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十六話 秋山宗介①

 再び僕は、梨子と待ち合わせをすると達也のマンションまで来た。結局彼は、梨子や僕にも返信を返してくれなかった。


「ここが、達也のマンションか」

「うん、オートロックじゃないから普通に入れるよ」 


 達也の住まいは、都心の歓楽街から少し離れた場所にある、築四十年は経ってそうな、古い三階建ての小さなマンションだ。とはいえ、この区域でマンションを借りるとなると、家賃は高そうだなぁ。

 達也は三階の角部屋に住んでいるそうで、梨子に案内して貰って、コンクリートの階段を上がった。


「あれ、お客さんかな?」

「あれは……待って、秋本さん?」


 四世帯が入れるマンションの角部屋に、眼鏡を掛けた若い男性が立っていた。どうやらあの人が、鳥頭村でスタッフとして一緒に同行していた、秋本宗介さんらしい。

 達也の部屋の前で、考え込むように肩を落としていたが、僕らが近付いて来ると、驚いたように顔を上げてこちらを見た。


「やっぱり、秋本さんだ!」

「あれ、天野さん。こんにちは。もしかして……後ろの方は雨宮さんですか?」

「お久しぶりです。そう、彼が雨宮健くんです」

「あ、はい。はじめまして。友達追加、ありがとうございます」


 秋本さんが、僕と梨子に頭を下げると、僕も反射的に頭を下げた。秋本さんとは、友達追加をしたものの挨拶のみで、まともにやりとりをしていない。彼も霊感があるらしいが、いきなり本物か偽物かどうかも分からない、友達の友達の彼女の友人である、遠い存在の僕に、相談は出来ないだろうな。

 それにしても、どうして彼はここにいるんだろう。


「秋本さんも、達也に会いに来たんですか?」 

「そうなんですよ。この間彼に会った時、様子がおかしくて、気になってたんですが。チャイムを鳴らしても……反応がなくて」


 裕二とは違って、秋本さんは真面目そうな人に見える。裕二の話だと、彼は裕二の前の会社で高卒入社してきた子だったが、結局、自分の進みたい道を選び、小規模な映像制作会社『KCソリューション』に入って、本田さんの元で働くようになったようだ。そして裕二は、秋本さんを通じて三人でタッグを組むようになったらしい。


「ねぇ、健くん。凄いチラシ」


 ふと、梨子が指差す。

 このマンションは、古いせいか玄関の扉に郵便ポストがついていた。そこからチラシやDMなどが、溜まってはみ出していて、中の様子は伺えない。


「梨子、達也が倒れてたら大変だから、念の為に管理人さんを呼んでくれないかな」


 僕はとてつもなく嫌な予感がして、梨子をその場から離れさせた。おそらく、秋本さんも何かしら感じていたのだろう。

 梨子は、不安そうな表情でこのマンションの一階に住む、管理人の元へ足早に戻っていった。きっと彼女も最悪な結果が頭に過ったんだろう。

 

「雨宮さん、中から変な匂いがするんですよ。生ゴミが腐ってるのかもしれないけど」


 秋本さんは、言葉を濁して僕にそう言ったが、緊張で顔が強張っている。確かに、中からうっすらと嗅いだ事のない、悪臭がしている。

 僕は、意を決して、チャイムを鳴らしてみるが、秋本さんの言う通り達也からの応答はない。玄関先の扉越しに何か聞こえたような気がして、耳を寄せた。


「雨宮さん、やっぱり中から何か聞こえますか」

「はい。なんだろうな」


 秋本さんの言葉に、僕は頷いた。

 抑揚のない声には、聞き覚えがある。それに何人かが、寄り集まってヒソヒソと話すような声がした。

 秋本さんが、玄関先で考え込んでいたのも、微かに聞こえるこの声のせいなのか。


「達也、いるのか?」


 もう一度、チャイムを鳴らして呼びかけて見たが、やはり反応はない。声は聞こえるので、中に達也が居るのは間違いないようだが。

 僕はためしにドアノブに手を掛けて回してみると、鍵が掛かっておらずガチャリと音を立てて開いた。


「秋本さん、鍵が掛かってない」

「え? さ、さっき僕もノブを回したんですが、動かなかった。勘違いかな?」

「と、とりあえず……開けますね」


 僕は喉を鳴らして一気に扉を開けた。目の前に広がったのは、達也の部屋ではない。

 暗闇の中で、円を描き等間隔に立つ、金色の袈裟(けさ)を掛けた僧侶達が、聞いた事のない教を唱えていた。彼等の手に握られているのは、僕も見た事がある密教の法具。

 彼等の傍には、松明が揺らめいていて、その歪んだ顔を映し出していた。

 その円の中で、青褪めた達也が怯えたように、頭を抱えている。僕の存在に気付いた達也は、生気のない顔を上げると、抑揚のない声で言った。


『雨宮……助けてくれ……』

「達也」

『雨宮……助け』


 達也の鼻や口、耳から血が流れ次々に、死出虫達がカサカサと這い出して来る。達也が僕に助けを求めるように手を伸ばした瞬間、誰かに強く腕を掴まれ、後ろに引っ張られた。


「雨宮さん! 雨宮さん、大丈夫ですか、今の、今のって」


 真っ青になった秋本さんに揺すられ、僕は正気を取り戻す。おそらく彼も僕と同じ光景を目にしたのだろう。


「だ、大丈夫です。すみません。もしかして秋本さんも、あれが視えたんですか?」


 秋本さんは、真っ青になりながら頷くと、震える声で言った。


「……そ、そんな事より、この部屋に永山さんはいるんですか?」


 扉を開けた先は、散らかり放題の、汚い男の一人暮らしの部屋が見えた。弁当の空箱や、食べかけの総菜、ビールの空き缶。残飯からなのだろうか、腐臭が漂い、蝿が飛んでいる。僕は、この部屋に足を踏み入れる事に戸惑ったが、気合を入れて秋本さんと入る事にした。


「お邪魔します……、達也……いるのか、達也?」

 

 そんなに広い部屋じゃないので、倒れていれば直ぐに見つかる。秋本さんに、トイレと風呂の様子を見て貰ったが、そこに達也の姿はなかった。

 僕はつま先に、何かが当たるのを感じて視線を向ける。ベッドの下から、飛び出た指先に、躓いたのか。

 僕はどっと冷や汗が出て、全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。台所からだと思っていた腐臭は、ここが一番強く感じる。恐る恐る膝をつき、ベッドの下を覗くと僅かな隙間に、口を大きく開け、苦悶の表情を浮かべて息絶えている、達也と目が合った。


「うぁぁぁぁぁ!」


 僕は生まれて初めて、喉が裂けんばかりの大絶叫をして、腰が抜けてしまった。

 幽霊は見慣れていても、死んだ人間の亡骸は、見慣れていない。驚いた秋本さんが僕に駆け寄ると、同じように悲鳴を上げる。


「健くん! 秋本さん!」


 僕達の悲鳴を聞きつけて梨子と、管理人さんが、中に入って来ようとしたので、僕は思わず両手を彼女らの前に突き出した。


「健くん、どうしたの!?」

「梨子、来るな! 管理人さん、き、救急車、いや、警察、警察呼んで下さい!」



 ✤✤✤


 達也は既に息を引き取っていて、当然ながら僕と秋山さんは、遺体第一発見者として、夕方近くまで事情聴取された。

 精神と体力を、限界まで削られぐったりとしたが、高校時代の友人が亡くなった事のショックで、動揺している。


「雨宮さん、本当になんて言ったらいいのか……僕が、もっと永山さんの事を気に掛けておけば、こんな事には……」

「いえ、秋本さんのせいじゃないですよ」


 秋本さんは青褪めた顔のまま、何か言いたそうにしていたが、言葉を飲み込んだ。

 泣きじゃくる梨子を慰め家まで送ると、僕はベッドに倒れ込む。もし僕がもっと早く、達也の元を訪れていたら、あいつは死ななくて済んだのだろうか。

 僕は、ばぁちゃんのように拝み屋として、真剣に修行をしているわけでもないので、悔やんだ所で、結果は同じだったかもしれないが、それでも自分の無力さが情けなくなってしまった。


「それにしても……達也が持ち帰った物はどうしたんだろう。変死扱いなら、証拠品として警察にあるのかな? 今の梨子には、その辺りの事情は聞けないし」


 不審死の捜査の事は分からないけれど、現場検証が終わるまで、警察から遺族に返される事はなさそうだ。

 達也の死は、おそらくあの呪物と僕が見た、赤い着物の女の霊に関係している。

 おそらく、行方不明になっている加藤さんも、命を落としているように思えた。


「やっぱり、御札の間に入ってしまった人間は本当に呪われるんだろうか。それなら、全員に命の危険が及ぶ可能性がある……? 梨子にもしもの事があったら」


 考えただけでも指先が冷たくなる。

 いよいよこれは、本当にばぁちゃんに、頼らなければいけなくなってしまった。

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