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二十三話 中山裕二①

 ばぁちゃんはちらりと僕を横目で見た。


『とにかく、本田さんとやらが持ち帰った呪具を、霊視してみない事にはね。結局、その赤い着物の女の正体も分からないよ。あんたの話を聞く限り、そのオハラミ様というのは、鳥頭村だけで信仰されている、祟り神のようにも思えるんだ』


 間違いなくあの頭蓋骨は、怪異の一旦を担っているのだから、野放しにしておくのは危険だ。ばあちゃんの言う通り、本田さんから呪具を受け取り、霊視し、浄化するなりなんなりしなければいけない。


「そう言えば、ばぁちゃん、この間梨子が鳥頭村や、あの地域の民間信仰について、大学の教授に聞いてみると言ってたんだ。その人、オカルトにも詳しいみたいでね。進展がないか、それとなく聞いてみる」

『そうかい。だけど廃村にはいずれ、行かなくちゃいけないだろうね。健の夢の中で本当に霊視出来たのなら、その村に、愛ちゃんの遺体がある筈だからね』


 そうだ。

 本当にあの夢が、無意識に霊視した物なら、加藤さんの遺体は、何処かに埋められている。そんな夢を見たからと言って、警察は動いてくれやしないけど、遺体や殺害の証拠を見つければ、なんとかなるかもしれない。

 あの神隠しの家も、鳥頭村も、出来れば一生行きたくない場所だが、もう覚悟を決めなくちゃな。

 守護霊として、僕の側にばぁちゃんがいてくれるなら、頼りになる。


「加藤さんのご両親は、ばぁちゃんや母さんを頼らなかったの?」

『あの家の人間は、神仏や霊なんぞ信じないよ。愛ちゃんのご両親が、ばぁちゃんや美代子を頼ってきていたら、もしかすると、間一髪で助けられたかもしれないけどねぇ。健、裕二くんに愛ちゃんの事を聞いてご覧。あの子は何か隠していそうだ』


 言いたい事だけ一方的に僕に告げると、ばぁちゃんは、目の前からすっと消えた。死んでからも相変わらず自由気ままな人だなぁ、等と思っていると、ようやくお祓いが終わったようだ。


「なんだか、体が軽くなったような気がする。おばさん、ありがとう」

「本当に、ここ最近は体のだるさが取れなかったんだけど、スッキリしました。ありがとうございます」


 裕二は痺れた足を崩し、母さんに礼を言う。梨子も心なしかさっきよりも顔色が良くなり、安心したような笑顔を見せた。


「あの、雨宮さん。僕はまだ少し重い感じがあるのですが」

「秋本さんは、まだ時間が掛かりそうです。完全にお祓いが終わるまで、ここで寝泊まりした方が良いでしょう」

「そうですか、ご迷惑お掛けします」


 梨子と裕二の黒い影は限界まで薄くなり、秋本さんの物は以前より少し薄くなっているものの、タールのように体にこびり付いている。

 秋本さんは再び表情を暗くして、小さく返事をした。


「梨子ちゃん、裕二くん、秋本さんお疲れ様です。せっかくだし、今からお昼を用意するから、食べて頂戴。お客さんが多いと、作り甲斐もあるのよ」

「ありがとうございます、おばさん。あっ、私も手伝います。無料でお祓いして貰ったし、せめてものお礼をさせて下さい」

「あら、梨子ちゃんありがとうねぇ。ゆっくりしててくれて良いのに」


 梨子は、率先して昼食の手伝いを願い出た。僕も後に続こうと思ったが、ばぁちゃんとのやり取りを思い出し、この隙に、裕二に話を聞こうと思い付いた。


「ところで、永山さんの葬儀はいつ執り行われるんですか?」


 ふと、思い出したように秋本さんが言う。達也の霊を視てしまった彼は、きちんと本人の前で手を合わせ、冥福を祈りたいのかもしれない。


「それが、達也の葬儀は東京の方で済ませてしまったみたいなんですよ」


 田舎ならではだけど、達也のおばさんは、不審死を遂げた息子へ対する好奇心や、根も葉もない噂を、遮断したかったのだろう。


「田舎だと色々と噂が立つのも早くて……。だからあっちで、家族葬したんだと思います。だけどお線香なら、上げられますから、後で行きますか」

「はい。僕の実家も田舎なので、なんとなくその空気感は分かります」


 そう言って秋本さんは苦笑した。

 達也は病死にも関わらず、先程言ったように、根も葉もない噂が尾ひれを付けて、母さんや僕の耳にも届いていた。自殺したのだと、好き勝手にいい加減な事を、島民たちに噂されているので、ご両親としても居心地が悪かったんだろう。

 辰子島の人々は、基本的に優しく穏やかだが、島を出て行った者や、本土から移住して来た人に対し、少しばかり、風当たりが強いところがある。

 僕の場合は、雨宮神社とばぁちゃんのお陰で、島の外で働く事を認められているようなものだ。


「おばさんに聞いたけど、一応達也の死は病死って事になってる。心臓の疾患もなかったのに、心停止だってさ。発見された状況が状況だけに、何があったのか、気になるよな」


 絶句する秋本さんを見ながら、僕は思い切って裕二に質問する事にした。


「なぁ、裕二。話は変わるけどお前に聞きたい事があるんだ」

「いきなり畏まってなんだよ。梨子の最近の様子とか、スリーサイズ聞きたいのか? それとも動画配信でどうバズって、稼げばいいとか?」

「ち、違うよ。もしかして一連の出来事で関係があるかもしれないから、単刀直入に聞くね。お前、加藤さんと付き合ってたんだろ。僕に何か隠している事ない?」


 裕二は痺れた足に触れながら立上り、ふざけたように答えたが、僕が隠し事について尋ねると、一瞬驚いたように目を見開いた。


「なんで、知ってるんだよ。秋本、俺と愛ちゃんが付き合ってる事を、雨宮に話したのか?」

「すみません。つい話の流れでそうなってしまったんです。でも裕二さん、僕も本田さんも、雰囲気的になんとなくそう思っていただけなので。加藤さんが彼女なのは、暗黙の了解というかなんて言うか」


 やはりばぁちゃんの言う通り、裕二は何かを隠しているようだった。僕がリスナーならともかく、オカルト界隈や、動画配信に興味のない同級生を相手に、隠しておく必要もないように思う。

 居心地が悪そうに少し肩を強張らせると、裕二は視線を逸らして項垂れた。


「隠すって言うかな……。この騒動と俺のプライベートは、関係ない事だし」

「なんでも良いんだ。些細(ささい)な事が、解決の糸口になるかもしれないよ。あくまで今日のお祓いは……簡易的な物で、まだ終わってないんだ」


 秋本さんを見ると、僕は思わず言葉に詰まる。彼は、悪霊を祓いきれないと言う言葉で、察していたんだろう。死んだような目をして、口を開くと掠れた声で言う。


「僕は助かるんでしょうか……? 僕はただ、面白い作品を作りたかっただけだ。あの村を荒らしたり、信仰している神様を、侮辱するつもりなんてなかったのに」


 秋本さんは、子供のように力なく泣き始めてしまった。彼の精神状態はあまり良くない。


「大丈夫です。僕の祖母が守護霊としてついてくれたので、なんとかしますよ」


 なんとかしなければいけない、そう思っているのは確かだ。自分に言い聞かせるように、そう言う。


「そうだ、俺が関東に出て、動画配信するようになってから、愛ちゃんと付き合い始めた。でも、俺もそれなりに稼げるようになってさ、最近大手の事務所から、お声も掛かったんだよ。君なら心霊だけじゃなくて、もっと一般受けも狙えるって、言われたんだ」


 裕二は昔から、人前に立つのが好きだったので、もっと有名になれるチャンスが来れば、それを掴みたいと思ったんだろう。彼は、クラスの中ではイケメンの部類に入るし、やっていけそうだ。


「俺さ、自慢じゃないけど結構女の子のファンも多いんだよ。だから、そういうのって女がいると売り上げにも関係するのね。だから俺は、恋愛関係は隠してるんだ。で、愛ちゃんが……三ヶ月前から生理が来ないって言い出してさ」


 ああ、これで理由が分かった。

 加藤さんがどうして、裕二に執着し、助けを求めに来たのかを。


「加藤さんは、妊娠していたんだね?」

「あぁ。神隠しの家の撮影が終わったら、もう一度、ちゃんと話し合おうと思ってた。愛ちゃんも大学生だし、俺もまだ駆け出しだったからさ」


 なんだか、雲行きが怪しくなってきたな。


「いずれ、籍は入れるつもりだったよ。愛ちゃんと結婚はしたいと思ってるけど、子供はまだ……。だけど妊娠した事が分かってから、愛ちゃんは動揺してた。大学を辞めて俺と結婚して子供を産みたいと言ってたんだ。でも話し合いする前に、行方不明になってしまって」

「妊娠している彼女を、よく心霊スポットなんかに連れ出したな」


 僕は思わず毒付いてしまった。

 裕二が何処まで本気か分からないが、グズグズと鼻をすすって涙を流し謝罪をした。


「まてよ」


 そういえばあの動画、御札の間で、あの赤い着物の女は、白いお包みに包まれた赤ん坊らしき霊をあやしていたな。


「もし、あの御札の間に入る事が出来るトリガーが、妊娠だとしたらどうだろう?」

「なんだよそれ」


 裕二と秋本さんが首を傾げる。

 あの掲示板にいた、霊感のある人達が肝試しに訪れても、御札の間に近寄る事が出来なかったのは、特定の条件を、満たしていないからではないだろうか。霊感が強くて、妊娠をした女性がいなければ、あそこに辿りつけなかった?


「オハラミ様……。お孕み様……。あの村の人は、妊婦を信仰していたのかな?」


 僕は、脳裏に浮かんだ厭な考えを打ち消すように、頭を振った。それならば、何故妊娠していた加藤さんが『ウズメ』と呼ばれていたのだろうか。


「難しい事は分かんねぇけど、俺も愛ちゃんのために何かしたい。もしかして俺のせいかもしれないと思ったら、撮影どころじゃねぇから」 


 裕二の切羽詰まった様子に、僕は頷いた。

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