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十七話 秋山宗介②

 突然、コール音が鳴って驚いた。

 珍しく、携帯が苦手なばぁちゃんからの電話だ。母さんが、ずっと体の調子が悪いと言っていたけれど、電話が出来るという事は、ばぁちゃんの容体は安定しているのだろうか。


「もしもし、ばぁちゃん?」

『健、健か? あんた一体何に首突っ込んでるの』


 開口一番、ばぁちゃんは僕を叱りつけた。

 僕が困っていたり、危険が差し迫って来ると、こうして忠告や警告をしてくれる。いつもなら、就寝しているだろうこんな時間に、電話をしてくるなんて、それだけ僕が、危険な事に首を突っ込んでいるせいだろう。


「ばぁちゃん、体の方は大丈夫なの?」

『ばぁちゃんの事は、どうでもいいよ。それよりあんた、龍神様の声もまだ聞けないのに、一丁前に余計な事に首を突っ込むんじゃないよ』

「ば、ばぁちゃん、霊視してたの?」

『そうだよ。嫌な予感がしたのさ』


 ばぁちゃんは、心なしかかなり疲れた様子だったが、それでもしっかりとした口調で、話している。


『梨子ちゃんや裕二くんの命が危ないよ。それから、他にもいるだろう? 全員、雨宮神社に連れて来なさい。美代子が祓ってくれるわ。あんたより霊力が弱いから、時間稼ぎにしかならないだろうけどね。それでもやらないよりマシさ』


 ばぁちゃんの霊視の的確さに相変わらず驚きつつも、僕は少しホッとして胸を撫で下ろした。僕にとってばぁちゃんは、厳しくも優しい頼れる漫画のヒーローみたいな存在で、どんな恐ろしい怪異でも、ばぁちゃんがいればどうにかなるという、安心感があった。

 母さんは雨宮神社の巫女の仕事はきちんとこなせるけど、拝み屋の仕事には、向いていないと思う。

 確かに僕と同じように霊が見えるけれど、ばぁちゃんの子供とは思えない位、ふわふわとした天然なので、ちょっと息子としては、心許ないと言うか。

 ばぁちゃんも、そう言っていた筈だよな。


「ばあちゃん、どうしたの? 母さんは厄払いは出来ても、拝み屋の仕事は向いてないって言ってたじゃないか」

『まぁ、あれでも祓う手順は、あんたより分かってるよ。美代子は、龍神様との仲介人としては申し分ない。ばぁちゃんはもう間に合わないよ。安心しなさい、健。あんたは可愛い孫だからねぇ。……自分で祓えるまでは……』


 そう言うと、ブツリと電話が切れた。

 僕はとても嫌な予感がして、折り返しばぁちゃんに電話をかけたが、虚しくコール音が響くだけだった。僕は不安になり、母さんの携帯電話にかけると、幾度めかのコール音の後に、泣きながら電話に出た。  


『健? 今ね、お母さん電話かけようと思ってたの。お婆ちゃん……、死んじゃった』

「え?」


 母さんの話によると、夕飯を部屋に持って行った時には、もうばぁちゃんは冷たくなっていたそうだ。友人が旅立ち、追い打ちをかけるようにばぁちゃんまでもが、亡くなるだなんて。

 ずっと頼りにしてきた人を亡くしてしまった僕は、頭が混乱していた。

 これから、どうすれば良いんだ?

 あの電話は、自分の命が長くないと知ったばぁちゃんが、最後に助け舟を出してくれたんだろうと思うと、胸が締め付けられる。

 

「……母さん、朝一に辰子島に帰るよ。葬式の準備とか、役所の手続きとか大変だろ。僕が手伝うよ」

『ありがとうね、健。本当に助かるわ』

「……実はさっき、ばぁちゃんから電話があったんだ」


 僕は母さんに電話の内容を話し、あの御札の間に入った全員を、お祓いして欲しいと頼んだ。僕の切羽詰まった様子に、葬儀が終わったら、直ぐにお祓いをしてくれると、約束してくれた。

 僕は、泣きたい気持ちで一杯だったけれど、今は梨子達の事があるので、悲しんでばかりではいられないな。

 きっとあの悪霊は、全員を皆殺しにするつもりだろう。

 僕は二人にばぁちゃんが亡くなった事、そして応急処置ではあるものの、雨宮神社で、全員除霊する事をメールした。もちろん、本田さんと秋本さんにも伝えてある。


『健くん、ご愁傷様です。今日はずっと一緒に居てくれて、ありがとう。私も楓お婆ちゃんには良くして貰ったから、おばさんを手伝いたいな。それに、達也の……お葬式もあるから。除霊の件、ありがとうね』

『そっか……ご愁傷様だな。亡くなるのはまだ早いよ。って、応急処置の除霊って大丈夫なんだよな?』


 梨子も裕二も文面からして、不安を隠せない様子だった。こんなに短期間で、身近な人が次々と亡くなったり、行方不明になれば、誰だってそうなるだろう。

 本田さんは、しきりに撮影が出来るかと聞いてきたけれど、それで良いから、辰子島に必ず来るようにとお願いした。

 僕は会社の上司に電話をし、少し長めの、慶弔休暇を取る事にした。

 僕の勤めている会社は、中小企業の工場だが、ある程度融通が利く、ホワイトな職場だから良かったな。


「ばぁちゃん……そんなに体が悪いなら、もっと頻繁に島に帰れば良かった。いや……神主として勉強して、安心させてやれば良かった」


 まだ信じられない気持ちと、ぽっかりと穴が空いたような空虚感で、涙が上手く出なかった。心が現実に追いついていないのだろう。

 気丈な人で、いつも凛としていたから、お迎えが来るのはもっと先かと思っていたのに。


「早すぎるよ、ばぁちゃん」

 

 僕は、父さんを生まれて直ぐに病気で亡くし、母が雨宮神社を継ぐまで、シングルマザーとして働きに出ながら、育ててくれていた。だから小さい頃は、祖父母が僕の面倒を見てくれ、保護者代わりだったんだ。

 そんなじぃちゃんも、僕が小学校に上がる頃に、病気で他界してしまう。

 ばぁちゃんは、母さんと二人三脚で、僕を立派に育て上げてくれたんだ。

 関東に出てからも、母さんと一緒になって、宅急便一杯に野菜や米、消耗品、雨宮神社のお札やお守りを送ってくれていたよな。

 二人の走り書きのメッセージも、いつも心の支えだった。大人になってその恩返しを、ようやくしてあげられると思っていたのに。

 僕の目から、ようやく涙が零れ落ちた。


 ✤✤✤

 

 眠りに落ちかけて、急に携帯の着信音が鳴り、僕はビクリと体を震わせた。

 時刻は、午前零時を回っている。

 寝ぼけた頭で履歴を見ると、相手は秋本さんのようで、アプリからかけていた。そういえば、秋本さんだけ返信がなかったので、心配していたんだけれど、除霊の事で何か聞きたい事でもあるんだろうか。


「もしもし、秋本さん? どうしました?」

『あ、あ、雨宮さんですか。お、お話ししたい事があって! お祓いは後日、という事だったんですが、僕も……僕も裕二さんと一緒に明日、辰子島に行きたいんです!』


 電話越しに聞こえる秋本さんの声は、酷く動揺しているようだった。完全に怯えきった彼を宥めるように僕は言う。


「ええ、それは大丈夫ですよ。昼間も何か僕に話そうとしていましたよね?」

『は、はい……実は』

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