二十八話 鳥頭村について②
「そう言えば、さっきの霊視で一家惨殺事件を起こした成竹家の父親が、オハラミ様にお許し頂かないと、全員根絶やしだと言ってたな」
「それじゃあ、やっぱり何かあったって事なんじゃない? オハラミ様を怒らせてしまったから、罰が当たったとか」
梨子が言うように、芳恵さんが逃げ出した事で、儀式は失敗してしまったんだろうか。彼女は、行方不明になっていると新聞に書かれていたけど、おそらく芳恵さんは捕まって、埋女として贄にされている。
だけどなんらかの原因で芳恵さんがあんなふうになったのは、オハラミ様の怒りに触れたせいだろうか。別の要因があるのか、これから探らなくちゃいけないな。
梨子が間宮さんに電話を掛けると、数秒後、男性の声が聞こえた。
「健くん、間宮先生と電話が繋がったよ。はい、あの……もしもし、メール届きました、ありがとうございます。間宮先生、ちょっと気になる事があって質問があるんですが。鳥頭村の生き残り、とはどういう意味ですか。あの村の人達はどうなってしまったんでしょう? え………はい。そんな事が。え? あ、は、はい、今一緒にいます。健くん、先生が変わって欲しいって」
梨子は僕の方をチラチラ見ながら、間宮さんと話している。表情が強張る様子を見て、やはり彼女の見立て通りだったのだと、確信した。どうやら、間宮さんは僕と直接話したいようで、戸惑いながら、梨子から携帯を受け取る。
『もしもし、雨宮さんですか』
「あ、はい。あのーー、初めまして雨宮です。鳥頭村に関して、有力な情報ありがとうございます」
どうも僕は知らない人に対して、営業口調になってしまう。
『ふふ、いいえ。僕としてもかなり興味深い内容だったので、お力添えさせて頂きました』
落ち着いた大人の男という感じの声だ。それにしても、何故生徒の電話番号をいち教授が、個人的に知ってるんだと、変な勘ぐりをしそうになる。
『天野くんにも言ったのですが、一家惨殺事件があった後、マスコミがあの村に押し掛けたようです』
それは容易に想像出来るな。昭和の時代は、今よりもコンプライアンス意識が低くて、報道が過熱しやすく、考えられない位に酷かったようだから。
『鳥頭村の人々は、村の信仰を他言無用としていたようです。過熱した報道陣が次々と来られるのが、相当ストレスだったのでしょう。もしかすると、信仰を守る為にそういった教義があったのかもしれないが、一家惨殺があった後に、村人全員がトリカブトの毒を飲むという、集団自決があったんですよ』
「え……? 集団自決ですか」
間宮さんの話によると、ほどなくして村の住人達が、トリカブトの毒を飲み集団自決してしまったという。それは、あの霊視でみた『根絶やし』という予言通りに、村人達が亡くなってしまった事になるじゃないか。
「僕はてっきり、過疎化で廃村になったのかと思ってました。だってそんな事があれば、マスコミが書き立てるでしょう」
『そうです。僕の情報筋によれば直前に、集団赤痢で死亡者が多数出ているという、記事に差し替えられたそうなんです。それを最後に、鳥頭村についての報道が、ぱったりと途絶えました。おそらく政治的圧力から、報道規制されたのだと思いますね』
報道規制か……。
あの村について、ほとんど残っていないのも、閉鎖的な村だからというだけじゃなさそうだ。
『まぁ、戦時中にあの村で旧帝国軍が毒の研究をしていただなんて、都市伝説的な噂もあったので、それも絡んでいるのかもしれませんが。カルト集団ですから、政府は世間に与える影響を考慮したんでしょう。今でも、残酷すぎる事件は規制が入るからね』
間宮さんの情報が正しければ、とんでもない事だな。伝染病だと言えば、人は近付かなくなる。それにしても、この人の情報筋が、何者なのか気になってしまう。
「トリカブトの毒で集団自決したとして……、そこで誰か生き残っていたんですか?」
だとしても、やはりかなりの高齢者だろうし、話は聞けないだろうな。
『いいえ。集団自決をした村人の生き残りではないんですよ。一家惨殺の中で三男の正雄さんだけが助かり、里子に出された。僕が知っている情報は、ここまでです。正雄さんは、乳児だったが、鳥頭村の出身です。僕はどうもそういった血脈が、気になってしまって』
「きっと、正雄さんは名前も変えているでしょうから、見つけるのは難しそうですね。それにとても、陰惨な事件だから、里親が知らせていない可能性もありますよ」
間宮さんからの情報はそれだけだった。
電話を切った僕は、何故かモヤモヤとした感情が湧き上がって来る。
呪具は浄化しているし、とりあえずあの髑髏本尊を介して、芳恵さんが出る事はないと思うが、纏わりつくような嫌な感覚がする。
何かしっくり来ない、何かを見落としているような気がしてならないんだ。
『鳥頭村ってのは、巷で噂されているよりも、血なまぐさい過去があるんだねぇ』
ばぁちゃんが、僕の気持ちを代弁するかのように言った。あの村の歴史については分かったけれど、芳恵さんの霊を、あのまま彷徨う魔物にしておくわけにはいかない。
それに、何度霊視を思い出してみても、加藤さんは生きている人間に、首を絞められたように視えたんだ。
もう一度、裕二か本田さんに連絡をしようと手を伸ばした瞬間、向こうから着信があった。
「もしもし、裕二か? ちょっとお前に聞きたい事が」
『もしもし、雨宮さんですか! 私です、本田。至急、総合病院まで来てください。裕二くんが事故にあって』
裕二の携帯から聞こえてきたのは、かなり動揺した様子の本田さんだった。僕は、後頭部を殴られたようなショックを受け、本田さんの言葉が、遠くに感じた。
✤✤✤
裕二は、本田さんと打ち合わせの後、大通りで、脇見運転をしていた車に跳ねられたらしい。
「助かって……ほんとに、ほんとに良かったぁ……でも……なんで?」
僕の隣に座っていた梨子が、両手を覆って泣いていた。裕二は一命は取り留めたが、意識はなく、集中治療室にいる。
ようやく状態は安定したものの、右足と右腕を骨折していて重傷だ。
この事故を、偶然の一致として片付けてしまえば、それで済む。だけど僕には、あの髑髏本尊を壊してしまった事への、報復のようにも思えた。
これ以上、あの鳥頭村に関わるなという、僕への警告なのかもしれない。本田さんも沈痛な面持ちで、腕を組んだり、自分の首に触れたりと、落ち着きのない様子だ。
「本田さん、車に引かれる前の裕二、どんな様子だったか、聞かせて貰えませんか?」
「俺も……混乱していたからなぁ」
本田さんは、うーんと考え込む。
「確か雨宮さんからの着信があったと言っていた。折り返し電話しようとして……ううん。雨宮さんと話してたんじゃないんですか? 裕二くんは、赤信号なのに、慌てて道路に飛び出したんですよね。本当に突然、飛び出していったという感じで」
「着信とメッセージは残したんですが、裕二から折り返しの電話はなかったです」
「なんだ……私は、てっきり雨宮さんと話してるのかと思いました」
本田さんは、裕二が僕と話していると思っていたらしい。もちろん僕の方には、裕二の着信履歴は残っておらず、メッセージに返答すらない。
電話の相手が誰だったのか、裕二の身に何が起こったのか、本人に聞くしかないだろう。これが本当に怪異なら、僕がやった浄化は失敗していた事になる。それとも他に、祟りを引き起こすような物があるのか?
集中治療室のベッドで横たわって眠る裕二を、窓越しに見ながら僕は拳を握った。
「ねぇ……本田さん、もしかして電話の相手は、秋本さんじゃないんですか? 彼、リモートでは出来ない仕事があるからって、東京に戻ったみたいです」
梨子の言葉に僕は、はっとして本田さんを振り向いた。裕二の交通事故の事ですっかり忘れていたが、秋本さんの様子が気になる。
「秋本くん? いや、取り急ぎ東京に帰って来なければいけない仕事は、なかったですよ。彼に編集も全部任せたんでね。今回打ち合わせしていたロケだって、鈴木さんが、秋本くんの変わりをやってくれる予定ですよ」
「それじゃあ、本田さんは秋本さんに帰って来るように言ったわけじゃないんですね?」
「え……ええ。私は、二、三日秋本くんと話してないな。秋本くんが何か?」
――――いいえ。僕は見たんです。
あの鳥頭村の雑木林と思われる場所で、自分が首吊りしている所を、夢で見たんですよ、雨宮さん。
僕は、秋本さんが見た不吉な夢の事を思い出した。




