五話 神隠しの家 御札の間
そして、彼らは成竹という表札が書かれた神隠しの家を目指す。
裕二と、加藤さんを先頭にして屋敷の中に入ると、家の中はやはり廃墟らしく、それなりに傷んでいた。
だが、先程までここで誰かが暮らしていたような、生々しい生活感を感じる。
例えるなら、ある日突然、日常生活を送っていた家人が、なんの前触れも無く、忽然と蒸発してしまったかのようだった。そうとしか表現が出来ないと、梨子は表情を曇らせて項垂れる。
『うぁ〜〜、これは気持ち悪ぃ。なんかこの家だけは、夜逃げしたみたいじゃん。見てみろよ、テーブルの上に割れた食器も置きっぱなしだし、仏壇もそのままだ』
『きっと、それが神隠しの家って呼ばれる由縁なんだよ。愛には分かる……ここで恐ろしい事が起きて、全員消えちゃったの』
達也は加藤さんの言葉に身震いし、周囲を懐中電灯で照らした。ふと鴨居に飾られてある、先祖代々の遺影が浮かび上がって、梨子は思わず悲鳴を上げそうになった。
モノクロ写真の遺影は、一番古い物で、明治大正、その辺りの時代に撮られた物のようだった。
そこは、話を聞く限り歴史のある屋敷には違い無さそうだな。
写真の中の険しい視線が、一斉にこちらに向きそうな気がして、梨子は目を逸らす。その時、隣りで照明を抱えていた、秋本さんの手が震えているのに気付いたという。
『駄目だ……駄目だ。まずいよ、これは……』
秋本さんの手が震え、撮影に支障をきたすと、何度か本田さんが注意をする。その度に、彼が気をしっかり持とうとしているのが見て取れ、さらに梨子の恐怖を煽った。
暫く家の中を散策していると、彼等は、この屋敷がおかしな間取りである事に気付いた。不自然な場所に扉がつけられている。その近くに、大きな箪笥が倒れていた。
壁に薄っすらと日除けの跡が残っていたので、誰かがこの隠し部屋に気付き、箪笥を退けて中に入ったんだろうと、梨子は推測したようだ。
『あの、本田さん。ここやばいですよ。絶対に、この部屋には入らない方がいいですって』
『頼むから落ち着いてくれ、秋本くん。大丈夫だよ。何かあれば、俺のツテで、有名な霊能者さんにお祓いして貰えるからさ』
秋本さんの狼狽ぶりに、梨子も同じ気持ちだったが、本田さんは、鼻から幽霊なんて信じてい無さそうだ。有名な霊能者のツテもどこまで本当か分からない。
『ごめんね、後でここ編集するから、ゆうじぃ君続けて。ついに御札の間らしき場所に潜入する場面だ。一番再生回数稼げる所だよ』
裕二は気を取り直し、秋本さんと本田さんに目配せすると、木の扉をゆっくりと開いた。目の前に、部屋中に貼り付けられたお札が見える。
『うわぁ! これが噂の御札の間ですかね。うわうわ……これ、普通の量じゃ無いですよ。一体、成竹さんの家で何があったのか。どうしてここが神隠しの家と呼ばれるようになってしまったのか。うーん、これだけお札があるって事は、家族に次々と不幸が襲いかかったとか、そう言うの考えちゃいますよねぇ。ね、あいちーどう? 何か感じる?』
裕二は、気合を入れるとリスナーを意識して、心霊スポットの実況を始める。神隠しの家には通称、御札の間という場所があり、そこを今回の配信のメインにするつもりのようだ。
狭い部屋一面に、いろんな神社から貰ってきた御札や、経本の切れ端、おそらく家主が自作で作ったと思われるような、手書きの札までもが、畳から天井まで手当たり次第びっしりと貼り付けられている。
もしかすると肝試しにきた連中が、手の込んだ悪戯をしたのかもしれない。本田さん達が番組の為に考えた仕込みの可能性もあり得るけれど、そんな時間は無かっただろう。
ともかくそれは、異様な光景だったようだ。
梨子は、本能的に身の危険を感じて彼等に話し掛けた。
『怖い……。ねぇ、やっぱりこの家から出ようよ』
梨子はこの時、もっと必死に彼等に訴え掛けていればと、後悔しているようだった。
懐中電灯に照らされたその部屋は、普通の仏間ほどの広さで、部屋全体を墨汁で真っ黒に塗り潰したように闇が深い。その中で御札が、ぼんやりと白く浮き上がっている。
その気味の悪い部屋を見て、梨子は足が震えた。
『霊感があるとか、無いとかそう言うの関係無く、この部屋はなんかやばいってば……! 絶対に先に進まないで』
『梨子、大丈夫。愛には分かる。ここは安全だよ。この御札が魔除けみたいになってるの。結界ってやつね。きっとこの家の人達は、何かから逃れる為にここを作ったんだよ』
加藤さんが呟くと、ふらふらと部屋に吸い込まれるように入って行った。
彼女の言う事が本当なのか、霊感の無い五人には分からないだろう。
水晶のパワーストーンや、数珠のブレスレットを、霊能者のように握りしめて、部屋で佇む加藤さんは、何かに取り憑かれているんじゃ無いかと疑心暗鬼になってしまうほどだった。
梨子は、あの部屋が危険だと感じていても、友達を置いて行く訳にも行かず、一人で帰る手段も無いので、渋々友人達の後を追う事にした。
『あいちーによると、こ……ここは、結界になっているそうです。一体何から身を守る為の結界なんですかね。暗いな。全員いるー?』
『全員揃ってんぞ。ここマジでやばいッスよ。寒気すげー。これ、また前みたいになんか起こるかもしんねーな。成竹さん、お邪魔してます。いたら返事してくださーい!』
達也は、馬鹿笑いをしながらふざけたように大声で、成竹さんを呼んだ。
『やめてよ、達也……怖いってばっ!』
梨子は青褪めて、達也を叱りつけた。達也は昔から、自分の弱みを他人に見せたく無い男で、虚勢を張ってしまう癖がある。彼も、本心は梨子と同じく怯えて、動揺していたのだろう。
暫くして彼等の目が暗闇に慣れてくると、小さな神棚の前で加藤さんが佇んでいるのが見えた。
『ここ。この、神棚から一番強い力を感じる………』
加藤さんはうわ言を呟き、神棚の前で微動だにしなかった。通常神棚というのは、自分の目線より上に置くものだが、それは丁度彼女の手が届く高さに置いてあったようだ。
本田さんが、加藤さんを追い掛ける裕二にカメラをズームさせていく。
回り込むようにして裕二が加藤さんの肩越しに神棚を撮影し、恐る恐る彼女の隣りに並んでカメラを向けた瞬間、加藤さんは、誰かに首を強制的に向かされたように、勢い良く裕二の方を見た。
『繧ョ繝」繧。繧。繧!!』
『うわぁぁぁ!!』
加藤さんは白目を向いて、奇声とも言葉とも分からない絶叫を発すると、その場で泡を吹き、痙攣して倒れてしまった。
全員が悲鳴を上げ、裕二と秋本さんが加藤さんを抱きかかえた。カメラを回していた本田さんは、強張った表情で言った。
『撤収!! 全員車に戻りましょう』
こうなってしまってはもう、心霊スポットの撮影どころでは無い。