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二十話 守護霊

「お、落ち着いて下さい。霊に取り殺されると決まった訳じゃないですから」

『いいえ。僕は見たんです。あの鳥頭村の雑木林と思われる場所で、自分が首吊りしている所を、夢で見たんですよ、雨宮さん』


 沈んだ秋本さんの声に、僕は言葉を失った。達也の『未来の死』を予知してしまった後に、自分が死ぬ夢を見てしまえば、取り乱すのも無理はないな。


「分かりました。実は明日、祖母の葬式があるので、直ぐにはお祓い出来ないんですが、貴方は僕の実家に身を寄せた方が良いかな。母に伝えておきます」

『ありがとうございます! 本田さんが言ってた有名な霊能者も、結局なんだかんだ予約が取れないって逃げるばかりで……助かります!』


 秋本さんは僕の返事を聞くと、緊張の糸が切れたように、電話口で泣き始めた。だいぶ精神的にも彼は参っている。

 だから僕は母さんのお祓いがあくまで簡易的で、気休めだと告げる事が出来なかった。正直言って、ばぁちゃんが亡くなった今、どうやって彼等を助けてあげれば良いのか分からない。

 電話を切ると、どっと疲労と眠気が襲ってきて、僕は気を失うように意識を手放した。


 ✤✤✤


 気が付くと僕は山道を歩いていた。

 僕には、これはきっと夢なんだろうという自覚がある。いわゆるこれが俗に言う明晰夢(めいせきむ)というものだろうか。そして僕は、自分ではない誰かの体を通して、山中を移動していた。 

 息遣いからして、この体の主は女性だと言う事が分かる。足元を見ると、靴を履いていない。裸足のまま山道を歩いているものだから、彼女の足は細かい枝や石で傷だらけになって、痛々しく血が滲んでいた。


(もしかして僕は、加藤さんの視点で霊視しているのか?)


 直感的にそう感じた。

 街灯もなく補導されていない山道を、月光を頼りにして加藤さんは歩いて行く。僕は他人の意識の中で、必ずあの場所に行かなければいけないという、焦燥感に駆られていた。

 暫く歩くと、朽ちかけた山村が見えてくる。そして見覚えのある屋敷が姿を現すと、ここがあの鳥頭村だと気付いた。

 加藤さんは神隠しの家に向かい、埃まみれの廊下を歩いて行く。傷だらけの裸足の足から血が滲んで、ペタペタと廊下を穢した。

 僕も彼女も痛みを感じず、恐れもなく、何かに導かれるように、御札の間に入って行った。


(あれは……)


 赤い着物の女が、神棚の前で立ち尽くしている。加藤さんは怯む事なく女の霊の前まで歩いた。


『助けて……行きたくない……いや……』


 薄っすらと自分の意識が残っているのか、加藤さんは泣きながら女に訴えかけ、一気に彼女の恐怖が僕の中に、流れ込んできた。

 赤い着物の女は、その願いも虚しく、加藤さんの首に両手を掛ける。

 次に意識を取り戻した時は、僕は手彫りの古い地下通路を歩いていた。ぼんやりと青白い光が蝋燭に宿り、その一つ一つに女とも、男ともつかない苦悶の表情を浮かべる霊が宿っている。

 そして前方に、着物の女がゆっくりと誘導するように歩いていた。地下通路の前方から風に乗って、達也の部屋で聞いた、あの読経が聞こえてくる。


(やっぱり、あの法具からしてもこれは真言密教かな。宗派は違うけど、教文は似ている気がする)


 僕のじぃちゃんが、寺生まれで真言宗だった事もあり、全然オカルトに詳しくない筈の僕も、これだけは聞き覚えがある。

 地下通路に灯る、悍ましい青白い光に導かれるまま、僕は赤い着物の女の後について行くと、やがて地上に登る階段に手を掛けて登った。

 その階段の先に、鳥居のあるこじんまりとした、廃寺院が構えられていた。ずらりと整列した数人の僧侶達が、密教法具を手に持ち、僕達を出迎えるように、左右に分かれて読経している。


(何だろう。この真言、頭が割れそうな位に気持ち悪くなる)


 いつの間に現れたのか、僧侶達の隙間に、暗闇に目を光らせる大勢の霊達が立っていた。

 江戸時代だと思われる格好をした人達、もっと古い時代の農民、もんぺを履いた村人、現代に近い格好をした家族。恐らくこの鳥頭村に住んでいた、老若男女の霊が時代を超えて、僕達を見守りながら有り難く手を合わせているようだ。


『ウズメ様じゃ』

『なんと名誉な事だろう』

『しかし、一人目で選ばれるなんて哀れな』

『オハラミ様が望む事。あれこそ尊いお姿じゃ』

『これもお家と村の為』


 村人達は僕達を拝みながら、ヒソヒソと話している。

 加藤さんは、蜘蛛の巣が張った入り口を抜け、朽ちた本堂まで来た。そこに安置されている、何本もの手を生やした不気味な仏像の前で、赤い着物の女が立ち尽くしていた。

 女の霊が何かを呟いたかと思うと、加藤さんは、背後から縄を掛けられ首を絞められた。ようやく加藤さんは自我を取り戻し、腕を仰いで、キリキリと自分の首を絞める縄を、必死に解こうとする。

 彼女は、背後に手を伸ばした瞬間、自分の首を絞めている何者かの腕を引っ掻いた。それから直ぐに意識は途切れ、次に目を覚ました時には、堀の中で夜空を見上げていた。


(これは、加藤さんの最期か?)


 誰かが、教を唱えながら土をゆっくりとかけていく。やがて土が僕の視界を塞ぐと、厭な汗をかきながら目が覚めた。


「はぁ……二時か。僕は、明日の用意もしないで寝てたんだな。あれが加藤さんの最期なら、幽霊じゃなくて誰かに殺された事になる」


 あの生々しい感触は、死んだ人間の物じゃない。加藤さんは、生きている人間の腕を引っ掻き、絶命したんだ。

 あれこれ思考が纏まらず、僕はモヤモヤしながら、島に帰る準備をするべく身を起こそうとした瞬間、久しぶりに金縛りに合ってしまった。


「っ…………」


 足元が急にずっしりと重くなる。

 僕は目だけを動かして、足元に感じた気配を探った。暗闇の中で、人影がガクガクと蠢いているのが分かる。

 それは、僕の足を掴みゆっくりと上半身へと、這い上がろうとしているようだ。


『助けて……雨宮くん……助けて……』


 薄っすらと予想はしていたが、足元にいるのは加藤さんの霊だ。僕は、梨子が言っていた、鳥頭村の電話の怪異を思い出す。

 あれは、未来から僕に助けを求めていた加藤さんだったんだろうか。知人だったとしても、足元から這い上がって来る加藤さんは、最早人間ではない。空洞になった目と口を開け、苦しそうに呻きながら、僕の体を張ってきている。

 声が出せれば、一時的に彼女を退ける祝詞や、陰陽術を唱えられるが、体は動かず、呻くばかりで全身汗びっしょりになっていた。


『雨宮くん……助けて……お家に帰りたい……寂しい……こっちに来て……』


 僕も、彼女を助けてあげたいが、これまでの話を聞いても、加藤さんは危害を加える側の、悪霊という存在になっている。

 あの、魔物のような赤い着物の女に祟られ、彼女は『ウズメ』になったんだろうか。加藤さんはいよいよ僕の上半身まで来ると、僕の首に両手を添え、女の子とは思えない力で、ギリギリと首を絞めてきた。


 ――――パン、パン!


 突然、聞き慣れた柏手の音がしたかと思うと、部屋が一瞬明るくなり、加藤さんの姿がふっと跡形もなく消える。僕は咳き込みながら、突然の事に驚いてしまった。


『健、大丈夫かい? 全く、あんた結界を張らんで寝るなんて、相変わらず脇が甘いねぇ』

「え?」


 いきなり頭上から話しかけられ、僕は恐る恐る視線を彷徨わせた。枕元で正座して覗き込んできたのは、凛とした、黒髪の綺麗な美人な巫女さんだった。知らない人だけど、どこかで見たような、懐かしい感じがする。

 ぼんやりと周囲が光っていて、生きている人間ではなく……いや、逆に見知らぬ人間が、ここにいても恐ろしいが、どうやら彼女は霊で僕を助けてくれたようだ。


「あ、あの……ど、どちら様ですか?」

『せっかく助けてやったのに、あんたって子は薄情だねぇ。ああ、私の姿が変わったから分からないのかい? 健、ばぁちゃんだよ』


 僕はその言葉を聞いて飛び起き、急いで部屋の電気をつける。

 ニコニコと笑いながら、孫の枕元で正座をしている、ばぁちゃんを見た。

 どこかで見た事があると思っていたのは、当然だけど昔のアルバム写真にあった若い時のばぁちゃんと、瓜二つだったからか。

 確か、女子高生時代にじぃちゃんと一緒に、オカルト研究会の部活風景を撮った写真で……まだ二人が付き合う前の、初々しいものだったのを思い出す。

 悲しみに浸る間もなく、いきなり若返って、僕の前に現れるのだから頭の中は、疑問符で一杯である。


「え、本当にばぁちゃん? これって夢枕? 虫の知らせ? と言うかばぁちゃん、なんで女子高生まで、若返ってるんだよ」

『そら、あんた死んでも若い時の方が動きやすいでしょう。それに、若い時の巫女姿は、誠さんが好きでねぇ。久しぶりにあの世で会って来たんだけど、あの人も若返ってて、そりゃあもう男前だったよ。ふふふ』


 誠さんと言うのは、僕のじぃちゃんの名前だ。生前から祖父母は仲睦まじく過ごしていたけど、まさか死んでからも、惚気られるとは思わなかった。

 だが、こうしてばぁちゃんが助けてくれなかったら、僕も加藤さんの霊に苦しめられていた事だろう。


「ばぁちゃん、ありがとう。加藤さんの霊を浄霊したの? それとも成仏したのかな」

『いや、一時的に除霊したんだよ。あの子は死んでから、怨霊に取り込まれて、手先みたいになっているんだ。自分の遺体を供養して貰うまで、彷徨ってしまう。あんたの同級生で同じ辰子島の子を、強制的に浄霊させるのは、ばぁちゃんの主義に反するからねぇ』


 ばぁちゃんは加藤さんに対して完全に消し去る『浄霊』でなく、一時的に遠ざける『除霊』をしてくれたようだ。僕も彼女をきちんと供養してあげるのが一番だと思っている。


「それに……、夢の中で霊視した時に気になる事があったんだ。加藤さんは確かに怨霊に導かれて来たけれど、人に殺されたんじゃないかと思ってる」

『健、あんたは浄霊もしっかり出来ないのに、探偵みたいな真似をするんじゃないよ。四十九日も経たないうちに、急いで守護霊になったんだから、しっかりあんたを龍神様の巫覡として、拝み屋として修行させるからね。悪党を探すのはそれからさ!』


 ああ、やっぱりばぁちゃんは僕の守護霊になってくれたんだな。

 そして、昔からサスペンスドラマが好きだった事を思い出して、ノリノリになっているばぁちゃんを見て、僕は嫌な予感しかしなかった。





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