表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/36

十五話 永山達也③

 翌朝目が覚めると、玄関先に置いておいたはずの猿の頭蓋骨が、枕元にきちんと置かれていた。

 昨日の事は全部、夢だと思いたかったけど、アレはそんな生易しい物じゃねぇし、頭蓋骨を枕元に置くだなんて、絶対にあり得ない事だ。

 あんなリアルに、匂いまでしっかりと覚えているような悪夢なんて、俺は今まで一度も経験した事がない。

 消した記憶もないのに、愛ちゃんが送ってきた不気味なメッセージは、履歴に残っていなかった。

 もしかして、俺は本当に幻視や幻聴に見舞われているんじゃないかと、不安になってしまう。

 何気なく携帯を見てみると、何十件ものSNSの通知がついていた。


「なんだよ。なんか俺の発言バズったのか?」


 通知欄は全て、AICHI♡。

 愛ちゃんのアカウントからの返信で、何十件も文字化けしたコメントが現在進行系でつけられていた。

 俺は、いよいよ怖くなりSNSもブロックして、震える手で本田さんに電話をかける事にした。


「もしもし、本田さん。永山です」

『……はいもしもし。永山くん? こんな朝早くに何かあったの? まだ朝の四時じゃないか』

「本田さん、今日の夜にでもあの呪物、引き取れませんかね?」

『今日かぁ。ちょっと編集で手が離せないんだ。明日はどうだろう? 秋本くんを行かせるよ』

「それでいいです! とにかくもう自分の手元には置きたくないんで」


 俺の反応に、本田さんは何かを察したようだ。あの呪物を家に置いていて、なにか心霊現象が起こったのかとか、根掘り葉掘り聞いてきたので、遮るようにして俺は「お願いしますよ」と念押しする。


(全部あの骨のせいだ。あいつらが、あんな場所に行こうって言うから! 明日でアレは、俺の元からなくなる。もう俺は無関係だ。恨むなら、企画した本田と裕二を恨めよ!)


 その日は、散々だった。

 仕事のミスが続き、同僚に心霊スポットで骨を持ち帰った事を話せば、あいつ等はすっかりそんな事なんて忘れていて、マジで心霊スポット行ったんだ、と馬鹿にしてきた。

 そんな事より、ゆうじぃのサイン入りグッズを見せろよと笑ってからかわれた。

 佳奈も、俺の事を避けているようで会社であっても、怖がって軽く会釈するだけだ。連絡手段も、全てブロックされているのか無反応だもんな。

 それに、あの赤い着物を着た女が目の端に写り込む。

 外回り中の電信柱、カフェ、電車の向かいのホーム。気配を感じて凝視しても何故か見えないのに、目の端にあの女の存在を感じるんだ。

 とにかく早く、秋本くんにあの猿の頭蓋骨を渡さなくちゃ。 

 退社してから俺は、自宅近くの珈琲チェーン店で、秋本くんと待ち合わせをした。


「永山さん、大丈夫ですか? 凄く顔色悪いですよ」

「大丈夫。とりあえずこれ。本田さんに、インタビューの件、断っといて下さい」

「分かりました。あの……これは預かりますが、お祓いした方が良いと思います」


 店に入って来てから、本田にパシリに使われた秋本くんは、顔色が悪くこの呪物に触れる事を、躊躇っているようだった。

 そうか、秋本くんも霊感が強いって言ってたよな。

 もしかして、まだ何か俺に憑いているのが視えるんじゃないかと思って、最寄りの神社で御守りを買った。

 だけど、それから二日経っても三日経っても、お守りの効果はなく、あの女が俺の行く先々で視界に入る。

 そして、いつの間にか俺の部屋のテーブルには、あの猿の頭蓋骨が置かれていた。

 あれ、秋本くんに渡したはずだよな、と本田さんに確認の電話をしても『何を言ってるんだ、貰っているよ』と何度も呆れたように説明される。

 俺は徐々に眠れなくなり、体調不良を理由に会社を休んだ。上司に、君ねぇ、繁忙期に困るよと小言を言われたが、知った事じゃないな。

 もう家から一歩も出たくない。

 何もしたくないし、誰とも会いたくない。 


 ――――ピコ、ピコ。


 梨子からのメッセージだ。雨宮のメッセージもきてる。


『達也、元気? 神隠しの家に行ってから全然返信ないから心配してるよ。大丈夫? 既読にもなってないから、あれから気になっていたの』


 俺、梨子からメッセージ来てたのも気付いてねぇわ。


『達也、久しぶり。梨子(りこ)から心霊スポットに行ったって聞いたんだけど、気になるから連絡くれないか。お前は霊とか信じないかもしれないけど、力になれると思う』

『達也、健くんから連絡きた? 健くん、本当に視える人みたい。思い切って、相談してみたよ。拝み屋の楓お婆ちゃんとも連携してくれるかも。明日健くんと家に行くね』


 通知越しに、梨子と雨宮のメッセージが交互に入っている。俺は、高校の時から、雨宮が梨子の事を好きなのは知っていた。

 俺が先に告ったから、梨子と付き合えたんだ。

 友達以上、恋人未満の二人の間に入ったのは俺で、もし俺が押さなければ、おそらく梨子は雨宮と付き合っていただろう。

 だから、最近疎遠になっていたと聞いていたけど、本当はこいつら付き合ってんじゃねぇかと、頭によぎった。


 ――勝手にしろよ、面倒くさい。


 俺はこの隙間が安心するんだ。

 ベッドの下に隠れていたら、あの女に見つからないだろ。

 この猿は俺の方がいいんだって、本当にこいつ、可愛いなぁ。

 この子は生まれたての赤ちゃんなんだよ、俺の事を本当の父親だと思って、頼ってきているんだ。



『かごめ かごめ 

 籠の中の鳥は

 いついつ出やる

 夜明けの晩に

 鶴と亀が滑った

 後ろの正面だあれ』


 あはは。

 また、あの女の歌が聞こえてきた。

 もう、夜中の3時かぁ、早いなぁ。

 明日、無断欠勤したらクビになるかもしれないけど……ま、いーか。

 この隙間に隠れていたら見つからないよ。

 かくれんぼしているんだ。見つからないから俺の勝ち。

 あの女は、いつも俺を探してウロウロしてる。

 ほら、汚れた白い足が見える。あーあ、またフローリングが土まみれになっちまうよ。


『ふふ』


 だけど、今日は違った。

 女の足が立ち止まると、そのまま動かずにいる。

 長い黒髪が、ベッドの隙間から見えた。赤い着物の女がかがみ込んでいるんだ。


 気付かれた、気付かれた、気付かれた。


 女の顎が見え、赤い唇が裂けるように笑っている。そして焦点の合わない濁った死人の目が俺を見つめた。

 俺はガタガタと震え、目が飛び出るほど見開いた。


「あぁ……」

『みぃつけた』


 絶望の溜息が出た。

 何人もの女の笑い声が部屋中にけたたましく轟き、俺は絶命した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ