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二十一 帰省

 完全に寝不足だったが、僕はフェリーで秋本さんと共に辰子島の港まで着いた。本田さんは編集の仕事がまだ片付いていないというので、お祓いは後日伺うという話になってしまった。

 僕はその返事に漠然とした不安を感じる。


「本田さんは、本当に大丈夫なんですか? お話しを聞く限り、本田さんも秋本さんや達也と同じく、危険な立場にあるように思えるんですが」


 僕と共に、辰子島に到着した秋本さんは、やつれた様子はあるものの、表情はスッキリとしていて明るかった。

 だが、本田さんについて僕が質問をするとなんとも言えない複雑な表情をする。


「僕にも分かりません。たまに体験談とかでも聞くじゃないですか、どんな怖い場所に行っても霊障なんて一つも遭わない人。多分、本田さんはそのタイプで、危機感がないのかな。僕もなるべく早くお祓いして貰って下さいって言ったんですが」

 

 本当に霊障に遭っていないなら良いが、あの着物の女が、辰子島に渡る事を邪魔していたら厄介な事になる。なんせ、件の頭蓋骨を持っているのは彼なのだから、このまま無事に終わるとは思えない。


『そういうタイプが一番困るんだよ。例え悪霊を見たり、霊障に遭わなくったって知らないうちに影響が及んだりするんだ。家族が次々と死んだり、不幸になったりとかねぇ。健も、散々そういう人間を見てきたじゃないか』

「…………」


 スーツケースに腰掛けていたばぁちゃんが、僕に話し掛けてきた。そういえば拝み屋のばぁちゃんの元に訪れた依頼者の中で、立て続けに家族が死に、不幸に見舞われるが、自分だけは何も影響がなかった人がいた。

 結局、ばぁちゃんが浄霊するまで偶然で片付けてしまって、取り返しのつかない事になったんだ。


「呪物を持っているのが本田さんですよね。葬式とお祓いが終わったら、直ぐに会えるようにメッセージ入れてみます。猿の頭蓋骨を霊視したいので」

「宜しくお願いします。ところで天野さんと裕二くんは?」


 秋本さんは、船着場で待っていると思っていたようで、彼等は一旦それぞれ実家に帰省して、雨宮神社で待ち合わせをするという段取りを話した。

 辰子島は関東からは遠いし、旅費が高くつくので、盆正月くらいしか帰れない。梨子達もまずは実家に寄り、諸々の準備があるはずだ。ばぁちゃんの葬式が終わる頃には、僕も達也に線香をあげられるだろう。


『健、この心霊事件が解決したら、ばぁちゃんを、東京観光に連れてってくれないかねぇ。新婚の時は、じぃちゃんとあちこち旅行に行ったんだよ。また、浅草行ったり原宿行ってクリームソーダを飲みたい』

「やめてよばぁちゃん、心霊事件なんて軽いものじゃないだろ。まぁ、東京なら何時だって……」


 急に僕が脈絡もなく話し始めたので、秋本さんは目を丸くした。まだ僕には、ばぁちゃんが死んだ実感がなく、ついつい呑気な事を言っているのに呆れ、生きてる時のように返事をしてしまった。


「すみません。実は亡くなった祖母が僕の守護霊になったもので。つい、何時もみたいに会話してしまったんです」

「そ、そうでしたか。雨宮さん、さすがですね。この件が落ち着いたら密着取材させて欲しい位です」

「ははは……」


 思わず乾いた笑いが出てしまった。

 ばぁちゃんが言うには、雨宮神社は母さんが継いでいるが、一番強い巫覡の力を持っているのが僕で、龍神様との繋がりが強固だという。平たく言えば、雨宮家の歴代巫覡の中で一番能力が高く、神様のお気に入りという事だろうか。

 これから先は龍神様の試練として、巫覡の修行の為に、僕の元へ霊に関する仕事が舞い込んでくるぞ、という事だった。


(僕は、何処にでもいる社会人で、漫画や小説で出てくるような特殊能力もないんだ。漫画みたいな展開は勘弁して欲しい)


 僕は内心、辟易(へきえき)としながら、僕はスーツケースにばぁちゃんを乗せたまま、秋本さんと共に雨宮神社を目指す。

 辰子島の人達から、お悔やみの言葉を頂きながら実家を目指した。


「雨宮さんのお婆ちゃんって、とても頼りにされていたんですね。凄腕の霊能者だったんだろうなぁ。それなら、雨宮さんのお母さんも、頼りになりますね」

「こちらで出来る限りはします。根本的な解決方法は探さなくちゃいけないけど」

「またまたぁ、ご謙遜だなぁ」

「は、はぁ……」


 ばぁちゃんが辰子島の拝み屋として、有名だったのは間違いないが、秋本さんはどこか恍惚としていて、自分の信じたい物を都合良く信じ込んてしまうタイプなんだろうか。

 坂を登り、あの夢と同じく神社の階段を登りきると、大きな雨宮神社の境内が現れ、その隣に僕の実家がある。

 神社の本殿の前には、梨子と裕二が僕を待っていた。二人とも荷物は実家に置いてきたようだ。


「早いな、二人共」

「お、秋本を連れて来てくれたんだな。俺は昨日の夜に着いてたからさ」

「おはようございます、裕二さん、天野さん」

「おはようございます。私は早朝に着いたの。健くん、明後日のお葬式の準備のために、親戚の方も来てるみたいなんだけど、私も手伝うよ」


 ばぁちゃんは、スーツケースからふわりと浮き上がり、霊が視えない梨子の傍まで来ると満面の笑みを浮かべる。


『梨子ちゃん、ちょっと見ないうちに美人になったもんだねぇ。梨子ちゃんはしっかりして心根の優しい子だから、健の嫁になってくれたら、ばぁちゃんも安心出来るんだけど。何時までも、うじうじしてないで今度は梨子ちゃんを逃すんじゃないよ、健』

「…………」

「どうしたの? 健くん」


 僕は顔が熱くなるのを感じた。

 梨子に、ばぁちゃんの声が聞こえなくてよかったと心底思ってしまう。中学生の時から、ばぁちゃんも母さんも何故か梨子の事を気に入っている。

 もしかしてばぁちゃんは先見の力で僕達の未来を視たんじゃないか、と都合良く妄想してしまう。僕も秋本さんの事は言えない。

 彼女との関係は、友達以上の進展していないし、梨子は恋人を失ったばかりで、僕の失恋の傷は深まるばかりだ。


「とりあえず、家に入ろう」


 不思議そうにする二人と合流すると、僕は三人を促した。



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