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九話 映り込んだ物②

 僕は件の玄関先に立っていた。

 前方には、カメラマンの本田さんらしき中年の男性、そして照明の秋本さん。怖がりながら秋本さんの側にいる梨子の姿が視えた。

 その前には裕二、隣に加藤さんがいた。彼等から少し下がって歩く達也の姿も確認出来た。動画配信をしながら、懐中電灯で周囲を照らして中の様子を伺っている。

 彼らの後を追って、僕も成竹と表札が掛かったお屋敷に上がり込む。 

 家の敷居を跨ぐと、ピリピリとした緊張感が肌を伝って息を呑んだ。


「………」


 土間に上がり、埃だらけの廊下を視ても、霊の気配は感じなかった。

 カメラに映る三人が、ふざけながらもしかして、ここが御札の間ではないかと、口々に言いながら部屋を散策している。

 廊下の右側にある薄暗い部屋はそれぞれ襖が開け放たれ、廃墟らしく家具は汚れていたが、侵入者に荒らされたような様子はない。

 この家が廃棄されたのはかなり前だろうけど、まるで少し前まで人が生活していたような妙な生々しさがあるな。

 僕はまず、そこで一旦頭の中で皆の動きを停止させ、周囲の光源を限界まで上げると、なんとか薄暗い部屋と言えるまでに、環境を整えた。

 視線を彷徨わせると壁には、古いカレンダーが掛けられていた。昭和五十年の七月のカレンダーである。

 少なくとも、この家の住人は四十五年前には、ここから神隠しにあったように、人がいなくなっているようだ。

 神隠しの家がある、この北関東の周辺にある廃村は、ダムの建設で移住を余儀なくされたり、高度成長期で都会に出る人が多くなって、高齢者だけが取り残され、過疎化したという話は聞いた事がある。

 これは北関東に限らず、地方の集落では良くある話だな。

 だけどこの家の住人は、過疎化する村から引っ越したというより、何かを恐れて家財道具をまるごと捨て、体一つで夜逃げしたように見える。


「それじゃ、始めるか」


 僕は、さらに意識を集中させてこの家にいる霊を探した。裕二達が恐れる何者かを、先入観なしで探らなければいけない。

 僕は、完全な人として霊を視る事が多いので、相手が生きている人間か死んでいる人間なのか、区別がつかない事も多々ある。

 僕の経験上、ぼんやりと輪郭が青く光る霊は、攻撃的な霊ではない。それらは、こちらに感心を持たずただそこに存在してるだけの、彷徨う浮遊霊、または場所に囚われている地縛霊だ。

 まれに全く色のないモノクロやセピアの霊もいるが、それらも同様である。

 危害を与える霊は、人間と同じで憎悪をこちらに向けたり、ぼんやりと輪郭が赤かったりする。中には悪霊や、呪詛を垂れ流し、その先の魔物化までしてしまって、異形になった者もいるけれど。


「ここ、何かいるな」


 六人が入った部屋の手前から三番目に、霊の気配を感じて、僕はその部屋を覗いた。

 恐らく、ここは成竹家の家主の書斎だったと思われる場所だ。

 部屋の隅に、僕と同じくらいの年齢の男性が膝を抱えていた。服装から見て、僕の世代より一回り上の方だろうか。それでも格好からして最近亡くなった人のようなので、この家の住人じゃないだろう。

 彼は深く項垂れ、ブツブツと独り言を呟きながら前後に体を揺らしている。

 僕は彼の近くまで行くと、声を掛けた。


「すみません、この家で見た事を教えて頂きたいのですが」


 顔を上げた瞬間彼の目は真っ黒な空洞になっていた。僕は、死ぬ直前に視力を失ったか眼球が潰れたのかもしれないと、本能的にそう思った。

 それとも、見たくない物を見ない為に自分で目を潰したんだろうか。


『俺は悪くない、俺は悪くない。だからこんな所に入るのはやめようって言ったのに。何も見てない、俺は悪くない、俺は悪くない、俺のせいじゃない。あいつらが死んだのは俺のせいじゃない!』


 もしかして彼は、この屋敷に肝試しに来た人なんだろうか。

 間接的な答えを聞く限り、僕の声は彼に届いているようだが、答える気はないのだろう。

 彼はこの屋敷で何かを恐ろしい物を見たのかもしれないが、正気でいられないほど怯えきっていて、これ以上何を聞いても答えられないような気がした。

 根掘り葉掘り聞けば、恐怖のあまり逆上し、取り憑かれてしまうかもしれない。自分が死んだ事さえ分かっていないような地縛霊に、僕は答えを求めるのは諦めて、その部屋を後にする。

   

「っ……!」

 

 突然僕の目の前を、ケラケラと笑いながら二人の子供が走り抜け、思わず悲鳴を上げそうになった。

 僕は子供を追うように、廊下を小走りに歩く。

 一瞬視えた服装からして、終戦直後の子供達のような、古めかしい格好をしていた。


『あは、あははは!』

『きゃっ、きゃっ! 待てぇぇ』


 僕を追い越して走り抜けた筈の子供達が、急に左の縁側から飛び出してきて、右の部屋に駆け抜けると、心臓が止まりそうになった。

 おかっぱ頭で赤いスカートの女の子と、その子に追い掛けられている男の子はブカブカの学生帽を被り、古い着物を着ている。


「ちょっと……」


 声を掛けようと覗いて見ると、そこには誰もいない。畳を駆け回ったり、炬燵の上を裸足で走り回るような、ペタペタとした音が聞こえたんだが。

 恐らく、霊感の強い秋本さんならこの霊達の存在に、気付いていたかもしれない。

 今度は僕の背後でクスクス笑いながら走り回る子供の気配がして、振り返る。

 だが、そこには二人の姿はなく完全にからかわれているようだった。


「ねぇ、ちょっと君達話を聞かせてくれる……わっ!」


 踵を返すと、僕の眼前に深く項垂れた二人が現れて、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。


『いいよ』

『おにいちゃん』

『なにしてあそぶの』


 子供達が同時に顔を上げると、黒目はなく目が真っ白だった。

 無表情の青白い顔に、破棄のない無邪気な笑みが浮かんでいる。だが、子供の霊は純粋な分、残酷で大人のように聞き分けがない。

 暴走してしまうと、説得するのも大変なので、僕は慎重に言葉を選ぶ。


「僕は健っていうんだ。ごめんね、ちょっと今は、この屋敷について調べているから、一緒に遊べないんだ。今、六人の大人が通ったよね。君達の他に誰かいる? 何が起こったのか知ってるかな」 


 子供達は一瞬、つまらなさそうにして首をガクガクと揺らす。怒らせてしまったんだろうかと、背中に冷や汗が流れた。


『ふーん。たくさんわたしたちのお家に遊びに来たけど、みーんな死んじゃったよ。あのおふだの部屋には入っちゃだめなのに』

『お母ちゃんがいってた。オハラミ様は怒らせたらだめなんだって。ウズメいがいは、僕たちみたいに死んじゃうんだ』

『おにいちゃんも死んじゃうね』


 キャハハと子供達は笑うと、そのまま闇の中に溶けて消えてしまう。

 しかし、オハラミ様の他にウズメという新しい単語が出て来たな。

 僕が漫画や小説の格好いい主人公だったなら、オカルト知識は豊富なんだろうけど、残念ながらオカルトを避けてきた僕には、全く思い当たらない。

 新興宗教かそれとも土着の信仰か。

 けれど、民俗学を専攻している梨子も、この辺りで思い当たるような風習はなかったようだ。

 それとも、オハラミもウズメも隠語なのだろうか。

 この村の由来である鳥頭(うず)はトリカブト類の根の事だ。それも関わりがあるんだろうか。僕は、深呼吸すると、六人を追い掛けるようにしてその部屋に入った。


『うぁ〜〜、これは気持ち悪ぃ。なんかこの家だけは、夜逃げしたみたいじゃん。見てみろよ、テーブルの上に割れた食器も置きっぱなしだし、仏壇もそのままだ』

『きっと、それが神隠しの家って呼ばれる由縁なんだよ。愛には分かる……ここで恐ろしい事が起きて、全員消えちゃったの』


 達也は加藤さんの言葉に身震いし、周囲を懐中電灯で照らす。ふと、ご先祖様の遺影がずらっと並んでいるのを見ると、僕はゴクリと唾を飲み込んだ。

 無断で不躾に人の家に上がり込んで、ふざけている彼等を、誰も彼もが険しい顔付きをして、睨み付けている。

 故人達の目と口が動き、鬼の形相で、罵倒とも警告ともつかない言葉を彼等に浴びせ掛けているが、全員の声がザワザワと混じって聞き取る事が出来ない。額縁から出られない彼等は、攻撃的な赤い光を発して怒っていた。


「参ったな……、あんなに怒っていたら、僕の話なんて聞いて貰えないや。やっぱりこれは成竹家のご先祖様に祟られたのか」


 村一番の信仰心の厚い家系、あるいはこの家の一族が作り出した新興宗教を重んじる、成竹家のご先祖様達が加藤さんをおかしくさせ、裕二を怯えさせているんだろうか。




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