十二話 音信不通
話を要約すると、裕二は心霊スポットに行った姿のままの加藤さんを、寝室で目撃した。
ぴったりと壁にくっつくように背中を向けて立っていた彼女が、あまりにも恐ろしくて目が離せなかったのだ。
やがて、バキバキと骨が折れるような音がして、加藤さんの上半身だけがこちらを振り向くと、裕二は恐怖のあまり気を失ってしまう。
それから、気になって何度か彼女に連絡を試みたようだが、加藤さんは電話に出る事もなく、そのうち携帯の電源自体が切れてしまったようで、無機質な音声メッセージが流れるようになった。
「心配になって、愛ちゃんの実家に電話してみたんだけど、おばさんは愛ちゃんが精神病院を抜け出して、どこに行ったのか分からないって言ってパニックになっていたんだ」
それで裕二は、梨子と達也、本田さん達に連絡を取ったらしい。だが、加藤さんは病院を抜け出したまま、友人達の前に、現れる事はなかった。手掛かりも見つからず、そのまま彼女は行方不明になってしまった。
「私ね、愛ちゃんのおばさんが辰子島から迎えに来た時に一緒にいたの。それから、暫くして精神病院に入院させるって聞いたんだよ。愛ちゃんがどうして、あんな風になったのか聞かれたけれど、私は心霊スポットに一緒に行ったって言えなかった。それで……」
罪悪感からなのか、それ以上梨子は加藤さんの実家と、連絡を取る事が出来なかった。
もちろん、友人の事はかなり心配していただろうと思う。
だけど、当事者である梨子自身も、加藤さんがあんな状態になってしまった事を、恐れていた。自分だって罰が当たって同じようになるかもしれないんだから、当然だろう。
梨子も裕二も、加藤さんが恐らくもう生きていない事を確信して、沈んだ表情で項垂れている。
裕二のもとに加藤さんの霊が現れる理由は、本人に聞かなくちゃ分からないけれど、あの心霊スポットに自分を誘った裕二の事を恨んでいるのだろうか?
「とりあえず、僕が身に着けている雨宮神社の御守りをお前に渡すよ。ばぁちゃんの力が籠められているから、これを持っていたら大丈夫だ」
「わ、分かった。なぁ、健。今夜泊まって行かないか」
裕二は不安そうな表情で僕を見ている。
腕時計は、既に二十ニ時を回っていた。僕はここに泊まる用意もしていないし、さっきの会話で意気消沈している梨子を、家まで送らなければならない。
それにしても、いつまで経っても達也に送ったメッセージが、既読にならない。達也が触れてはいけない呪具に手を出して、持ち帰っているせいか、なんだか嫌な胸騒ぎがした。
「もう遅いから、梨子を送ってあげなきゃ。大丈夫だよ、ばぁちゃんの御守りがあれば、加藤さんは入って来られないから。それより僕が泊まったら加藤さんは、霊感の強い僕を頼って来るかもしれないぞ」
「それは嫌だ。明日、お前に連絡するからな!」
「別にいいよ。裕二が寝るまで連絡は頻繁に取ってくれてもいいし」
青褪める裕二に僕は笑って肩を叩いてやった。人間と同じで、霊も顔見知りの方が話は出来る。見ず知らずの、敵意と悪意に満ちた者を相手にするより、何倍も安全だ。
僕はふと玄関先で、聞き忘れていた事を思い出して振り向く。
「そうだ。秋本さんと本田さんは大丈夫なのか? 二人も神隠しの家に同行しているし、身の回りで何か起こっているんじゃないかと心配だ」
「本田さんはいつも通りだな。あの人は何か起こった方が、番組的においしいと感じるタイプだから。実は心霊スポットに行って、友達が行方不明になったっていう、趣味の悪ぃドキュメンタリーも作ろうとしているんだ。秋本は、霊感があるから色々視えて参ってるよ。近所の寺でお祓いしたらしいが、どうなんだろう」
本田さんはいかにも、番組を制作している側の人間という感じだ。祟りや呪いが発動して、心霊現象なりぞっとする濃いエピソードを、カメラに捕らえれば、再生回数は増える。それで良しなのだろう。
僕は裕二に、これまでの経緯を説明して貰い、秋本さんとお互いのIDを交換する事にした。
「それから、あの動画はもう再生させるな。あれだけ強い霊なら、あの動画を媒体にして裕二のもとへ来られるぞ。あの動画は持ってるだけで障りになると思うから、絶対に消した方が良い」
「おい! 帰り際に変な事言うのよせって。絶対あの動画は再生しねぇよ。消去する!」
出来れば、本田さんの方の映像も消した方が良いと警告したが、裕二はプロデューサーに逆らえないのか、曖昧に返答した。
✤✤✤
今夜の出来事で、一気に不安を募らせた梨子に、マンションの部屋の前まで送って欲しいと頼まれた。
彼女は、かなり怖がっているようだったので、僕にも出来る簡単な結界を玄関先に張ってあげる事にする。
「あのさ、達也にメッセージ送ってみたんだけど、全然既読にならないんだ。梨子の方から、僕の事を伝えてくれる?」
僕は静かな車内で、気分を変えるようにラジオをつけると、なるべく明るい声で言った。
本来なら御札の間で、一番最初に子猿の頭蓋骨を持ち出した達也に、最も重い災いが降り掛かるような気がする。それとも、あの悪霊が真綿で絞め殺すように、周囲を不幸にして、達也を追い詰めようとしているのかもしれないが。
恋人の事を一番に心配しているであろう梨子は、表情を強張らせて項垂れた。
「うん……。実はね、最近あんまり達也と上手くいってないんだ。心霊スポットに、無理やり連れて行かれたとか、そういう事じゃなくて。良くある話だけど、一年前に達也がマッチングアプリで知り合った女の子と浮気したの。一回別れて、また元サヤに戻ったんだけど……。やっぱり一回駄目になって壊れた関係は、修復してももとに戻らないんだね」
「そ、そうなんだ……ごめん」
僕は思わず反射的に謝ってしまった。
僕が予想していた事は、あながち間違いじゃなかったのか。
こんな時こそ、梨子という可愛い彼女がいるのに、浮気なんてしやがって、あいつは最低な野郎だと一緒に怒ってあげるべきだったか。
それとも僕なら悲しい思いはさせない、なんて格好つけるべきだったか。
なんでこう僕は、好きな女の子を前にすると、緊張して気の利かない男になってしまうんだろう。
「り、梨子がいるのに浮気だなんて、信じられないよ」
僕はそう言うのが、やっとだった。
「健くん、気を遣わせてごめんね。実は私もSNSのDMやメッセージを達也に送ってるんだけど、既読にならないの。電話もしてみたんだけど、全然出てくれない。今日の事もあって心配だから、健くんの時間のある時にでも、一緒に達也の様子を見に行かない?」
「え? 梨子のメッセージも既読にならないの? 電話にも出ないだなんて、それは変だな。明日は休みだし達也のマンションに、様子を見に行こう」
加藤さんに続き、達也までも行方不明になっていたら洒落にならない。早めに達也の身の安全を確認しなければ。




