二十七話 鳥頭村について①
僕も、ばぁちゃんと同じく嫌な予感がした。
秋本さんが、自分の安全を省みないほど、早急に東京に帰らなければいけない用事って、一体なんなんだ?
それを、本人に確認するために秋本さんに電話を掛けたが、直ぐに電波の届かない所にいるか、電源を切っているために掛かりませんという、メッセージが流れる。
「健くん、さっきからどうしたの?」
「いや、僕達が辰子島から出た後に、秋本さんが東京に帰ったらしいんだ。なんだか嫌な予感がするから、電話したんだけど、電源が切られてるみたいで」
念のため、秋本さんにメッセージも送ってみたが、当然、いつまで経っても既読にはならなかった。そんな様子を見て、彼女も何か不安を感じたのか、裕二に電話をしていたが、コール音が虚しく響くだけで、電話に出る気配はなかった。
「裕二くんも出ないや。本田さんと打ち合わせをしているせいかな」
「そうだね。気になるから時間を置いて、裕二か本田さんに連絡を取ってみよう」
打ち合わせ中なら、本田さんに連絡を取っても、出て貰えないかもしれない。これ以外、秋本さんと連絡を取る方法はないので、どこかで時間を潰そう。
「うん。あ、そう言えば間宮先生が……えっと、この間言ってた民俗学の教授から、今朝返答が帰ってきたの。やっぱりあの先生、オカルト大好きだから、調べるのも早かったよ。思い切って、これまでの経緯を話したお陰なのかなぁ。そういえば、霊感の強い健くんにも興味津々だった」
「そうなんだ?」
梨子の言っていた、民俗学の先生から返答が来たようだ。僕達はとりあえず、駅近くにあるカフェに入り、添付された答えを読みつつ、裕二と本田さんに連絡する事を試みた。
奥のボックスに座ると、無難に珈琲を注文し、間宮先生とやらの人となりを梨子から聞く。
三十八歳で独身、イケメン。
講義は分かりやすく面白い。他の教授に比べて、若めで話しやすく男女共に、人気があるらしい。
民俗学、宗教、オカルトに精通していて、出版社からオファーを受け、何冊か土着信仰や、オカルトに関する本を出しているらしい。
梨子の物言いからして、女子に人気がありそうな先生だ。イケメンで頭が良いだなんて羨ましい限りだなぁ。梨子にとっても、間宮さんは格好いい存在なんだろうか?
梨子も届いたばかりの資料は、まだ読み込んでいなかったようだ。ばぁちゃんも興味津々で、スマホを覗き込んでくるので、僕は鞄からノートパソコンを取り出すと、そこに資料を添付して貰い、全員で見る事にする。
『天野くん、とても興味深い質問をありがとう。君が心霊スポットとして、肝試しに行ったS県の鳥頭村については、僕も数年前に調べた事がある。あの村を知っている人が少なくてね、色々と苦労したのを覚えているよ』
それは梨子も言っていたな。本田さんも、一家惨殺の事件だけしか見つからなかったようだし。
『周辺の村の人達も、鳥頭村に関しては触れて欲しくないのか、口を噤んでしまうんだ。僕も、いろんなツテを使って情報を集め、ようやくあの村について大まかに纏める事が出来たんだよ。鳥頭村の発祥は恐らく、十三世紀後期まで遡る。この山にたどり着いた、平家の落人があの山間で隠れ住むようになった。そこで、ウサギの毛皮や熊の肝、山菜、トリカブトを使った薬などを販売し、細々と生計を立て発展していったようだ。ちなみにこの当時の信仰は、まだ浄土真宗のようだったけど』
鳥頭村にいる人々が、平家の落人だったから、彼等の事を口にするのが、憚れたんだろうか。その当時は、追手に頼まれて、村人達で落ち武者を狩るような事件もあったようだし。
だけど、それも鎌倉時代の事だ。
現代まで進むと、そんな記憶も薄れているだろうし、普通の山村になっていそうだけどな。それとも、昔から住んでいる人は忘れないんだろうか。
『やがて時代が進み、この鳥頭村がそこいらの山村と、変わらない規模になった。平家の落人であったお陰か、彼等は一族同士の繋がりを、重視していたんだ。彼等が閉鎖的だった理由もそこにあって、この村について嫌な噂が流れるようになったんだ。村の人々の血が濃くなり、子供を作れば、障がいを持った赤子が生まれる。血が濃くなりすぎるのを防ぐために、他の村や、遊女として、身売りさせられる前の娘を拐かしたり、買うようになった』
人身売買か……。
自分の村の女性が、鳥頭村の人間に誘拐されていたなら、そういう噂が立ってもおかしくないな。さらに村は孤立してしまい、交流が少なくなるのも理解出来る。僕達は間宮さんの言葉に、何か含みを感じて、先を読み進めた。
『さきほど、当初は浄土真宗と言ったが、後にこの村独自の、民間信仰が生まれてくる。それは、淫祠邪教と言われる『彼の法』だよ。それが、オハラミ様とウズメに、繋がっていったんだと僕は思う。この彼の法というのは、真言密教を取り入れた民間信仰で、髑髏本尊を使って、性的な儀式をするんだ。彼の法が信仰する存在は、ダーキニー、つまり荼枳尼天だね。あの村には中心となる、密教僧達が流れて来て住み着いたようだ。文献だと狐や狸など動物の頭蓋骨を持ち歩いて、この邪教を流布する巫女もいたようだが』
荼枳尼天、聞いた事はあるけど正直なところ、オカルトの知識がばぁちゃんから教えられた物しか知らないので、首を捻った。彼の法というのも、全然聞いた事もないがカルト教団のようなものか。
「ダーキニーって、ヒンドゥー教の神様なの。たしかインドから日本に渡って、荼枳尼天っていう名前になったんだよね。日本だと、白い狐に乗る剣を持った姿の女神様だったはず。稲荷神社の神様だね」
『正確に言うと、日本には稲荷神社に祀られている宇迦之御魂神と、神仏習合で神道に取り込まれたダキニ天がいるんだが、別々の存在なんだ。ダキニ天の方は人の心臓を食らう夜叉が、仏教に帰依した姿だね。ご利益はあるが、しっかりとお祭りしないと、バチが当たる。稲荷が恐ろしいと言われるのは、この女神の元の姿の性格から言われているんだろうねぇ』
ばぁちゃんが、梨子の説明に付け加えるように言った。
「それ、僕の夢というか、多分加藤さんの視点で見た映像の中で、出て来た仏像だ。狐に載った女神だったはずだよ」
あの村は、その彼の法と民間信仰が結び付き、独自の進化を遂げたのかな。僕は、画面をスクロールして、再び間宮さんの資料を読む。
『この、鳥頭村の人達が拝める荼枳尼天は、元の女神の性格を重視したようだね。最初は血が濃くなりすぎて、奇形や障がいを持って生まれて来た子を贄として捧げていたようだ。贄を捧げると、子宝に恵まれなかったこの村の中心となる、有力者に健康な男児が生まれ、家が栄え、村が栄えたんだとか。僕の情報筋は信頼出来るから事実だよ』
梨子が心底嫌そうな顔をすると、ひどい、と呟いた。ダーキニーは、生贄を欲する女神なのか。
有力者の家に、男児を授けるためだけに幼い子供が犠牲になったのかと思うと、吐き気がする。だけど、どういう事だろう。
あの、赤い着物の女の芳恵さんは妊婦で、新聞だと赤ちゃんはまだ生まれていなかった。
『恐らく、それがいつの間にか子供の状態は関係なく、村で選ばれた妊婦と、お腹の子がターゲットになったんじゃないかな。ダキニ天をオハラミ様と呼んだのか、妊婦をオハラミ様として崇めていたのかは分からない。けれどその儀式に選ばれた者を、埋女と呼ぶ事は間違いないようだ。これは産ぶ、のなまりかとも思うが、もしかしたら別の意味もあるかもしれない』
僕の霊視では、加藤さんはどこかに埋められていた。彼女の体内にいる赤ん坊も、彼等の求めるような、贄として形になっていなかったはずだ。となると、儀式の真似事だけして埋められたんだろうか。
「埋女は、もしかして……儀式が終わった後に埋められると言う意味じゃないかな。それもまた、儀式の一環なのかもしれないけど。何にせよ、カルト集団だよ」
僕の言葉に、ばぁちゃんも梨子も深く頷いた。それにしても間宮さんの調査能力は凄いな。民俗学者、オカルト研究者だけあって、横の繋がりが広いんだろう。
『ともかく、彼の法に関する物は後世、禁書として全部燃やされたものだから、具体的にどんな教義だったのか分からないんだ。きっとこの村独自の信仰も混じっているだろうし。あの鳥頭村の人々に、直接話を聞けたら、もっと良いんだけどねぇ。あの村の生き残りは、一人だけなんだ。その人の行方さえ分かれば、聞けるんだろうけど。天野くん、この件は興味深いから、僕に出来る事があれば、なんでも先生を頼って欲しい』
添付されたメールはそこで終わっている。間宮さんの推測と知識はかなり役に立ったが、気になる事が書いていた。
「生き残りは一人だけ? 過疎化であの山村には高齢者しかいなかったのかな。それとも、聞ける人がもう亡くなってしまっているのか」
「ねぇ、健くん。もしかして、村で何か起きたんじゃない? 私、間宮先生に電話してみる」
僕の認識では、過疎化で村の人達が山を下りて廃村になったとばかり思っていたが、梨子の言葉を聞くと、嫌な想像が頭の中を巡って、ゾッとした。




