言い切って倒れた。
オアシスから一人、男が今まで辿った道へとラクダを進めた。暑い砂漠は、容赦なくアレスを照らし熱風を吹き付ける。けれど、アレスの目には何かが見えていて、何かを背負ったようたような顔をしていた。
十三番目のオアシスの青いバラの前には、彼女の名前が彫られた小さな石が置かれていた。
その横で、青いバラは風に揺られる。
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