第5節 十四話 雨女
私の周りはいつも雨が降る。他の場所が、晴れていてもなぜか私の居る場所はいつも雨が降っている。
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「燈くん!また書庫の扉開けっぱで帰ったでしょ!これで3回目だよ!?」
「す、すみません。つい忘れて帰ってしまって。次は気をつけます!!」
書店の奥にある書庫。そこには妖が封印された本を保存しておく棚がある。この緒方書店で最も厳重に扱うべき部屋だ。唯は珍しく怒って興奮していた。
「次はないからね!何かの拍子に妖が逃げ出したりしたらどうするのよ。ほんとにもー。」
「本当にごめんなさい!絶対に次はないように気をつけます。こ、これでも食べて落ち着いてください…」
燈が隣の店で買ってきたクッキーを手渡した。
「こんなので誤魔化せると思ってるの?!…でも一応もらっておくわ。」
唯は甘いものが何よりも好きなのだ。
と、そのとき小さな手が唯のお菓子をサッと攫った。
「あ、」
「あっ!」
「オ、イシイ!」
そのお菓子は、座敷童の小さなかわいい口の中に吸い込まれていった。
「と、とりあえず書庫の件は置いておいて、今日の仕事なんだけど、実は半分人間相手のような要件なの。それに少し遠出することになる。だから今回は2人で行きましょう。」
珍しく唯が緊張した面持ちで話をした。
「2人で、ですか?留守番はいらないんですか?」
書庫には多くの妖怪が封印されている。もしものことがあるといけないので、いつもは長く出掛ける時、どちらかが留守番する決まりだ。
「前はマコマにしてもらってたんだけど、今回は座敷童ちゃんが司書になってくれたから、何かあったら知らせてくれると思うわ。」
「オマカセ!」
意外にも座敷童はノリノリだ。
「妖怪の名前は?」
「憑依形の古典妖怪、雨女よ。」
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そして、2人は電車に乗って移動した。途中で駅弁や、景色を楽しみながら、隣町の高校近くにやってきた。
「もしかして、あの人ですか?」
燈が示す先には頭上に雨雲を従えながら歩いている制服姿の女の人がいた。
「そうね。雨女に憑依されるとあの雨雲が頭の上から離れなくなるの。物理的に自分にだけ太陽が当たらなくなって憑依された人は最終的に心を病んで自ら命を断つこともあるわ。」
「どうやったら本に封印できるんですか?」
「……」
唯が気まずそうにチラッとこちらを見る
「どうしたんですか?」
「えっと…あの子をときめかせるの。」
「は?!え?」
「だーかーら!!憑依されてる子をときめかせるの!」
唯が言うにはつまり、ターゲットの女の子に惚れさせなければならないということだ。
「えぇー…嫌ですよ。」
2人の間に微妙な空気が流れ、
少しだけ場が膠着した。
「分かりました。僕はどうすればいいんですか?自信ないんですけど。」
「大丈夫。燈くん顔はそこそこいいから私の指示通りやればいけるって。このワイヤレスイヤホンで指示するから。頑張って。」
ものすごい棒読みで言うと唯はワイヤレスイヤホンを燈に渡して、燈の背中を押し出す。
「まずは、彼女びしょ濡れで周りの人も避けて歩いてるでしょ?だから傘をさしてあげて、これどうぞ!よ」
ふざけているのかと思ったが、唯は意外と真面目に指示を出しているようだ。
「風邪ひきそうなのでこれどうぞ。」
「あ、ありがとうございます…私なんかに。」
「また、今度返してください。」
そう言って燈は唯の元に帰ってきた。
「こんなんでいいんですか?」
「ふふん!これをあと1週間続けるのよ!」
話しかけた感触は、かなり奥手そうな女の子だったが、何やら唯には考えがあるらしい。