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三十一話 天野梨子③

 龍神真言で召喚された、青白い光。

 その光の中には、透明な虹色の鱗が視えた。龍の胴体のようなそれが、地下道の遥か向こうまで通り抜けると、達也が背負っていた、黒く蠢く物の正体がはっきりと視えた。

 老若男女の霊が、お互いの体を捻り、ぎゅうぎゅうと団子のようになりながら絡み合っている。かろうじて自由に動かせる両手だけを使い、こちらに向かって、腕を伸ばしていたんだ。

 こんな、おぞましい異形の姿になった霊を見たのは初めてかもしれない。あの釣り人の魔物よりも、遥かに恐ろしい姿をしている。

 彼等は瞳孔を広げ、一斉に僕達を凝視し、怯えて極限まで口を開けると、獣のような咆哮を上げる。そして、一瞬にして蒸発するかのように、サラサラとその姿を粒子に変え、消え去った。

 ばぁちゃんの憑依は、いつの間にか解かれていて、僕の体から飛び出す。

 そのまま彼等と共に飲み込まれて、消滅しそうになった、達也の手首を掴むと、こちら側に引き摺り出した。


『雨……宮………梨子、本当に傷付けてごめん。巻き込んでごめんな。俺はなんて事をしたんだ。俺のせいで……みんなが』


 悪霊から、切り離された達也の顔は高校に入学した時と同じで、あどけない少年のようだった。彼は子供のように、顔をくしゃくしゃにして、泣いている。

 僕は、本当に彼とこの先会えなくなるのかと思うと、走馬灯のように思い出が過って、涙が溢れてきた。


『俺は、あいつらに取り込まれて、あの儀式を見た。あいつらは本当に、最低な事を、あの人にしたんだよ。お願いだ、この先何があっても梨子を守ってやってくれよ。俺と違って、お前なら出来んだろ』


 僕の勝手な解釈かもしれないが、達也の言葉は、オハラミ様の祟りから梨子を守って欲しいだけじゃなく、この先ずっと、男として彼女を守って欲しいと託されたような気がした。


「達也、梨子は僕が必ず守るよ。そして芳恵さんも、きちんと成仏させる。光が見えるか? お前は、そこに向かって行けばいい」

『ありがとう雨宮。ああ、見えたよ。死んだお祖父ちゃんが迎えに来たみてぇだ。だけどその前に、お前にどうしても、伝えたい事があるんだ』


 達也はそう言って、僕に歩み寄って来ると、僕の両目に冷たい片手を当てた。聞き返す暇もなく、僕の頭の中にはモノクロの映像が、断片的に流れ込んで来る。


 ――――なんだ、これは?


 長年、子宝に恵まれなかった夫婦が、施設から養子として受け入れた赤ちゃんを、抱いているのが視えた。

 一戸建ての、夢のマイホーム。

 その庭先に置かれた小さな祠には、注連縄が掛けられている。安置されている御本尊は、見覚えのある異形のダキニ天だ。

 場面は変わり、本田さんに見せられた鳥頭村一家惨殺事件の新聞が浮かび上がる。

 それを、図書館で手にする学生服の男子生徒に、誰かの面影を感じて脈が早くなっていった。

 映像はやがて、セピア色に変わり、僕は隣の席に座る、二十代後半の綺麗な女性と絶景を見ながら、フランス料理に舌鼓を打っていた。

 直感的に僕は、この人が先ほどの男子学生の婚約者だろうと思った。次に視えたのは、顔に白い布を被せられた女性のご遺体だ。

 この人は、先ほどの女性だろうか?

 そして場面は唐突に変わって、この鳥頭村に、足繁く通う人物の後ろ姿に僕は確信した。


「本田さん……?」 


 僕が言葉を発すると、セピア色だった過去が、次の瞬間ノイズ混じりのカラーの映像へと変わっていく。

 ダキニ天の本尊の前で、ぼんやりとたたずむ、本田さんの後ろ姿が視える。彼の足元には、泡を吹き目を見開いた加藤さんが、うつ伏せになって倒れていた。

 

「なんで……本田さんが?」


 達也が手を離すと、僕は現実に引き戻される。


「おい、ちょっと今のはっ」


 白い球体に変わった達也は、僕の質問に答える事もなく、地下道の天井まで浮かぶと、そのまま通り抜け、空へと向かって消えてしまった。愕然としていた僕だが、泣いてる梨子の声に我に返る。


「梨子、大丈夫か?」

「健くん……達也、成仏したの? 何回も浮気して、最後は勝手に死んで、本当に最低。もっと言いたい事、たくさんあったよ」

「あ、ああ。亡くなったお爺さんが迎えに来たみたいだったよ。うん……そうだね、一発殴れたら、良かったんだけどな」

「あは、本当だよ」


 泣いていた梨子が、必死になって手の甲で涙を拭っている。彼女からすれば、達也は本当に身勝手で、最低な男だったろう。

 だけど、それだけでは割り切れない思いもあったはずだ。僕の冗談にほんの少しでも、梨子が笑ってくれたのが、せめてもの救いだ。

 僕自身、彼に対しては色んな感情が渦巻いて、一言で言い表すのは難しい。ただ僕から言える事は、古い友人がこの世から消えてしまうのが、本当に寂しかった。 

 

『――――それにしても、やっぱりあの本田という男、なんだかおかしいと思っていたんだ』

 

 ばぁちゃんは、そう言うと自分の顎を掴んだ。ここに来てようやく、ばぁちゃんが、本田さんを凝視していた謎が解けそうだな。


「ばぁちゃん、どういう事? 実は梨子、達也が僕に、どうしても伝えたい事があるって、過去の映像を見せてくれたんだ」


 僕は、達也が見せてくれた一連の過去の映像を、かいつまんで彼女に話す。梨子は目を丸くして驚いていた。


「でも、健くん。本田さんが、愛ちゃんを殺す動機なんてないじゃない」

「遺体の側に居たからって、本田さんが犯人だって、短絡的に決めつけたくないんだけど……」


 僕の、記憶違いじゃなければ彼の手に、ロープが握られていた。


『あの男に出逢った日、あんたは、呪物の霊視ばかりに、気を取られていたんだよ。本田の背中に愛ちゃんが、ピッタリと憑いていたのさ。だけどそんな事よりも、ばぁちゃんはあの男から禍々しい気を感じ取っていたんだ』


 僕は探偵や刑事じゃないから、一人前に推理する事は出来ないが、それでも色々な事が、点と線で結ばれていく。


「本田さんは、義理の両親の元で過ごしていたんだ。あの人は、一家惨殺事件で唯一生き残った、成竹正雄さんじゃないのかな?」


 正雄さんは、村人達が集団自決をする前に里親に出された。僕は、てっきり一家惨殺事件の被害者でもあり、血塗られた村とは無関係の人物の元へ、養子になったかとばかり思っていた。

 だけど、鳥頭村も近代化に伴い出稼ぎに行った村民もいるだろう。

 東京に出て、結婚した芳恵さんがいるんだから、他にも信仰を密かに持ちながら、移住した村人もいる。

 だが、信仰を守るために自決するんだ、あの鳥頭村の人達は、同郷の繋がりが強いと思う。


「じゃあ……、本田さんはこの鳥頭村の事を、最初から知っていた事になるよね」

「間宮さんが、血脈が気になると言っていたんだ。実家の庭に祠を立てていた位だし、本田さんもオハラミ様への信仰心はあったんじゃないのかな?」


 まさか、この東京で昔のように贄を捧げる、なんて事は出来ないだろうが、義理の両親が信仰していたのだから、贄の文化は知っていた可能性はある。

 現に彼は、一家惨殺事件の事についても、鳥頭村についても、熱心に調べていたじゃないか。


「でも、どうして本田さんは愛ちゃんを殺してしまったの、それが分からないよ」

「裕二に、この件は黙っていて欲しいって言われたけど、友達が殺されたのなら、梨子だって知る権利はあるな。彼女は裕二と付き合っていて、初期の段階だけど……妊娠してたんだ」

「嘘……だから、愛ちゃんは贄として選ばれたって言うの? そっか、本田さんは裕二くんから愛ちゃんの妊娠について聞いたんだ」


 梨子は目を見開いて口を抑えた。

 本田さんにしてみれば、加藤さんは臨月じゃなかったが、埋女としての資格を持ち合わせていたんだ。

 だから彼女は贄として、殺されてしまったんじゃないだろうか。


『今は、あの男だけが村で儀式が出来る唯一の人間だ。そうか……あの髑髏本尊を壊しても、本田が依代になる事が出来るんだよ』



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