三十五話 真相③
芳恵さんは、自分の命を贄にし、この鳥頭村の人間達を、根絶やしにする事を強く祈ったんだろう。
彼女の祈りは、浮かばれない埋女達の魂と強く結ばれ、オハラミ様と呼ばれる存在に、届いてしまった。
初めに異変が起こったのは、芳恵さんの実家である、成竹家だ。彼女を裏切った大黒柱である父親の精神が、蝕まれてしまった。
芳恵さんが、埋女として贄に選ばれる前から、酒癖が悪かったようで、夫婦喧嘩が絶えない様子が霊視出来た。
そして、あの儀式が終わってから、さらに酒の量が増えたらしい。
父親は、娘を引き渡した罪悪感からなのか、オハラミ様と芳恵さんの影に日々怯えるようになってしまう。
仕事をサボっては酒を飲み、娘と孫を失って、精神を病んでしまった妻と口論が続いた。そしてとうとう、一家惨殺事件という悲劇が引き起こされてしまう。
それからというもの、鳥頭村の人々に、次々と不幸が降りかかってしまったらしい。
大地主の長男が事故死し、彼の息子である、あの生まれたばかりの乳児も病死してしまう。
息子の嫁である晴子さんもショックを受け、自ら命を絶ってしまい、跡継ぎは事実上途絶えてしまった。その頃から村人達は、芳恵さんの呪いについて噂をするようになったようだ。
その間にも、彼女の呪いを裏付けるように、村人達に破産や事故、家族の自死などが相次ぐ。不安を感じた住民の一部が、この寺に押し掛ける事もあったようだ。
そして、嗅ぎ回るマスコミに追いつめられた彼等は、オハラミ様の祟りが起こるのではと恐れ、とうとうトリカブトの毒を飲んで、集団自決にまで至ってしまう。
芳恵さんの願い通り、この村の人間達は、全員全滅してしまったけれど、彼女はこの土地に縛られ、あの時の怒りや憎しみ、亡くなった埋女達の絶望感を抱えながら、ずっと彷徨い続けているんだ。
「っ……ゲホッ……芳恵……さん!」
僕は再び、現実の世界に引き戻される。憑依された梨子に、首を絞められていたんだ。
咳込みながら、彼女の両手を必死に引き離そうとして、自分の手に力を込めると、青い光が放たれる。
芳恵さんは悲鳴を上げながら、僕の首から手を離した。
一瞬怯んだせいで、芳恵さんは梨子の体から抜け出てしまい、僕は慌てて気を失った梨子を抱きとめて、地面に倒れ込む。
『私の赤ちゃん返して……返してよ。返してっ……返せぇぇぇ!』
芳恵さんの絶叫が本堂に響き渡り、彼女の長い髪が、まるで蜘蛛の糸のように、僕達の体に絡み付いてくる。
その度に、龍神真言で退けるが、半ば魔物と化した彼女は、未熟な僕を嘲笑って、何度も僕達の体に髪を纏わりつかせ、ギリギリと締めつけた。
まるで獣が、獲物の息の根を止めずに遊んでいるかのようで、ジリジリと僕達を追いつめていく。
必死になって気絶した梨子の首に絡み付く黒髪を、ブチブチと引き千切りながら、龍神真言を唱えた。だが繰り返す攻撃に、僕の体力はどんどん削られていってしまう。
「健……くん……」
「り、梨子、大丈夫か?」
「健くん……、芳恵さんを救ってあげて」
「分かったよ」
ようやく、薄っすらと意識を取り戻した梨子は、僕にそう言った。
僕はハッとして彼女を見下ろす。
絶対に梨子を守りたい、助けたいという、気持ちばかりが先走ってしまって、大切な事を忘れていたようだ。
ここに来たのは、もちろん友人や梨子を助けるためだけど、それと共に、芳恵さんを、苦しみから救いたいと思ったからじゃないか。
龍神様の力は、消し去るだけのものじゃない。それに僕は、芳恵さんが求めているものの答えを、知っているだろ。
「芳恵さん。大丈夫ですよ」
彼女の出産を霊視した時、子供の頭蓋骨が本堂に安置されていた。あれは贄にされた子供達の頭を、利用していたんじゃないかと思う。
猿の頭蓋骨は、表向き人間の子供の頭蓋骨の代替え品として、使われていたと仮定すれば、首から上は髑髏本尊として、大切に扱われていた事になる。
この本堂のどこかに、乳児の骨が集められ、保管されていた場所があったはず。
僕は、心の中でその子達に届くように霊力を集中させた。そうすると、頭の中でがんじがらめにされていた、呪術の楔が弾け飛び、光り輝く存在が視えたような気がした。
「芳恵さん。もう、この子を悲しませないで下さい」
僕がそう言うと、遠くで赤ちゃんの笑い声が聞こえてきた。それはやがて、小さな光球となり、僕と梨子の間まで来ると、光り輝く可愛らしい赤ちゃんの姿へと変わる。
芳恵さんの動きがピタリと止まり、彼女の黒髪がするすると引いていった。おぞましく歪んだその顔も、床から幾つもの光球が、浮かび上がったのを凝視して動揺する。
『ああ』
小さな球体からは、赤ちゃんのくずる声や、笑い声が聞こえる。
『私の……赤ちゃん』
僕は立ち上がると、腕の中の赤ちゃんを抱きながら、恐る恐る放心する芳恵さんの前まで来た。彼女の表情は魔物ではなく、一人の母親に戻っていて、苦しそうに涙を流していた。赤ちゃんは、無邪気に母親に手を伸ばして笑っている。
「芳恵さん、もう終わったんです。この鳥頭村は滅びて、あんなおぞましい儀式は二度と起きないから、どうか安心して下さい。この子と共に安らかに天を目指して下さい。きっと、その先に、智則さんが待ってくれていますから」
次こそは、親子三人一緒で幸せに生まれ変わる事が出来ますようにと、祈った。
僕が彼女に赤ちゃんを差し出すと、芳恵さんは、それを壊れ物を扱うようにしてそっと抱き上げる。いつの間にかその姿は、赤い着物の恐ろしい女ではなく、花柄のワンピースを着た若い女性になっていた。
きっとそれは、芳恵さんが生前好んで着ていた服なんだろう。
『ありがとう……』
彼女は、涙を流しながら僕に笑いかけ、頭を下げる。その瞬間、本堂の扉が開き、光球となった芳恵さんが駆け抜ける。
不意に僕の手を繋いだ梨子が、その光を追うように、本堂の外に向って走り出した。
「え! わっ……ちょ、り、梨子!」
「健くん、見て!」
僕は、彼女の指の感触に顔が熱くなるのを感じながら、一緒に外へ飛び出した。満天の夜空に向かい、埋女達は失った赤ちゃんを抱擁すると、次々と光の玉となって、空に舞い上がっていく。
その光景は蛍が天へ昇るかのように幻想的で美しい。ようやく、因習によって、理不尽に犠牲にされてしまった彼女達に、平穏が訪れるんだ。
僕達は手を繋いだまま、その光景を見ながら泣いていた。
『ようやく終わったね。健、初めてにしては良くやったよ。もう少し手こずるようなら、ばぁちゃんが割って入ろうかと思ったんだけどねぇ』
ばぁちゃんの声が聞こえ、僕は現実に引き戻された。
「ええ? いやいやちょっとばぁちゃん。僕がどうするか、様子を見てたのか? 死にかけたんだけど」
『ばぁちゃんだって必死だったのさ。まぁ、何事も経験だよ。今のあんたなら、ばぁちゃんが後ろにいる事に安心して、油断しちゃうでしょう。それじゃあ、本当の力は出せないだろうからねぇ』
僕の右側から顔を出し、一仕事終えたばぁちゃんがそう言うと、子供の時の僕を褒めていた時のように、頭を撫でくれた。
「ふふ。私には楓おばあちゃんが視えないけど、助けてくれてありがとうございます。健くんも、本当にありがとうね」
『礼なんていいさ。絶対に助けるつもりだったからねぇ』
「いいんだ。僕を頼ってくれてありがとう」
ずっと手を繋いだままでいた僕らは、改めてお互いの顔を見合わせると、急に恥ずかしくなって、同じタイミングで手を離した。
にやにやしている、ばぁちゃんの事は見ないようにして、再び空を見上げる。全ての埋女達が天に昇る頃、いつの間にか空は白み始めていた。
儀式を行った悪僧も、村人達の霊も、もうここには存在していない。




