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六話 怪異の前触れ

 秋本さんと、裕二は加藤さんを抑えていたが、華奢な女の子とは思えないような力で、彼らを跳ね除けようとしていた。


『達也! 何やってんだお前っ、手伝えよ! もう洒落になんねぇってこれ。愛ちゃん、しっかりしろ! 車に連れてくぞ』

『愛ちゃん、大丈夫、しっかりして!』

 

 達也は、裕二に声を掛けられるまで呆けたように神棚を見つめ、何かを掴み取るような動作をしたらしい。四人は加藤さんの体を抑え車まで戻り、急発進して鳥頭村から立ち去った。

 これが、梨子の身に起きた事だ。


「なるほど……。それは、大変だったね。でも、直接霊を見た訳じゃ無いし、加藤さんは感受性が強そうだから、御札の間の雰囲気に飲まれて、集団ヒステリーみたいになったのかもしれないよ」


 そこまで聞いて、僕は珈琲を飲むと言った。彼女達が経験したのは、謎の電話だけで、これは実際物理的に現象が起きているし、心霊現象だと思う。

 加藤さんに霊感があるかどうか、今の時点では僕には分からない。集団ヒステリーのようになってしまったのだろうと、梨子を安心させるように言ったが、とてつも無く嫌な予感がしている。

 僕の本能が、これは関わってはいけない類の怪異だと、警鐘していた。


「私もそう思ったんだよ。でも……愛ちゃん、それからおかしくなっちゃって。車に乗った時は大人しくなっていたのに、帰ってから変な事を言うようになったの。オハラミ様がどうとか。それでもう、大学にも来れなくなっちゃって、ご両親と島に帰ったんだけど。暫くして行方不明になったらしくて。それに、あの時達也が変な物を持ち帰ったみたいだよ」

「え? オハラミ様なんて聞いた事が無いな。達也は廃墟にあった物を持ち帰ったのか?」

「戻して来いって、私も秋本さんも言ったんだけど、本田さんと裕二くんがそれを面白がっちゃってね。番組に使えるから、持って帰ろうって言ったの」


 さらに、雲行きが怪しくなってきたな。

 例え廃村でも、廃墟や森にある物は、石ころ一つでも持ち帰ってはいけない、法律に違反するからだと聞いた事がある。

 そんな事は、制作会社に勤めている本田さんなら分かりそうなものだけどな。

 僕の第六感が、これ以上この件に首を突っ込んでは、危険だと告げている。

 加藤さんの様子を聞いていて、その後が気になっていたが、精神を病んで、消息不明になってしまっているとは思わなかった。

 正直に言うと彼女とは特別親しい訳では無いので、卒業前にSNSのIDの交換はしたが、個人的に連絡し合った事は無い。島を離れていたせいで、最近の事情も知らなかった。

 それにしても達也は、一体何をふざけて持ち帰ったのだろうか。


「うん、これなんだけど。動物の頭蓋骨みたいなの。本田さんは、猿じゃ無いかって言ってたけど、私もそう思う。民俗学的には、興味深いんだけどね」


 梨子は携帯のフォルダーから画像を探すと、テーブルの上に置き、そのまますっと僕の目の前に差し出した。

 そう言えば彼女は、大学で民俗学部を選考していたな。

 梨子の手から、携帯を受け取ろうとした瞬間、梨子の手に覆い被さるようにして、突然筋張った女の細く青白い手がすっと伸び、僕の手首をやんわりと掴んで、爪を立てた。


「うわっ!!」


 僕は驚いて思わず声を出し、手を引っ込る。いきなり大きな声を出してしまったので、店内の客と店員が一斉にこちらを見た。梨子も僕の悲鳴に驚いたように、目を見開いてポカンとする。


「何? 健くん、大丈夫?」

「あ、ああ。何でも無い」


 いつの間にか青白い女の手は消えていて、僕は恥ずかしくなり、梨子に謝罪する。

 もしかして僕は、猿の頭蓋骨の写真を見ただけで震え上がる、軟弱な奴だと思われたかもしれない。


「健くん、もしかして動物の骨とかそういうの苦手だった? ごめんね、写真でも何か分かるかもしれないって思って」

「いや、今のは気にしないで。全然、僕は平気だから!」


 僕は、普段から視えないように霊感を遮断している。そうしなければ、日常生活が送れないからだ。

 意識的に霊視する時は、怪異とチューニングを合わせるようにしない限り視えないし、霊にも遭遇しない。けれど、さっきの霊は簡単に言えば、厳重に戸締まりしている、僕の家の鍵をこじ開けて、不法侵入出来る位強かった。

 これはかなりやばい事に首を突っ込んだかもしれないなと思ったが、それ以上に梨子や友人達が心配になった。

 画面に映る猿の頭蓋骨からは、禍々しい何かを感じる。だが、実物に触れなければ僕は霊視が出来ない。


「これ、多分なんらかの儀式に使っていた呪具じゃ無いかな。神棚にあったんだよね? オハラミ様っていうのも気になるし。もしかすると、村独自で信仰している、御神体かもしれないな。とりあえず、まずは裕二や達也に連絡取ってみる。もし僕だけで手に負えないような案件ならば、ばぁちゃんに助言を貰うよ」


 僕の言葉に、梨子は心底安心したような表情をした。


「うん、ありがとう。健くんが友達でいてくれて、本当に良かった。私もいろいろ調べてみたけど、あの村の事は分からなくて」

 

 ショートボブの髪を耳に掛けて、ようやく笑顔を見せた梨子に、僕はドキドキした。

 高校の時も可愛かったが、大人になってからはさらに綺麗になっていて、やはり僕はまだ彼女の事を吹っ切れそうに無い。

 とりあえず、達也と裕二に連絡を取ってみよう。

 出来るだけ自分で解決しないと、ばぁちゃんに助けを求めたら最後、いつお前は島に戻って修行するんだ、雨宮神社を継ぐ気はあるのかと、言われるに違い無い。

 それに、夢の中と同じく最近ばぁちゃんの体調が優れないと、母さんから電話で聞いてるから、なるべく負担は掛けたく無いしな。

 我が家に生まれた女性は代々霊力が強く、その多くは雨宮神社の巫女となって管理し、祓ったりしている。ばぁちゃんはどうやら歴代の中で一番強くて、そして孫の僕は曽祖父の遺伝帰りなのか、男でありながらさらに霊力が高いらしい。

 ばぁちゃんは簡単にそんな事を言ってくれるけど、神主になるには、神職資格を取得しなくてはならないし、普段修行していない僕は、拝み屋としても未熟だ。

 僕は、都会に出て普通に就職して稼げるようになり、出来るだけ早く女二人で育ててくれたばぁちゃんと母さん達に、恩返しがしたかったので、神道系の大学にも進まず、高校を卒業して就職した。

 それに、出来れば霊とは無関係な生活をして一生を終えたいものだ。

 今は母が神社を管理しているし、とりあえずこのまま家業を継がずに、逃げ切りたい。

 

 

「ねぇ、健くん。私も一緒に手伝って良いかな?」

「い、良いけど、危ない目に合うかもしれないよ。それでも梨子は平気なの?」

「こんな状況でじっとしているのって、落ち着かなくて、不安になるの。愛ちゃんの事も、やっぱり責任を感じるからなんとかしたいし」


 心霊スポットに行ったのは梨子の責任では無いが、あの時もっと強く加藤さんを引き止めていれば、という後悔があるようだった。彼女の立場に立てば、僕も同じように罪悪感に苛まれていた事だろう。

 それに、達也には悪いけど梨子と一緒に行動出来るのは嬉しい。

 いや、断じて僕は人の彼女を寝取ったりなんてしないが、梨子の役に立てて、友人として彼女とさらに信頼関係を築けるなら、嬉しいじゃ無いか。

 僕は心の中でうだうだと言い訳をしつつ、梨子の申し出を二つ返事で引き受けた。




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