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《三章 狂奏演舞》


「随分長いのね、この列車」


 一番後ろの車両から前の車両に移動していたルナは長いその道中で一人の男に出会った。


「おっと失礼。ミス.ルナ」


 正面から歩いてきた男が、私の横を通り過ぎる最中、耳元でそう聞こえた。振り返るとそこには、襟が長い服で口元を隠した男がいた。


「どこで私の名前を?」


 面識のない男に名前をどこで聞いたのか尋ね、答えを聞いた瞬間、私はすぐさま戦闘を覚悟した。


「君は表でも裏でも有名人だからね。それほどわざわざ聞くようなことじゃないだろう?」


 どうやら依頼がきたようだ。


 ただし、依頼者は私。


 内容は、悪魔祓い。


「でも、私のことを知っているなら、近づきすぎじゃないかしらッ!?」


 こいつの正体は分からない。だが、この男から漏れ出している異様な気配は悪魔のもの。つまり、私の敵だ。


 理屈でどうこう考えている暇はなく、相手に先手を取られないように私は地面を全力で蹴って近づく。


「君より()僕は強いから、問題はないよ」


 男が口元を隠している襟のボタンに手をかけ、それを外した。


「勝負あり!!」


 私より強い、だと?口を見せて何になるのかは知らないけど、その状態からできる攻撃は限られているし、まして、私がこの距離で攻撃を避けられない訳が無い。


 私は男に近づき、目の前まで迫った後、左足を軸にして右足で男に攻撃しようとした、その時だった。


「────美しくないね。【全休符(ガンツェ・パウゼ)】」


「何を────痛ッ!?」


 がら空きだった男の胴体を右足で蹴飛ばそうとした私の体は、男の言葉が聞こえたと同時に、まるで全身が石になったかのように動かなくなってしまう。そして、私の腹を目掛けて、男の蹴りが繰り出された。


「動けないレデイには手を貸すものってママに教わらなかったのかしら?」


「生憎、獣に交わす言葉は持ち合わせていないのでね。もしも淑女なら、大人しく負けてほしいのだけれども、どうかな?」


 私のことを獣と言ってきたこいつは、絶対にぶっ倒すと、そう決めた私。そして、目の前の相手に集中する。


 戦闘中に考慮するべきことは一つ。単純に動きが止まっただけなのでそこに関してはそういう物を使ったと割り切れば良い。ただ、問題なのは相手がまだ見せていない手札についてだ。


 この男の能力は動きを止める能力。これ以外に能力はないと考えたいが、私のことを知ったうえで狙っているようだし、油断はしないほうがいい。まだ能力を隠しており、仲間もどこかにいると仮定しながら戦ったほうがいいだろう。


 敵が複数いる可能性がある以上、()を呼ぶのは本当に危険な時にしないといけないわね。


 さて、物理攻撃はないと考えていいのだろうか。まず、契約している悪魔が分からない限りは、相手の手札を予想したところで答えはなく、新たな攻撃を意識していれば十分だろう。


 これからカルディア地方で戦うことが確定しているのだから、ある程度”神聖力”は残しておく必要がある。ただ、まだ今なら”神聖力”を使い果たしても、着くまでには全回復はできる。


 この戦いに時間はそれほどかけていられない。


「だから、最初から全力で────」


 私の奥の手、神祝【龍手(ドラゴン・フィスト)】で速攻でカタを付ける!


 私は服の内ポケットから、金属製のメリケンサックを取り出した。それは私の切り札であり、神の祝福を得た、【神祝】と呼ばれる特別なものだ。


 今まで悪魔と戦ったときに何度も力になってくれた【龍手(それ)】にまた頼ろうとしたが、男は私がそれを手にはめる前に動いた。


「【mf(メゾフォルテ)】」


 突如、私の右手の内部に雷に打たれたかのような衝撃が奔る。その手には、取り出していた【龍手】があったが、内部の衝撃によって後ろの方に飛んでいってしまった。


「チッ」


 今のは遠隔攻撃か?しかも、内部から痛みがあった。多分、ガード不可能?


 てか、【龍手(あれ)】がないと悪魔の力に対抗できないってのに、どうすればいいっていうのよ!?


 いや、待てよ。確かルーグナーから貰っていた()()を持っていなかったかしら?


 何かを思い出した私が服の外ポケットに手を突っ込むと、目当てのものがあった。


「君の戦いは美しくない。だから、このまま負けてくれ」


 私が()()を取り出すのと同時に、男はそう言った。


「【♭♭(ダブルフラット)】【ff(フォルテシモ)】」


 また攻撃が来る。そう確信するとともに、取り出した何かを使用する。


 連続で何かしてきたのは分かったし、多分あいつの契約している悪魔が何なのかも分かった気がする。最初、私はあいつの能力が動きを止めるものだと思ったが、実際には能力の一端であり、それを隠していたのだ。


 あいつがさっきから言っているのは全て、音楽記号に関連している。つまり、”音楽”に関連する悪魔。


 そして、【♭♭】が意味するのは”全音下げる”こと、【ff】は”とても強く”を意味する。強弱記号は内部攻撃だろうが、音程記号の方は予想がつかない。どうせ、相手が私に悪魔の力を使っただけ。


 そしてその力は、私のポケットに入っているもので対処できるだろう。

 

「【龍手】のない今のお前に、これは防げない」

 

「さて、どうかしらッ!」


 そう言って取り出したのは、金属でできた長方形のなにか。その側面には薄い一本の線が走っており、私が上部に親指を掛けてスライドすると、綺麗な金属音が車内に響いた。


「【点火(イグニスト)】」


 上部にある金属ヤスリと発火石を親指で勢いよくすり合わせ、点火器(ライター)に炎を灯すと、自身の周囲に薄い光の円ができたことにルナは気づいた。


 この点火器の能力は、害あるものを弾く能力。悪魔の攻撃は見えないようだが、確かにそこに存在する。だから、これで防ぐことは可能だろう。


 少し経っても、今度は体のどこにも痛みはなかった。どうやら予想通り、防げていた。


 流石ルーグナー、あいつ結構良い物渡してくれてたわね。まぁ、もっと早く持ってることに気づいておけば楽だった場面もあった気がするけど、別にいいわ。


「……何だと!?」


「あれ?防がれたのが随分意外みたいね。でも、ちょっと油断しすぎよ!」


「所詮は汚れた人の身、美しい私に勝てるわけがない」


 男はそう言って、右腕を前に出し、指を鳴らそうとする。


「【召喚(サモン):悪魔────」


 させないわよ。こうなったら、あいつを使おう。


()()()、殺り────」


 私が彼の名前を読んだと同時に、男の背後から殺気が放たれた。それは彼を知っている私であっても、一瞬たじろいだが、彼の狙いはもちろん私ではない。


 突然現れた殺気に、流石の男も背後を確認せざるを得ない。


 ────その時、予期せぬ人物が車内に飛び込んできた。そして、鳴らそうとした指をその腕ごと短刀で叩き切った。


「────殺気の正体はお前ッ……じゃないか」


 悪魔の契約者を攻撃した男の正体は、ルーグナーだった。その額には、僅かに汗をかいており、呼吸も乱れている。


 ***


 ルナの帰りが遅いことを心配したルーグナーは、先頭の販売車両へ向かっている途中に悪魔の気配を感じ、不審がって急いで向かうと、突然の殺気を浴びた。


 それが誰から誰に向けられたものか分からなかったが、それでも異常事態と認識したルーグナーは全速力でその発信源に向かった。


 そして、今にも妖界(イーオン)を形成しようとする謎の男と、ルナが見えた。


 ルーグナーは迷わずに教会から借りた銀のナイフを腰から取ると、すぐに構えて男の腕を斬り落としたのだった。


 ***


 一人でよくここまで耐えたな。それに今の殺気は何だ?対象は俺じゃなかったが、確実に殺すという意思を感じた。だが、ルナがそれに驚いていないところを見るに、殺気を出した奴を知ってるのか?


 ルーグナーは戦闘中、考え事をしていた。敵の腕を奪り、もう攻撃などできるわけがないと思っていた、思ってしまっていたから。


「ねぇ!!!!ルーグナー!!!」


「何だ……はッ!?」


 斬ったはずの男の手から、黒い液体が溢れ出したかと思うと、それは徐々にかさを増し、男の体を包み込むと、やがて斬られたはずの腕が再生した。 


「【召喚(サモン)悪魔融合(デビルクロス)】」


 指がこすり合う音が車内に響いた。そして、男の体に纏っていた黒くへばりつく何かが車内に広がり、四方八方を包み込んだ 。


 点火器の炎が大きく揺れ、自分たちの周囲を囲うようにして展開されていた光の円が、深淵の中でまばゆい光を一度放ち、そして消えた。


 開放された悪魔の力を前に、点火器には大きなヒビがいくつも入り、そして崩れて光が消えたのだ。


 視界が完全な闇に包まれた後、今度は頭上から所々点いている照明が私を照らした。


 そこは広い劇場の中だった。そして、何やら()()()()が会場内に広がっていた。隣にはルーグナーがいる 。そして、よく目を凝らして見てみると劇場の正面、大舞台の真ん中にフードで顔を隠した悪魔がいた。


「すまん。今のは俺のミスだ。俺がもっと早く殺しておけば」


「殺せないくせに何言ってんのよ。でも、ルーグナーがぼーっとしてミスするなんて珍しいわね」


「説教は後で聞く。今はあいつの特徴について聞かせろ」


「あんた悪魔に詳しいんだから、それぐらい知ってるんじゃないの?」


 今まで、ほぼ全ての依頼で戦った悪魔について説明をしてくれていたルーグナーが、私にわざわざ特徴を聞いてきたことを指摘した。


 そう言えば、何でルーグナーは悪魔の知識に富んでいるのかしら?前に本屋で探してみたけど、悪魔に関連するものは殆どなかったし、あったとしても詳しい話はなく、はるか昔の大戦の話だけが載っていた。


 もしかして、王都の図書館ならあるのかしら?でも、あそこに入るのって確か色々と手続きを踏まなくちゃいけないのよね。それに、ある程度権力がないと無理だったような気が。ルーグナーって、やっぱりどっかの貴族と関わりがあるかもしれないわね?


「本で読んだ知識と、実践で得た知識は全くの別物だろう?それにあいつがいつ動くか分からないんだ。さっさと聞かせろ」


「はいはい。んで、戦った感想は三つ。一つは、【休符】について。それを食らうと、動けなくなるんだけど、どうやら同時に他の技とは併用できなさそう。理由なんだけど────」


「────いい。お前がそう感じたのなら、俺はそう思って戦うだけだからな」


「責任重大じゃないのよ、私!!まぁ、いいけどね。そして、二つ目は、技の複数発動。条件は全部わからないけど、連続できたら捌けないような技が来る可能性があるから気を付けて。そして最後は、攻撃の防御ができること。多分”神聖力”か”魔力”があればいけるんじゃない?で、作戦はあるの?」


「ない。だが、まだ悪魔(あいつ)が動いていないうちに攻めるのが最適解。サポートを頼む」


 悪魔が動く前ならば、体力を消耗せずに倒せると考えたルーグナー。走り出そうとしたその時、悪魔の右腕が動いた。何か短い棒を上に掲げているかのような姿、それはゆっくりと下へ動かされた。


 そして、ルナはルーグナーに叫んだ。


「ルーグナーだめ!!動くな!!!」


 【妖界】に入ってからずっと聞こえている小さな音。一向に動こうとしない悪魔。そして、悪魔の腕が動いたと同時に、ルーグナーの服の上に突然現れた複数の細い線。


 違和感はあったのだ。


 そして、ただ自覚していなかっただけなのだ。


 自分たちが今、悪魔が作った世界にいるということを。


 次の瞬間、ルーグナーの服に平行に伸びていた五本の線が赤く染まった。


 ルーグナーの異常事態を察知したルナが心配の声をかけようとするが、それを止める。


「俺のことは良いから、これを使え!!」


 何かを投げ渡された私。手の中には、腕の半分ほどの長さの、小さな杖があった。全体的に金色が多く、どこか神々しいそれは、特にどう使うかは分からない。


「急に言われても、使い方なんて分からないわよ!!」


「【解放(リリース)】だ!さっさと言え!!!」


 なにそれ。言葉に反応するような機械には見えないんだけど?


「チッ!意味分かんないけど、やってやるわよ!!【解放(リリース)】」


 すると、小さかった杖が大きくなり、その先端から光を放つ。薄い光源しかなかった暗い劇場の中をその光が照らし、悪魔もろとも会場を包みこんだ。聖なる輝きによって、全ての照明が回復し、闇はほとんど消え失せる。


 だがそれは、攻撃ではなかった。単純に、封印されていた物が解き放たれた時に生じた力の波動。その余波が、悪魔に、悪魔が作った【妖界(イーオン)】に多大なる影響を及ぼしただけなのだ。


 明かりが点いたことで、朧げだった悪魔の姿が鮮明になった。


 フードで顔を覆うようにして立っている悪魔。その右手は震えていた。


 それは、曲の演奏を止められた怒り故なのか。はたまた、今の攻撃で死ななかったルーグナーへの怒り故なのか。それとも、今の光で悪魔の左腕を()()()()()(ルナ)への怒り故なのか。


 答えは悪魔だけが知っていた。


 それについて考えるのは無駄である。


「【|繝?繝悶Ν繝輔Λ繝?ヨ《ダブルフラット》】【繝悶Ξ繧ケ繝(ブレスト)】【|繝輔か繝ォ繝?ャ繧キフォルテッシモ】【繧「繧ッ繧サ繝ウ繝(アクセント)】」


 【全音下げる】、【急速に】、【とても強く】、【目立たせて】。言葉は分からなかったが、悪魔が叫んでいる内容は何故か頭の中で理解できていた。そして、それが私にとって対処するのが容易であることも分かっていた。


 手の中にある【神器】。それから溢れ出てくる力は、私の持つ【龍手】よりも、どこか強く、大きく、そして暖かく感じた。


 (ルナ)神聖魔法(それ)を知らない。でも、(XX)神聖魔法(それ)を知っている。


 だから、”私”は世界に祈った。


「【聖域(サンクチュアリ)】」


 その言葉は正確に世界に認識された。そして、さっき以上の光が、杖から溢れ出す。徐々に周囲にまで私の暖かさは広がり、物質化した光が劇場の中を埋め尽くす。


 そこに、【旋律】の入る隙などなかった。


 ルーグナーは造作もなく、光の隙間を縫って悪魔に近づいていく。その一方、悪魔は腕を振るいながら何かを叫び、また旋律を作り出しているが、その全てが光によって瞬時に分解される。そして、光に隠れるようにして迫るルーグナーの姿を捉えられていないようだった。


 さっきの動きは指揮者を真似たものだったのだろう。歌の悪魔だからこそ、攻撃もそれに関連したもの。であるならば、ステージの中心で腕を振るう人物は、指揮者以外に当てはまらないのだ。


 繰り返すようだが、これを考えるのは無意味だ。


「攻撃の正体は【旋律】かしらね?まぁ、今となっては分かったところで、意味ないんだけど。だって、────」


 重ねて言おう。今、悪魔について考えることに意味はない。


 何故かって?


 簡単だ。


「────全てがもう終わっているのだから」


 一瞬の間に、悪魔の目と鼻の先まで近づいたルーグナー。彼の手元には光を反射して銀色に輝くナイフがあった。


 刃が突き立てられる寸前、悪魔のフードが崩れ、列車の中で見た男の顔が現れた。


「【|全休────」


「────遅い」


 ルーグナーは悪魔の心臓に銀のナイフを刺した。そして、周囲に漂っていた光が、一斉に悪魔に迫った。


 光は、ルナの持つ神聖力が実体化したものである。なお、その神聖力は悪魔にとって致命的な弱点であり、既に勝敗は決した。


 【妖界(イーオン)】は、悪魔の敗北と同時に崩壊した。

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