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《九章 切り札》


()()()? 所詮、人間も獣だ。言葉で争っても無意味だって気づいたら、後は力の勝負になるだけだ。嬢ちゃんみたいな性格は特にそうだ。だから、お前はこっち側だぜ?」


 老人はルナの沈黙を“勝利”と受け取り、ルナの身柄を取り押さえようと肩を掴んでいた手に力を込める。


 だが、次の瞬間。


「────違うわよ」


 ルナは老人の手を振り払い、振り返って睨みつけた。


「あ? 何が違ぇって言うんだ?」


 立ち上がってきた相手の気迫に、老人の視線が引き寄せられる。


 ルナの目には、迷いがなかった。


「少なくとも私は、最初から暴力には頼らない。一度は、必ず対話で解決しようとするわ」


「それが意味ねぇって話を今言っ────」


 呆れたように返す老人の言葉を、ルナが遮った。


「アンタたちみたいに、すぐ話し合いを諦めて暴力に走るような真似はしないわよ!何度も何度も話し合おうとして、失敗して、苦しんで……それでも分かり合おうとする。でも、どうしても伝わらなくて。相手が自分の意見しか認めないって分かったとき、私は、初めて力を使うのよ!」


 ルナは人生の中で、一度たりとも相手の意見を聞こうとしなかったことはない。必ず相手に寄り添い、”言葉”でぶつかり合おうとしてきた。


 それが、彼女が“聖女”と呼ばれる所以だった。


「理屈をいくら並べたって、結局お前も暴力で解決してるだけじゃねぇかよッ!!」


 老人の言う通り、ルナの発言も暴力を肯定するものであることに違いない。しかし、ルナと老人は決して同じではない。近づこうとするものと、近づくことを諦めた者は決して交わることはない。


 老人はルナを再度掴み、声を荒げた。


 なおも老人は食い下がる。ルナの腕を掴み、怒鳴る。


 だが、


「違うッ!」


 今度はルナがその手を叩き落とし、逆に相手の肩を掴んで叫んだ。


「アンタたちは無関係な人たちを巻き込む!列車の事故、街の人々……どれだけの被害が出たと思ってるのよ!?私なんかより、アンタたちの方がずっと“悪”だわ!」


 この議論は、もはや交わらぬ平行線。


 互いに心の奥を曝け出しながら、それでも交わることはない。


「結局、テメェも暴力を肯定する奴には変わりねぇ────」


「私は、自分を“正義”だなんて思ってない!でも、私を信じてくれる人を、皆に嫌われるような私に絶対したくないのよ!」


「……何言ってんのか、さっぱりわかんねぇな」


 老人がぽつりと一言だけ呟く。


「私も同じこと、アンタに思ってるわよ」


 互いに理解し合えない。だが、それでいい。


「「────じゃあ」」


「勝ったほうが、“正義”ね」


「勝ったほうが、“正義”だな」


 正しさは相対的。だからこそ、信じる“正義”をかけて人は戦う。


 結局のところ、ルナと老人の口論に”正解”はなかった。ぶつかり合ったのは、それぞれの”正義”。交わらない信念同士が衝突した結果、”正義”と”正義”という構図が生まれたにすぎない。


 互いに理解し合うことは不可能だった。


 ────だが、それでも無意味ではなかった。


 口論が終わり、無言のまま距離を取る二人。静寂が場を包み、やがて戦闘の気配が満ちる。


 ルナは【龍手】を装着し、老人は何も構えずに立つ。


 一触即発。その均衡を破ったのは老人だった。


(悪いが、手加減は無しだ。殺すつもりでいかせてもらうぜ。こっちも雇われの身だかんな)


「【召喚サモン:悪────」


 悪魔との融合を試みる老人。その詠唱にはわずかに隙がある。かつて列車で一度食らった攻撃、その時間的猶予をルナが見逃すはずがなかった。


「【アデル、やりなさい】」


 ルナは静かに命じた。


 その瞬間、窓ガラスを突き破って黒い影が飛来する。


「────イエス・マイロード」


 鋭い声とともに、黒い影の握る剣が老人の喉元に突きつけられた。抵抗する間もなく、老人は両手を上げて降伏する。


「……マジか」


 今、老人を襲ったのは私の従者、アデルだ。元暗殺者で、常に私の傍に潜んでくれている。その気配はまるで掴めず、正直、めちゃめちゃに強い。もし何でもありの戦いをしたら、私が勝てるかどうか怪しい。まして、日常の中で不意に襲われたら対処できる自信すらない。


 それと、多分だが、公平なルールの上で真正面から戦っても私が勝てるかどうか分からない。でも彼は、私の従者。私のためだけにその力を使ってくれる。


 ────だから、隠し札としてこれほど心強い存在はいない。


「やりやがったな、嬢ちゃん……こんな化け物を隠していたとは。完敗だ」


 膝をついた老人を、アデルが拘束する。


「切り札は隠すものよ?それに……アンタ、私を殺す気だったじゃない。依頼も台無しにするつもりだったのかしら?」


 私は老人の謎めいた行動について問いただした。もしあのまま私が負けていれば、確実に命を落としていたはずだ。それは組織の命令に反するのではないか?


「……組織に捕まってまともな精神で戻ってこられたやつはいない。お前が死んでいても目的のものが回収できるから、できれば楽にしてやろうと思っただけだ」


「貴方、随分”人”の心を持ってるじゃない」


 ルナは【龍手】を外し、戦闘態勢を解いた。


「アデル、後は任せる。でも、殺しはしないで」


「了解しました」


 アデルは老人を担ぎ上げる。


「……殺さないのか?」


 自分を殺そうとした相手を赦す。老人は、理解できないといった表情でルナを見る。


「私は殺しもできない、“甘ちゃん”だからね」


 そう皮肉を返すと、老人は乾いた笑いを漏らす。


「へッ、そうだったな。……まぁ、これから大変だと思うが、頑張れよ」


 その言葉とともに、アデルが老人の首を軽く叩き、気絶させる。


「アデル、後はよろしく」


 命じると、アデルは静かに窓から消えた。


 こうして、カルディア地方で発生した“霧の事件”は、一応の解決を迎えた。


 ──ただし、なぜ下級悪魔が街や鉱山にいたのか。その謎だけは、未だ霧の中に包まれていた。

【ルーグナー達のその後】

操られた避難民に関してはルーグナーの魔法でなんとかできましたが、建物から避難させようとすると悪魔が襲ってきたので戦いになっています。


【裏話】

聖杖については元から登場させるつもりでしたが、描写に関してはライブ感で結構決まりました。羽が開くとか、変形ギミックかっこいいなと思ったので追加した感じです。ロマンこそ全て。


ちなみに、ルナの聖杖がfile:3で出てきていないのは、依頼が終わり、王都に帰ってきた後にきちんと教会に返したからです。その時にルーグナーはニコラスの予想通り、ルナが聖杖を使用できたことを伝えています。神器を借りたのも、ルナが聖女であるのかを確かめるためでした。


ちなみに、この後建国祭と同時に発生する大事件はfile:3よりも断然前です。この時にルナはまた聖杖を使い、王都を救ったことで一部の人々はルナが聖女であると知ります。それと同時に、ルナを狙う人が増える……というのは別の話。


最終話お楽しみに!!!

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