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三十話 天野梨子②

「た、健くん……あの人達は、もう襲って来ない?」


 僕と一緒に居るせいか、この場所の霊と波長が合ったせいなのか、梨子は部屋の中で蠢く、成竹一族の霊も視えているようだ。梨子は、怯えた様子で僕の服を握る。


『大丈夫だと言っておやり。健は、ばぁちゃん以上に龍神様の加護が強いから、あそこから出られないだろう。――今のところはね』


 ばぁちゃんの声が、頭の中で僕に話し掛けてくる。自分の中に別の人間が居るのは不思議だが、そのお陰で段々と、霊と対峙する感覚が掴めて来ているような気がした。

 それにしても、今のところはという言葉が不穏だな。


「大丈夫だと思う。ばぁちゃんが僕の守護霊として、力を貸してくれているから」

「楓おばあちゃんが、私達を護ってくれているの?」

「ああ、生前と変わらないよ」


 梨子の顔が、この鳥頭村に来て初めて輝いた。学生の頃から、うちに遊びに来る度に、ばぁちゃんと話していたもんな。祖母を早くに亡くした彼女にとって、僕のばぁちゃんは、自分の本当の祖母のように思えたんだろう。

 彼女にとって、ばぁちゃんは一番安心出来る、心強い存在なのかもしれない。


「あれ……? ところで、本田さんはどこに行ったんだ」

「あっ……本当だ、本田さんがいないね。先に行っちゃったのかな?」


 僕達の、前方を歩いていた本田さんの姿が見えない。あれほど後ろで騒ぎ立てていたのに、気付かず先に進むなんてあり得るのだろうか。彼の性格なら、何も視えなくとも僕が悪霊と対峙している姿を、積極的にカメラに撮りそうなものなのに。

 梨子も僕も、内心嫌な予感がしたが口に出さず、本田さんを探しながら、先に進む事にした。

 背中に、殺意に似た視線を感じながら、僕達はとうとう御札の間まで辿り着く。

 

「ここが、御札の間か。僕が霊視した時とは違ってる。本当は、こんなふうになっていたんだな」


 噂通り、隠し部屋と思われる御札の間には、部屋中大量の御札が貼られている。僕もオカルトに精通している訳じゃないが、ここに貼られている御札は、かなり変わっていて、見た事がない。  

 

『気味が悪いね。この札からは禍々しい物を感じるよ』


 梵字が書かれているので、密教系の物だろうが『彼の法』を取り入れた、この村独自の御札なんだろう。妊婦を思わせるような、腹の突き出たヒトガタの文字が描かれている。


「本田さん、御札の間にも居ないみたい。どこに行ったの……?」


 部屋の不気味さに気を取られていたが、この隠し部屋に、本田さんの姿はなかった。

 彼は、こっちに向かったと思っていたが、もしかして霊に惑わされて、別の場所に行ってしまったんだろうか。いや、ここから先は一本道だし、僕達に気付かれず、後ろに逃げる事は出来ない。

 梨子と共に、部屋を見渡すように懐中電灯を向けると、不意に無表情の加藤さんが、ぼうっと立っているのが映り込んで、心臓が止まりそうになった。


「――――っ……!」


 僕は驚いて、悲鳴を上げそうになったが、彼女は無言のまま、神棚を指差す。

 梨子には、加藤さんの姿は視えていないのか、光で薄汚れた彼女の姿を捕らえても、直ぐに別の場所に明かりを向けてしまう。


「どうしたの、健くん」

「いや、なんでもないよ」


 いつ、襲い掛かって来るか分からない加藤さんの事を、今ここで口にするのは憚られた。警戒しつつ彼女の様子を伺ったが、襲って来る様子はない。ここまで辿り着いた僕達を、彼女は導いているのか。

 それは、芳恵さんの罠かもしれないが、もう僕達は引き返せないところまで来てしまった。

 

「り、梨子、神棚がずれてないか?」

「えっ……本当だね。気のせいかもしれないけど、神棚の方から風が来てる気がする……隠し通路かな。ねぇ、健くん、本田さんはここに入ったんじゃない?」


 梨子の言う通り、神棚の方角から冷たく湿った、風の流れを感じる。僕が見た夢の中で、加藤さんはこの御札の間に入り、そこから地下道を歩く場面に移り変わった。

 本田さんも、ここから入ったんだろうか。


『健、この神棚の後ろに地下に続く扉がある。凄く嫌な気配がするねぇ、気合いを入れて行くんだよ。あんたは、梨子ちゃんを守らなくちゃいけないんだからね』


 ばぁちゃんの警告に、僕は喉を鳴らし、今まで以上に身を引き締めた。そうだ、梨子を守れるのは僕しかいないじゃないか。

 僕と梨子は、力を合わせて神棚をずらした。そこには予想通り地下に続く古い階段が見え、湿った風が舞い上がって来る。


「地下通路かな。これ、どこに繋がってるんだろう」

「健くん、私達がここを撮影した時にね、村の奥に鳥居のあるお寺を見付けたの。だけどその場所に続く道が、どこを探しても見つからなくて、変だなって話してたんだ。もしかして、地下通路からそこに、繋がっているんじゃない?」


 鳥頭村の信仰として、まるで産道を通るように、地下から本堂に向かうのがしきたりだったのかもしれない。そんな事が急に頭に浮かんで、僕は気味が悪くなった。


「あ、あのさ。ここから先は僕から離れない方が良いと思うんだ。僕が先に行くから、梨子は僕の服を握るとか、腕を掴むとかしてくれ」

「うん」


 照れている場合じゃないが、梨子に手を繋ごう、と口にするのが気恥ずかしくて言えなかった。梨子は僕の腕を掴んで、背後から緊張した様子でついて来る。

 僕は懐中電灯を足元に向けると、一歩ずつ古びた石の階段を降りた。


「くそっ……なんだよ」


 買ったばかりの懐中電灯が、この地下道に降り立った瞬間、急に点滅し始め、僕は焦ってそれを叩いた。

  

「やだ、健くん……な、なんで、買ったばかりなのに。恐い、これも霊の仕業なの?」

『どうやらここは、手掘りのトンネルになっているね。昔は、採掘所のように電気を通していたんだろう。ここは、鳥頭村の人間達の悲喜こもごもの念が残っていて、磁場が不安定だね。健、札を出しなさい』


 返事をする間もなく、ばぁちゃんの言葉に従うように、僕はリュックサックから護符の束を出すと、そこから数枚を取り出し、人差し指と中指で掴んだ。


「ちょっと待って、これでなんとかなるかも。急急如律令!」


 護符が青白く燃え上がると、狐火のように地下通路を照らした。

 まるで手品のような光景に、梨子は目を輝かせて拍手をしたが、ふと前方に視線を向けると、慌てて僕の服を掴む。


「健くんっ!」


 遥か前方に、点滅する明かりを確認し、安堵した。僕達は遠くに見える後ろ姿に、見覚えがあったからだ。


「ねぇっ、本田さんだよ!」

「本田さん、良かった、探したんですよ! 一人で先に進むのは危険です」


 僕達は、本田さんに声を掛けたが、彼は振り返る事もなく、返事もせずに地下道を進む。この距離でも、僕達の声は、地下道の中で反響しているのだから、聞こえない筈はない。


「本田さん、ちょっと……!」


 胸騒ぎがして、僕と梨子は必死になって本田さんを追い掛けた。きっと梨子も僕と同じように、嫌な予感がしていたのだろう。

 護符の炎を頼りに、小走りに彼を追い掛けても、いっこうに距離が縮まらない。それどころか、こちらの呼びかけにも無反応だ。

 それが腹立たしく、ムキになって本田さんの背中を追う。

 突然、梨子が立ち止まり僕の腕を引っ張った。


「健くん、なんかおかしいよ」

『健、待ちなさい。惑わされるんじゃあない。ちゃんと視るんだ』


 梨子とばぁちゃんの言葉に、僕はようやく正気に戻って、この状況の異常さに気が付いた。

 全く距離が縮まないじゃないか。

 僕達が異変に気付いて立ち止まると、前方を歩いていた本田さんが、ピタリと歩みを止め、こちらにゆっくりと振り向く。


 ――――本田さんじゃない。


 ずっと本田さんだと思っていた後ろ姿は、パジャマ姿の達也だった。

 僕が、遺体を見付けた時と同じく、達也の鼻や口から、どす黒い体液が流れ出ている。梨子が後ろで悲鳴を上げ、僕の背中に隠れた。


「いやぁっ……嘘、達也」

「た、達也……」

『アマ…………ミヤ…………リコ……』


 うわ言のように切り出す達也の背後は、真の闇に覆われている。

 何人もの男達の、真言(マントラ)を、唱える低い声が聞こえた。幾つもの青白い透明な手が闇の中から現れ、生き物のように蠢いている。

 達也の目は空洞で、悪霊に取り込まれた彼から発せられた言葉は、生気もなく意思も感じない。

 地下道の中で、老弱男女の悲喜こもごもの声が、地鳴りのように不気味に反響し、頭が割れそうだ。


『健! しっかり自分の意識を保ちなさい。残念だけどあれはもう……達也くんじゃないよ。あの子を助けたかったら、まだあの子の意識があるうちに、浄霊してやるしかないよ。なんとか切り離しが成功すれば、除霊出来るかもしれない』


 僕の来るのが遅かったせいで、死んでからも、達也を救ってやる事が出来ないのか?

 梨子は、浮気をしたとはいえ、彼氏の成れの果てを見てしまったショックと、恐怖でその場にへたり込んでいる。


『死ンデ、ミンナ一緒ニナロ』


 僕は悲しみと共に、友達を祟殺し、贄という犠牲を出して、呪詛を振りまく者への怒りが、ふつふつと湧いてきた。怨嗟のような真言が、より一層大きくなっていくと、蛇のように手がのたうち回ってこちらに向かって来る。


『外道僧が。良い度胸してるねぇ』


 僕は無意識に指で印を作ると、迫りくる老弱男女の手に対し、式神を飛ばして防ぐ。だが、奴らは網の目をかい潜るように、梨子に襲い掛って来た。


「いやっ、触らないで! 健くん!」

「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ」


 外法の真言に対抗するように、龍神真言を唱えると、青白い光が地下道を照らした。

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