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十三話 永山達也①

 ――――時は、一週間前まで遡る。



 俺は、裕二と秋山さんと共に愛ちゃんを車に押し込んだ。

 錯乱状態だった愛ちゃんが、廃村を離れるに連れて大人しくなり、ブツブツと小声で何かを呟いたかと思うと、痙攣し始めた。焦った俺達は、近くのコンビニの前で停車し、慌てて救急に電話するように、秋本さんへ頼んだ。

 その間も冷静にカメラを回して、本田さんって、業界のやべぇおっさんて感じだったなぁ。

 騒ぎを聞きつけたコンビニの店員が不審に思って出て来るし、あやうく警察呼ばれそうになったけど、なんとかやり過ごせて良かったわ。

 裕二が、最悪不法侵入で捕まる可能性があるから、お前は大人しくしとけって言ってたけどよ、監視カメラなんてねぇ場所だし、許可取ってなくても大丈夫でしょ。

 つーか俺は、連れて来られただけだしな!

 それに、病院で友達が心霊スポットに行って、いきなり錯乱しただなんて言ったら、俺達の方が薬でもやってるのかと思われそうだ。

 救急車の中で思いあたる原因はないかと聞かれたが、ドライブに行ってる途中で、突然愛ちゃんの気分が悪くなったと言い、発作を起こしたという事で押し切ってやった。

 実際、その通りだったしな。病院について来てくれた本田さんが、上手い事、俺達に話を合わせてくれたお陰で、なんとかやり過ごせた。

 薄情だけど、今の職場は気に入っているし、俺達が犯罪者みたいな扱いをされて、警察に厄介になるのは困る。

 梨子が、病院から愛ちゃんの両親に連絡して、この病院に来るまで付き添うと言っていたが、辰子島からじゃ明日の夕方になってしまう。

 ひとまず俺達は、後の事は親御さんに任せて帰る事にした。


「ね、ねぇ、達也……。それ、何? さっき本田さん達と話してたけど、神隠しの家から持って来たの?」

「あぁ、これ、格好いいだろ? 本田さんがさ、後で俺のインタビューつきで撮影するってよ。今回はいつもより尺取って、スペシャル版の動画上げるらしいから、すげぇぞ。本田さんってさ『真恐動画』っていうホラードキュメンタリーの監督もやってるらしい。そっちでも、この『呪物』を取り上げてくれるらしいわ」


 病院から帰る道中、あのボロ屋敷の神棚から持ち出した、小さな子猿の頭蓋骨を見て、梨子は真っ青になっていた。もともと梨子は、ホラーや怪談が苦手なので、本気でビビってて笑っちまった。

 あんなの、信じる奴いるんだ。

 絶対俺達より先に来た奴らが置いてった、悪戯じゃね? それか、本田さん達が昼にロケハンに行って、偽物の小物仕込んだんだろ。

 裕二から、心霊スポット配信に出ないかと誘いがあった後、飲みの席で会社の同僚達に話したんだよな。


『ええ……お前、あのゆうじぃと友達なの? 本当かよ? じゃあさ、戦利品として、なんか持ち帰って来てよ。ついでに、サインつきグッズもよろしく!』とからかわれて頭に来た。


 その飲みの席で、最近気になっている後輩の佳奈(かな)も呼ばれていたので、ついムキになってしまったのもある。あいつもどうやら、俺に気があるらしく、最近俺達はかなり親密になっていた。

 積極的だし、頑張ればワンちゃんやれそうなんだよな。

 梨子は可愛いし、好きだけど、ああ見えて昔からガードが固い。なかなかやらせてくれないのが萎えるんだよなぁ。

 都会で働くようになってから、俺は辰子島にいた子達とは、比べものにならないくらい可愛い子と出会えるようになって、世界が変わった。


「お前それさすがにやべぇって! 愛ちゃん、あんな状態になってんだぞ」

「そんな怒んなよ、裕二。これが本物かどうかも分かんねぇーし。本田さんも動画で使ったら、バズるって言ってたじゃん。ぶっちゃけさ、お前に黙って、本田さんや秋本くんが置いた小道具かも知んねぇ。それにさぁ、お前今から、あの廃村に戻れんの?」


 裕二が俺をバックミラー越しに非難する。確かにあの鳥頭村にある、噂の神隠しの家は、雰囲気ありまくりで怖かったけど、大袈裟過ぎんだろ。

 愛ちゃんのあれもパニック症状とかじゃねぇの。それに、こんな時間に今からあの場所に戻るのは、正直だるい。

 梨子も裕二も不安と恐怖が入り混じった表情で俺を見ている。


「梨子はともかく、お前はオカルトで飯食ってんだろ。しっかりしろよ」

「まぁ……そうだけど。検証も出来るし良いか! オカルトネタとしては最強だよな」


 俺が強い口調で詰めると、裕二はモゴモゴと口籠る。

 実は、マッチングアプリで女の子と会い、浮気してたのがバレた。必死に謝ったけど、梨子との関係はシコリが残ったままだ。最近、家に泊まりにこない梨子も、今日はかなりビビってるし、誘ったらイケるかも知れねぇな。

 断られたら佳奈に連絡しようか、と思いながら梨子の肩に手を回すと、俺は小声で囁いた。


「なぁ、梨子。一人じゃ怖いだろ。明日は休みだし、今日は泊まりに来いよ」

「私……帰りたい。達也の家にそれを置くなら、もう怖くて遊びにいけないから」


 梨子は頭を降って項垂れた。俺は内心舌打つと、肩に回した腕を引っ込める。

 裕二が、俺達のやり取りをバックミラー越しに、チラチラと伺っていて、俺は馬鹿にされたような気がした。

 ようやく見慣れた繁華街の交差点まで来ると、苛ついた俺はぶっきらぼうに言う。


「大丈夫だって、俺は愛ちゃんみたいになってねぇし。裕二停めてくれ。俺はここから、コンビに寄って家まで歩くわ。梨子の事送ってやれよ」

「ああ。じゃあまた連絡するわ」

「達也、本当に……大丈夫なの?」


 梨子と裕二の心配を振り払うかのように、俺は陽気に笑って手を降ると、車から降りた。

 もう夜中の三時半だ。

 馬鹿騒ぎをしている、陽キャ達の集団の横を通り過ぎ、信号が点滅する横断歩道を渡ると、俺は佳奈にメッセージを送った。


『佳奈ちゃん、起きてる?』

『起きてまーす! 明日休みだから自宅でゲームして、オール宅飲みしてます笑』

『元気だねーー、急に佳奈ちゃんの声聞きたくなって。今から電話してもいい?』

『うん。もちろん……朝まで話したいです』


 少し間があって、返信が返ってきた。

 佳奈は、分かりやすくて可愛い。顔は量産系で普通だが、小柄で胸がでかく、クラスにいたら、付き合いたくなるような女だ。

 俺は心霊スポットへ行った事などすっかり忘れて、発信ボタンを押した。コール音が鳴って、アイドル並の可愛い声を出した佳奈が、はにかむように電話に出る。


「夜中にごめんな。今まで、高校ん時の友達とブラブラしてたんだけどさぁ。帰りに佳奈ちゃん、どうしてるかなと思って気になったんだよ」

『えー、そうなんですか? 今夜は友達が遊びに来る予定だったんだけど、ドタキャンされちゃったんです。寂しく宅飲みしながら、ゲームやってて。永山さんの声聞けて嬉しぃ……』


 少し酔いが回っているようだが、上機嫌で佳奈は話し始めた。上手い具合に佳奈の部屋に転がり込んで、飲みてぇな。 

 顔は梨子の方が可愛いが、佳奈は俺の好きな芸能人と雰囲気が似てる。そろそろあいつと別れて、佳奈と付き合ってもいい。

 そんな事を考えていると、不意に佳奈の口数が少なくなり、急に押し黙ったので、不審に思って声を掛ける。


「佳奈ちゃん、眠くなってきちゃった?」

『――――ねぇ、永山さんの隣に誰かいるの?』

「え?」


 深夜帯でも騒がしい都会だが、横断歩道を抜ければ、一気に人通りが少なくなる。

 この道を抜ければ、小さなオフィスビルが立ち並び、そこを抜けるとマンションや住宅街に出る。

 俺は、周囲を見渡してみた。

 終電を逃した客が入り浸っている、小さなラウンジがある。そこから、酔っ払いのおっさんの笑い声が、聞こえたが電話をしていて、隣に誰かいると感じるような距離じゃない。

 前方にはじゃれついている酔っ払いのカップルがいる。だけどそいつらとの距離もかなり離れているしな。そいつらは俺の小指程度の大きさで、遠くに目視出来るくらいだ。

 背後は切れかかった街灯に、シャッターの降りた店、小さなラウンジ、24時間営業のコンビニ、そしてアーケードの手前にある、夜間点滅する信号機しかない。


「ラウンジの横通ったから、酔っ払いの声でも入ったんじゃねぇ?」

『そう、なんか……、女の人の声だったから彼女さんかなと思ったけど。かごめかごめの歌が聞こえたような気がしたから、お店のBGMかな? それに、ざわざわって人の声も聞こえる』


 俺は一気に気味が悪くなった。

 こんな夜中に、そんな不気味な童謡を使うような、悪趣味な店があるわけねぇよ。

 二十四時間営業の、入店音の音が遠くから聞こえてくるが、こんなネオンのけばけばしい歓楽街の外れに、幼稚園や小学校なんてあるはずもなく、俺を怖がらせる為にそんな冗談を言って、佳奈の部屋まで来いっていう魂胆じゃねぇだろうな。

 俺は笑いながら佳奈に言った。


「いやいや、恐ぇって。俺以外誰もいねぇのにやめてよ。家帰っても一人なんだから。ほんと怖すぎだから。責任とってよ。今から佳奈ちゃん家に転がり込んでもいい?」

『えーー? 本当かなぁ。別に泊まりに来てもいいけど……永山さん、結構怖がりなんですか? かわ…………え? なに?』


 突然悲鳴を上げた佳奈は、ブツリと電話を切った。

 何事かと思い、俺は再び佳奈に電話を掛け直したが、コール音が虚しく響くだけで、出る事もなく無視された。

 さすがに、佳奈の身に何かあったのかと心配になった俺は、メッセージを送る。いや、単純に俺が距離を詰め過ぎたせいかな?

 セクハラで訴えられたら、やべぇ事になるぞ。


『ごめん、ちょっと俺、調子に乗り過ぎたかな』

『永山さん。やっぱり隣に女の人いますよね? 彼女さんですか? 私の事からかってます? 返せ返せ殺すって……物凄いキレてるじゃない。めっちゃ怖いし、もう私に連絡しないで下さい』


 青褪めて辺りを見渡したが、幾ら見渡しても、人の気配はない。寂れた看板の明かりに、客が入った様子のないコンビニが、何度も執拗に開閉する音が聞こえる。

 前方にいたはずのじゃれつくカップルだと思っていた人影も、闇に溶けてしまったようだ。

 喉の奥でヒュウ、と空気が漏れたかと思うと、俺は全速力で自宅まで走った。


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