《八章 正義と正義》
今度こそ、残り二話で完結します(予定)
「こちとら嬢ちゃんなんて呼ばれる年じゃないの。こっちは本気なんだから、覚悟しなさいよ……クソジジイ」
ルナが自ら声をかけると、老人もすかさず応じてきた。
「殺しもしたことねぇ“甘ちゃん”がよく言うぜ。それに比べて、後ろの母ちゃんはいい覇気だな」
厳しい言葉でルナをあしらう一方、老人はローラには一目置いているようだった。
「あら、腕が立つのね? 殺気を隠してたんだけど」
ローラは老人の見抜く力に驚きを隠せなかった。抑えていた気配を感じ取られたことから、この老人がただ者ではないと悟る。
「あんたの話は有名だ。任務に関する情報を頭に入れないバカはいねぇさ」
ローラの存在は、この依頼において最大の障害だ。だからこそ、彼女を封じるための手段も用意してきている。
「ねぇ、クソジジイ。依頼人は誰?」
霧に隠れながらも話しかけてくる余裕、それは自分の姿が見えないと分かっているからだろう。
その態度に怒りがこみ上げるが、ルナは冷静に情報を引き出そうと試みる。挑発を装いながら、探りを入れた。
「やめてくれよ、嬢ちゃん。仕事人が依頼主をバラすわけねぇだろう。ま、一つ言えるのは、俺は“組織”の上から頼まれてるってだけ。詳しいことは正直、知らねぇよ」
"組織”、やっぱり列車の男とつながってる。
「そう。じゃあ、ここは一つ、引き分けってことにしない? あなたもこれだけ暴れれば、満足でしょう?」
今ここで引けば、互いにこれ以上の被害を避けられる。しかし、ルナ自身、そう簡単にいくとも思っておらず、そう簡単にさせるわけもない。
「そうだなぁ、確かに派手に動いたし、やれることはやったなぁ」
「でしょ? じゃあ、霧を消して、そのままどこかへ────」
ルナの言葉を遮るように、老人は深いため息を吐いた。
「そうですか────とは、ならねぇわなッ!!」
「当たり前でしょうッ!! ルーグナー、お願い!!」
やっぱり、私が目的。なら、ここで引くはずがないわよね。
拳を下ろすのを期待していたが、甘かった。その隙に相手を仕留められればよかったのだが、そう上手くはいかない。とはいえ、このままでは終われない。
ルナの指示でルーグナーが風の魔法を発動。室内を満たしていた霧が一気に吹き飛ぶ。
視界の先には、依然として圧を放ち続ける老人の姿があった。
「ママ!ルーグナー!インペル!街の人々を避難させて!」
まだ周囲には避難しきれていない人々が残っている。ルナは戦いに集中するため、仲間に避難誘導を託した。
「クソジジイ。私が、お前を倒す!!」
「言うじゃねぇか、嬢ちゃんよ! 面白ぇ、ちゃんとサシでやってやんよ」
老人は楽しげに笑った。戦いを生きがいとする彼にとって、真っ向から挑んでくる相手は久々で興奮しているようだった。
最初は退屈な相手だと思っていたが、今は違う。自分を倒すと言い放ったルナに、他とは違う何かを感じ取っていた。
────だが、老人は“組織”の人間。私情だけで動いているわけではない。
「【傀儡夢踊】」
ルナと戦いたい一方で、仲間たちを足止めするため、老人は悪魔の力を発動させる。
避難しようとしていた人々は既に霧を吸い込んでおり、発動条件を満たしていた。
指を鳴らすと同時に、逃げようとしていた人々の動きが止まる。
「今のは……?」
「向こうにだ。邪魔が入ったら冷めるだろ?」
老人が契約している悪魔は【夢の悪魔】。空間を閉じ込め、外界と断絶する力を持つ。それは妖界とは違い、悪魔と融合せずとも隔離できるため、非常に強力だった。
更に、夢に堕ちた人々の肉体を操る能力もある。
止まっていた人々が突如動き出し、ルーグナーたちに襲いかかる。
操られている以上、下手に手を出せず、翻弄される仲間たち。これにより、ルナと老人の一騎打ちが成立した。
「“あくま”で邪魔されないためってことね」
ほんとにこのジジイ、私と戦いたいのね……はぁ。できれば穏便に済ませたかったのに。
「悪魔と“あくま”ってか。笑えねぇな!」
「……意識してないわよッ!!」
悪魔と契約している自分とかけたのかと老人は笑いながら言ったが、ルナにその意図はない。
今、ルナの頭にあるのはただ一つ────
「なんで私を狙ってるの!!」
これほどまでに狙われる理由に、ルナには思い当たる節がなかった。
だからこそ、戦う前に話を聞きたかった。戦いが始まれば、もう言葉を交わす時間はないと分かっているから。
「知ってんのか。でも、さっきから言ってるだろ? 言えねぇって」
老人もすぐに攻撃してこなかった。それほど自信があるからこそ、話す余裕がある。
また、組織に捕まった者の末路を数多く見てきた老人にとって、ルナが自分に負けた後、二度と話をする機会がないと知っていたから。
────勝負が一度始まってしまえば、言葉を交わす時間もなく決着がつく。
この時間は、それを知っている者同士の、戦いの前の、最初で最後のものだった。
「目的を言いなさい!!」
ルナは詰め寄る。しかし老人はルナの周囲を回りながら口を開いた。
「……めんどくせぇな、嬢ちゃん。でも、嫌いじゃねぇ。いいだろう、俺たちが何者かくらいは教えてやる」
「あら、意外ね?」
「ド直球な奴は久しぶりでな。グッと来ちまった」
「私はタイプじゃないわよ。そんなのどうでもいいから、早く教えて」
組織に魂まで売ってると思ってたけど、案外そうでもないみたい。
自分の周りをウロウロする老人のうざったい動きに少しイラつきつつも、ルナは話に耳を傾けた。
「急かすなよ。俺たちは【ウロボロス】。悪魔を使って、いろんなことをしてる“正義”の組織だ」
「……“正義”? よく言えるわね、これだけ他人を巻き込んでおいて」
怒りが湧くが、ここで感情を爆発させても何も得られないため、ぐっと堪える。
「ああ、正義だ。腐った奴らを潰す、正しい行いをしてるからな」
「何が腐ってるっていうの?」
「簡単なことだ。“世界”さ。ろくでもねぇ奴が蔓延ってる今の世界は腐ってる。だから全部壊して、新しく作り直すんだよ」
あまりに極端な思想に、ルナは眉をひそめた。
確かに世界には黒い部分がある。それでも────
「────暴力じゃ何も解決しないわ。それに、そのやり方では無関係な血が流れすぎる。ただ混沌を生むだけよ」
「その混沌こそ新たな秩序だ。流れた血は、そのための”尊い犠牲”だ」
「何が“尊い犠牲”よ。私はそれを絶対に許さない」
「だからこうして戦ってんだろ。結局、意見の違いは暴力でしか決着しない。嬢ちゃんだって分かってるだろ?」
老人の言葉に、ルナの視線が揺れる。
────そう、今まで自分も力で物事を解決してきたからだ。
数々の事件を解決してきたルナだが、戦いに発生したものが殆どであり、その全てにおいてルナは拳を振るってきた。これまではそれが正義であると疑わなかったが、老人の話を聞いて信じきれなくなってしまった。
言い返そうとした言葉が、喉の奥で詰まる。
「……ほらな? 所詮、人間なんて獣だ。言葉じゃ争いは止まらねぇ。気づいた奴から力に頼るようになる。嬢ちゃんみたいな性格は、特にな」
老人はルナの背にそっと手を置き、囁くように言った。
「ほらな? 所詮、人間も獣だ。言葉で争っても無意味だって気づいたら、後は力の勝負になるだけだ。嬢ちゃんみたいな性格は特にそうだ。だから、お前はこっち側だぜ?」
老人の言葉は、ルナの中の迷いに容赦なく突き刺さった。
まるで、暴力を正当化する自分の理論こそが“正しい”と信じて疑わない者の語り口だった。
ルナは、その理屈に一瞬でも言い返せなかった。
彼女の沈黙を、老人は“勝利”と受け取った。




