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十八話 秋本宗介③

 僕は鳥頭村から帰ってから、原因不明の高熱を、三日間も出してしまった。ともかく体が重くて、堪らず部屋に籠もる事しか出来なかった。

 こういう事は昔からあって、何かしら霊的な影響を受けた時に、体に起きる現象なんだが、こんなに長引いたのは初めてだと思う。

 何時もなら家の近所の氏子神社で、清めの塩を貰い、口に含んで日本酒で一気に流し込み、冷水で入浴すれば、大体の霊は離れて行くのに、今回はそうじゃない。 

 高熱にうかされている間、ずっと僕の部屋で、何者かが歩き回るような不気味な音がした。

 うっすら目を開けると、着物を着た女性達がお互いの手を繋ぎ、僕の周りを円を描いて、ぐるぐると回っている。

 暗い部屋の中では、彼女達の表情は鼻から下しか確認する事が出来ず、口はパクパクと同じ動きを見せ、話している言葉は、全く聞こえなかった。

 あれはなんだったのか、いまだに良く分からない。高熱のせいなのか、あるいはあの神隠しの家に、関係しているのか、僕には判断がつかなかった。

 だけど、あまりにもリアルな質感だった事は覚えている。

 全員若い女性だったけれど、どこか年齢よりも幼い印象を受けたのは、彼女達の様子が、子供のように無邪気に遊んでいたからか。

 あの光景を思い出すと鳥肌が立つし、楽しそうな様子が、かえって不気味だった。


「秋本くん、面白いねぇ。そのエピソードも入れよう。体験談としてそれを語ったら盛り上がるぞ。生放送に入れようか」

「使えますかね? ありがとうございます」


 僕は昔から、他人に視えない物が少しだけ視える。そんな僕が、どうして裕二さんと一緒に、心霊スポット配信動画に携わっているかと言うと、自分がいずれ監督になり、大勢の人を本気で騙す、フェイクモキュメンタリーを作る事を、夢見ているからだ。


「それにしても、本当に霊が視えるのに、フェイクを作りたがるなんて、君も変わってるねぇ」

「いや、フェイクを作って本物が映ったら最高じゃないですか。本田さん、僕は自分が視ている物が、本当にこの世の中に存在しているって、世間の人に証明する事が目的なんです。本田さんなら、良くご存知でしょ」

「いいねぇ。どんなフェイクだって作れる世の中だけど、どこを分析してもこれはこの世の物じゃない、科学じゃ証明出来ないっていう本物が撮れたら、世の中は変わるよ。やっぱり君を雇って良かった。俺も君と同じ考えだよ」


 そう言って本田さんは、缶珈琲を奢ってくれた。

 僕がこういう考えに至ったのは、何を隠そう、本田さんが制作していた数々のホラーDVDを見ていた事が、関係している。彼がインタビューを受けていた時の言葉が、忘れられなかったからだ。

 本田さんは、霊が視えない人だが、オカルトを信じていて、本物の心霊映像を撮り、世間の常識を覆したいと思っている人だった。

 逆に裕二さんはノリが良く、楽しんで仕事をしているけれど、半信半疑だ。でも最初にバズった動画といい、今回といい彼には、霊感があるんだと思う。


「秋本くん、病み上がりだから無理するなよ。俺は家で続きをやるけど、寝泊まりするんなら、戸締まりは頼むね」

「はい、分かりました。お疲れ様です」


 本田さんを見送った僕は、事務所で編集作業の続きを行っていた。あの村に行く前に、北関東の心霊スポットをいくつか回っていたので、順番に片付けていく。

 寝込んでしまっていたので、二人に迷惑をかけた分、挽回したい。

『神隠しの家』は、ゆうじぃチャンネルの三周年記念生放送の、メインにしようと企画していたので、気合が入る。


「加藤さんの事があったから、どうも後回しにしてたけど、そろそろ取り掛からないと、間に合わないなぁ」


 僕は誰もいない事務所で、現実逃避するように呟いた。あの日、車の中で最初の数分だけは、きちんと映像が撮れていたか本田さんと確認していたのだが、最後まで見る余裕はなかった。

 意を決っして、冒頭から最後の撤収まで、一通り通して見る事にする。

 裕二さんの家に、時々遊びに来ている、あの可愛らしい加藤さんの変化は、鬼気迫る物があった。

 誰が見ても演技をしているようには見えないし、明らかに何者かによって、強制的に体を動かされているように感じる。

 洋画に出てくる、悪魔憑きを思わせるような不気味さで、脳裏に焼き付いてしまう。


「これは、テレビじゃ放送出来ない。お蔵入りになる内容だな。本田さんがご機嫌になる筈だな」


 だが、僕があの屋敷で霊視した子供の霊が、カメラに映っていなかったのは残念だな。あの屋敷には色んな物が蠢いていて、今までにない位に居心地が悪かった。

 長時間あそこにいて、正気でいられる自信はない。僕は冷静さを失い、一刻も早くあの場所から逃げ出したくて、彼等に警告したんだ。

 そう考えると、僕もまだまだ素人だな。


「まぁ、何も映ってなくとも撮れ高はあるか。前半の電話は本当に起こった不思議な現象だし、これだけでも話題になる」


 最大の見せ場は、憑依された美少女霊能力者の様子だ。現場が大混乱しているシーンが映り、そこから永山さんが、神棚に安置してあった動物の、恐らく猿と思われる頭蓋骨を盗む。

 飛び交う怒号、本田さんの撤収と叫ぶ声が響いた。

 そして裕二さんと永山さん、そして僕が加藤さんを抱えながら、廃墟の廊下を騒がしく走る様子が映っていた。

 パニックになりながら険しい表情をする天野さんが映り、画面が大きく揺れて、本田さんの息遣いが聞こえる。


『――――せ』


 走る本田さんの息遣いの合間に、場違いな、抑揚のない声が聞こえた。天野さんや加藤さんの声に掻き消されて、前半の部分は聞き取れない。

 男女の性別は分からないが、恐らく方向からして、本田さんの後ろから声が追い掛けて来ている。


「ん?」


 何度巻き戻しても、映像に音声が乗っているのは確かだが、声の主が言っている言葉が、聞き取れない。


『ぎ、――――を』

『はい、分かっていますよ』


 何十回と同じ場面を繰り返し見て、どんなシーンなのか、完全に暗記をしていた僕は、聞き覚えのない台詞と本田さんの返事に怖くなって、再生ボタンを停止すると、ヘッドホンを放り投げた。


「なんだ、今の」


 病み上がりだというのに、編集作業を鬼のようにしていたせいだろうか。動揺しているうちに、PCはスリープ状態に変わり、画面が真っ暗になった。

 その画面に、汚れたトレーナー姿の男がうっすらと映っている。


「っ……!」


 不審者が入って来たのかと思い、驚いて椅子を引きながら振り向くと、そこには誰も立っていなかった。


「気のせいか?」


 僕は一旦、気持を落ち着かせる為に事務所の下の階まで降りた。

 ここは、公共スペースになっていて自販機や喫煙所がある。このフロアには、美容院と整骨院が入っていて、喫煙スペースで顔を合わせると、お互い挨拶をして雑談をしていた。さすがに、この時間ではどちらの店も無人で、真っ暗だ。


「二十三時半か……。今から片付けて急いで駅まで歩いても、終電ギリか」


 僕は、煙草を吸いながら平静を装って、二本目の珈琲を飲む。自分でも、無意識に指先が震えているのが分かった。

 あの男は一体誰なんだろう。

 グレーのトレーナーの首元から、べっとりと胸まで穢れた黒い液体が染み込んでいた。

 例えば死んだ人間が、腐乱してそのまま放置され膨張する。そこから、割れた肉から溢れた液体が、着ているトレーナーに染み付いたとしたら?

 そんな不気味な想像が頭を過って、僕は気分が悪くなった。

 あの動画から感じる禍々しさは、どれだけ僕が知る、簡易的なお祓い方法を試した所で、静まるような物じゃない気がする。


「………っ………」


 誰かの視線を感じて、僕は共有スペースから廊下を見る。消灯し、非常口の緑だけが、唯一の明かりになっている廊下で、加藤さんと思わしき女の子が立ち尽くしていた。


「え、あ、か、加藤さん?」


 何故、彼女がここにいるのだろう?

 加藤さんが、この事務所に訪れた事は一度もない。裕二さんだって、打ち合わせ以外にほとんど立ち寄らない事務所の場所を、わざわざ彼女に教えるとは思えないな。

 僕の質問に、彼女は闇の中でクスクスと笑うだけだった。

 

「返して」

「え? 何を……か、加藤さ」 

「返してよ」

「何を、返してほしいんですか」

「返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ殺される殺される殺される殺される」


 加藤さんの体が、バキバキと折れるような大きな音がして、暗闇の中で大絶叫が響くと、僕は大人げなく悲鳴を上げ、階段を転がるようにして駆け下りた。

 財布と携帯は持っている、事務所の鍵は閉め忘れたけれど、もう構っていられない。

 僕は全速力で駅まで逃げた。


 

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