《七章 天使》
残り二話で完結します(予定)
どんどん周りの人に広めてくださ〜い!!
悪魔の気配は、まだ消えていない。だからこそ避難民の不安を煽らないように、その隣室で、私たちは静かに事件の真相に迫っていた。
「霧が出る前日に、不審な人物を見た……だと?」
ローラの言葉に、ルーグナーが険しい顔で応じる。
時期的には霧の発生とほぼ同時。その不審者が今回の事件に関わっていると考えるのが自然だ。いや、全員がそう感じていた。
「ええ。ただ、見た人によると、特徴はほとんど分からないみたい。あっという間に姿を消したらしいわ」
推測はできる。けれど、核心に届くには情報が足りなすぎた。
「怪しいですね」
インペルが静かに言った。
「ああ。そいつが元凶の可能性は高いが……どこに潜んでいるのか。それに、目的は……」
ルーグナーは言葉を切った。迂闊な憶測を口にするには、この場では憚られる。
(────まさか、ルナが……?)
心の中でルーグナーはその可能性を否定しきれなかった。
列車で対峙した悪魔の契約者が口にしていた言葉。「ルナを狙っている」と言ったあの言葉が、頭から離れない。今回の二つの悪魔絡みの事件は関連性が高い。
王都でも悪魔絡みの事件はそこまで多くなく、まして関連性などほぼないに等しい。そして、ルナを狙っているという発言を組み合わせると、男の言葉の真実味が増してくる。
ルーグナーが事件の裏側に気づき始めている時、ルナも同じ結論────自らが狙われている可能性に気づいていた。
偶然と言い切るには、状況が揃いすぎている。ここ、カルディアの事件。そして列車での戦い。二つに悪魔が絡んでおり、更に共通しているのは、私。
やはり……狙われているのは私自身。
そう仮定した瞬間、脳が急速に回転し始める。
カルディアで見かけたという人物は、列車で倒した男とは別人だ。今も悪魔の気配が残っている以上、まだどこかに“契約者”が生きている。ということは、列車の契約者は────除外。
ならば、残された者がまだ潜んでいる。
この状況で、私を狙うのなら……潜伏している場所は、恐らく────”あそこ”だ。
やってみる価値はある。
「ルーグナー。”これ”を使うわ」
立ち上がり、私は手にした。【神器】を静かに構える。
「は? なに言って……なるほどな」
ルーグナーの目が細められる。どうやら彼も気づいたらしい、私の狙いに。
やっぱりルーグナーって、こういうときだけ察しがいいのよね。もう少し私の恋心にも気づいてくれるといいのだけれども。
「試してみる価値は、あるでしょう?」
「どうせお前のことだ。使い方も知らずにぶっ放そうとしてるから先に言っとく。【解放】だけが【聖杖】の力じゃない。むしろ、それはほんの一部にすぎない」
(……え、そういう大事なことは早く言ってくれない?)
【神器】の名前が【聖杖】であることや、殆ど力を使えていないことを今始めて聞いた私。
心の中で舌打ちしつつも、今ここで言い争っている場合じゃないと言葉を飲み込んだ。
「じゃあ、他にどう使えばいいのよ?」
「祈れ。お前が守りたいと心から願えば……そいつが、それを叶えてくれる。まあ、思いつきで突っ走るお前にはぴったりだな」
「私が脳筋って言いたいの?」
「さあな」
ムカッときたけど、ここは抑える。私は【聖杖】に向けて深く────祈る。
私の願いは、ただ一つ。
みんなの、幸せを守りたい。
だから、どうか……神様。私に力を。
ルナの心からの祈りが────もしくは魂そのものが────【聖杖】に届いたのだろう。その瞬間、杖の先端が今までにない輝きを放ち、荘厳な変化を遂げた。
そうして現れたのは十二枚の天使の羽。
白と金と深淵の黒を携えたその羽は、空気を震わせ、世界の理すらも塗り替える。それはただの奇跡ではなかった。
森羅万象を凌駕する”神”の武”器”、【神器】の力が部屋の中で解き放たれたのだ。
誰もが息を呑み、言葉を失った。畏れ、敬い、ただ立ち尽くすしかなかった。
一つだけ確かなことがあった。
神の使いがここにいる。
この地に、天使が降臨したのだ。
そして、その天使────ルナは、静かに、だが揺るぎなく、祝福の名を告げる。
「【聖裁】」
刹那、【聖杖】の羽が大気を打ち、光の奔流が杖の先から波のように解き放たれる。その輝きは壁を透過し、建物全体を聖なる浄化の波で包み込んだ。
そして、
「グ”ア”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ッ”ぁ”ぁ”」
隣室から響いたのは、断末魔とも叫びともつかぬ、男の咆哮だった。
「ルナ、さっさと終わらせるぞ!」
そう言って、ルーグナーは扉に向かって走り出そうとした、その時。ルナの両手にはすでに【神祝】の一つ、【龍手】が宿っていた。
「分かってるわよ!!【起動:龍手】!!!」
「お前、何をする気────」
突然壁に向かって走り出したルナをルーグナーが止めるよりも早く、ルナは拳を構える。何をするのか、この場のローラ以外は理解できなかった。
「壁をぶち抜いたほうが早い!」
あまりにも無謀。常識外れ。だが——それこそが、この局面における最適解だった。
【聖裁】は、悪魔の内側からその存在を攻撃する神聖魔法。反動と再詠唱の間隔は長いが、一撃必殺の力を持つ。
先程聞こえてきた叫び声は隣の部屋だった。つまり、人質が悪魔の契約者側にいるこの状況では、悠長に構えていられない。
ルナは迷わなかった。
拳を振り上げ、壁を破壊する。
轟音とともに崩れ落ちる壁。その近くに避難民がいなかったのは、幸運としか言いようがなかった。彼らは部屋の中央に固まっていたのだ。
ルナの視界に映るのは、地に伏し苦悶する一人の老人。彼こそが、悪魔の契約者に他ならない。
つまり、そう。誰が何と言おうと、ルナのこの"とんでもない"行動こそが、最も合理的で、最速の解だったのだ。
「マジかよ、お前……」
「驚愕です、ルナ」
「あら。私に似たのね」
三者三様の反応。しかし、全員がすぐにルナの意図を察し、隣室へと駆け出す。
その間にルナは、老人に一気に駆け寄り、その体を軽々と持ち上げて、
「そこから離れなさいッ!!」
怒声とともに、拳一閃。老人の身体が宙を舞い、ルナ達が元いた部屋へと吹き飛ばされた。
「グァッ! まさか、見破られちまうとはな……だが────」
呻きながら、老人は指を鳴らす。その瞬間、老人体から黒い霧が噴き出し、部屋中を包み込む。
────その瞬間、部屋にいた私達の視界が奪われた。
クソッ、一撃で決めきれなかった……。この霧……間違いない、街を覆っていたものと同じ。眠りを誘う瘴気だ。
しかし、それの対策は済んでいる。
【神聖力】や魔力があれば抵抗力が高まることが分かっているので、インペルにはルーグナーが何かを渡していたし、ママも自身の神聖力と魔力で対処可能。
ならば、今、最も邪魔なのは────視界を奪っているこの霧そのもの。
(いいわ、ここで【解放】を使う! あれなら────)
「【解────、グホッッ!!」
【聖杖】を構えた瞬間、心臓を鷲掴みにされたような激痛がルナを襲う。膝をつき、魔法詠唱が中断された。
────作戦は失敗した。
そして攻守はが入れ替わる。
【聖裁】のダメージが引き、視界を制する霧の中で、老人はその位置を把握していた。霧の中を音もなく進み、ルナの至近距離へと迫る。
「俺もなぁ、それなりに頭は切れるほうでね」
声の出所が掴めない。ルナは霧の中、必死に耳をすませる。
────次の瞬間、背後。囁きのような声が耳を打つ。
「広範囲魔法は、燃費が悪ぃんだよ。覚えときな、嬢ちゃん」
燃費?そんなの知るかっての!だって今まさに使えたとこ────しまっ、近すぎるッ!
気づいたときにはもう遅かった。霧を裂いて現れた男の蹴りを視界が捉えたが、防御には一拍足りなかった。
「くっ……!」
【龍手】で咄嗟にガードを試みるも、勢いは殺しきれず、ルナの側頭部に男の蹴りが炸裂した。
脳内に衝撃が波紋のように広がる。痛み、眩暈、吐き気、そして視界が回転するような浮遊感。
「オェ……最悪。まるで二日酔いじゃない……」
地面に片膝をつき、呼吸を整えようとするが、意識がぶれて定まらない。
今の一撃は……正直、食らっちゃダメなやつだった。だが、ギリギリ致命傷は避けられた。そう考えるしかないわね。
問題なのは────戦いがまだ終わっていないということ。
頭に直撃を受けたことで、軽い脳震盪を起こしたルナは、戦力として計算できる状態ではなかった。
しかし、老人は五体満足な状態で戦力に差がありすぎる。
「ルナ!無事かッ!」
霧の中から伸びた手が、ルナの腕を掴んで引き寄せる。その先にいたのは、ルーグナー。
「重めの一撃、喰らったけど……大丈夫。いちおう、戦える、から……」
ルナは必死に口を動かすが、声が途切れ、足元にも力が入っていない。どう見ても無理しているのは明らかだった。
だが、ルーグナーたちも万全とは言えない。諸事情で力を使えないルーグナー。戦闘経験が乏しいインペル。戦線を離脱したローラ。
かつては戦乙女と呼ばれたローラですら、全盛期とはほど遠い。老人と互角の戦いを繰り広げるのは厳しかった。
この局面、勝つためにはルナが再び立ち上がる他なかった。
「無茶するな、って言いたいけど……お前しかいない。だから、まずは回復を優先しろ。【聖杖】ならそれができる」
「ほんと、便利な杖ね。……【聖なる祝福】」
ルナが祈るように呟くと同時に、【聖杖】が反応した。まるで意思を持つように、光が零れ、彼女の全身を包み込む。
眩暈が止まり、視界が澄み、鼓動が整っていく。いや、それ以上だ。体が生まれ変わったように軽い。
体は完全回復。そして、限界突破ってところかしらね。
「霧は俺が処理する。タイミングはお前に任せる。それと──【老人】、頼んだ」
「ふふ……レディに任せるとか、ほんと無神経。でも、嫌いじゃないわよ、そういうの」
だが次の瞬間、異変が起きた。
【聖杖】の羽が縮んでいく。光も、勢いを失っていく。そして、掌に収まるほどにまで小さくなった。
「……神聖力を使い切ったってワケね。ま、仕方ないわ」
とはいえ、ルナの瞳には炎が宿っていた。力を失った代わりに、覚悟を手にしたのだ。
「こちとら嬢ちゃんなんて呼ばれる年じゃないの。こっちは本気なんだから、覚悟しなさいよ……クソジジイ」
霧の奥へと鋭く言葉を投げかける。相手の姿は見えない。だが、ルナには考えがあった。
油断している瞬間に────叩き込む。
切り札はある。だが、それを使うには“隙”が必要だ。
ならば、まずはそのチャンスを“作る”。
(さて……向こうは、どう動く?)
戦いの幕が、静かに、そして確実に再び開かれようとしていた。
【神器と神祝の違い】
神器と神祝ですが、圧倒的に格が違います。神器>神祝です。
作中の言葉を交えながら詳しく話すと、
神器:神が使っていた武器。性能は神祝に比べて頭一つ抜けている。世界中で発見されているのは殆ど存在せず、国宝クラスの代物。
神祝:神が創り出した武器。神器に比べて劣るものの、通常の武器とは明らかに違う次元の性能を持つ。
なお、私の書いている別シリーズと関連性が高いです。
【聖杖について】
実は、ルナに渡った聖杖は本物です。あんなに変形する機能を持っていて、規格外の力も持っているレプリカなんて作れません。
それと、三章の五話付近を見返してみると、教会でもトップクラスの実力を持っているニコラスが神聖魔法を使っている描写がありますが、それに比べても規格外の力をルナは見せつけています。聖杖の力がそれほどまでに強いということもありますが、ルナが本来持っている力も全力で引き出してくれているので、聖杖なしでもルナの力は強いです。それこそ、ルナ単体で上位の悪魔に勝てるレベル。でも、ルナの力はまだ眠っています。起きるのはもうちょい先です。
なお、聖杖はニコラスでも使えません。あれは聖女だけが使えます。つまり、逆説的に言えばルナは聖女です。(作中で一応言及していた……はず)
【どうやって聖杖を借りてきたのか】
まず、何故国ではなく教会が凄まじい力を持つ聖杖を管理しているのかというと、大昔に突如現れた大きなゲートから大量の悪魔がこの世界に現れ、いろいろな国や街を破壊したところまで遡ります。それは古の時代、龍王国が作られるよりもずっと昔のことです。
遠い昔に破壊された国に住んでいたのは人間だけではなく、獣人やエルフ、龍、精霊など、様々な種族が含まれていました。その中でも、高い戦闘能力や魔法適性を持った龍は悪魔を追い返し始めましたが、その時七大悪魔がこの地に降り立ち、多くの龍の命を奪いました。そして、龍の血を取り込んだ悪魔はますます力をつけていきます。
自然の具現化した存在である精霊は、魔法に対して龍以上に適正がありましたが、悪魔の卑劣な作戦によって力を失っていきました。
この頃はまだ神というものが信仰されておらず、悪魔に効果的な神聖魔法を誰も知らなかったため、魔法で戦っており、戦闘は厳しいものでした。
劣勢になった龍と精霊は共に力を合わせ、悪魔たちに抗いましたが、倒しても倒しても悪魔は現世と繋がっているゲートから次々現れます。
獣人はというと持ち前の身体能力の高さを活かしながら近接戦闘で悪魔と戦いますが、数の差に手も足も出ませんでした。
エルフは長い寿命の中で磨き上げた独自の魔法技術によって悪魔からの直接の被害は少なかったものの、内部に入り込んでいた間者の手によって、国が荒れてしまい、他の種族と手を組むことができませんでした。悪魔はエルフの持つ力を恐れていたため、策を講じ、戦いをせずに勝利したのです。
そして残るは人類です。悲しいことに、人は置かれている状況を正しく認識するまでに時間がかかりすぎました。過ちに気づいたときにはすでに、他の種族はほぼ壊滅状態にあり、助けを求められるような状況ではなかったのです。
こうして、絶望的な状況に陥った全ての種族は神に救いを求めました。世界が終焉を迎えると誰しもが思ったその時、空から二本の光が人の国に降り注ぎました。それに包まれたのは一人の男と一人の女でした。
彼らは後に勇者と聖女と呼ばれる存在です。
光りに包まれた彼らは神の祝福を受け、神器と呼ばれる武器を互いに手に入れます。勇者は【聖剣】を、聖女は【聖杖】を神から貰った二人は共に悪魔を祓う旅に出ました。
その中で、獣人やエルフ、龍、精霊と共に悪魔を祓う旅をすることになります。
長い年月の末、ようやく悪魔を破り、開いていたゲートを閉じた二人は世界の英雄となり、聖女と特に親しかった龍は彼女と共に国を作りました。それが今の龍王国ルガートができるまでの歴史です。
そしてもう一つ、人類が作った国があります。その国は獣人とエルフと仲の良かった勇者が共に手を取り合ってできた国です。
始めは仲の良かった王国と帝国ですが、世代が変わるごとにすれ違いが起こり、争うようになってしまい、こうして今に至ります。
詳しい歴史はこんな感じでして、話を聖杖を教会が持っている理由に戻します。
それについては、神器である聖杖はあくまでも神が聖女に遣わしたものであるためです。詳しく言うのならば、所有権は国でも教会でもなく聖女にあります。ですが、聖女がなくなった後に一時的に教会が預かっている形です。
そんなすごいものをどうやってルーグナーが借りてきたのかですが、ニコラスは教会の中でもトップに近い権力があるため、ルーグナーが彼に無理をさせて借りてさせてきたというのが真実です。
ちなみに、聖女を祀る会が転じて今の教会、ソルス教になっています。
【龍】
龍の血には不老不死とはいかないまでも、摂取すれば寿命を伸ばす効果と傷の治癒力が向上します。また、それを取り込むほど魔力が強化されていき、どんどん強くなります。
しかし、龍以外がその血を取り込むことは自殺行為に近く、体が適応できなければその場で死んでしまいます。もしも取り込めたとしてもほんの僅かな量ですら効果は十分にあります。
悪魔は龍の血に適応するのが簡単であったため、特に七大悪魔は多くの血を得ました。そして、七大悪魔達は誰一人倒されることはなく、勇者と聖女が迫ると妖界に逃げました。
ちなみに、龍の血に適合できなかったらその場で死ぬといいましたが、詳しく言うのならば、異形の存在になります。その人は死んでいて、意思は残っていませんので、死と同意義です。自我を失った存在は暴虐の限りを尽くすので、龍は自らの存在を過剰なまでに注意しています。
それと余談ですが、悪魔は”何故か”龍の死体を複数妖界に持ち帰っています。何に使うのでしょうね?(すっとぼけ)
【聖杖の羽】
羽の色が白だけじゃない理由ですが、あれはルナが持────内緒です。一つだけ言えるのは、デフォルトが白色ですが、黒くなりますよ、とだけ。
羽根の数────12枚ねぇ?




