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《三章 茶会での一幕》

 広場で意識を失ったルナは何処か別の場所のベッドの上で目を覚ました。


「これは一体どうしたものかしらね……」


 辺りを見回してそう呟く私。目が覚めるとどこか暗い建物、その檻の中に囚われていた。手にはさっきの手錠によって動きを封じられており、体にあまり力も入らない。それに、よく見てみると自分の右足に足枷がついているのに気づいた。長さはこの檻の中なら不自由がないくらいの長さで、自分が囚われの身であることを強く感じさせられる。


 そして私が情報を整理していると足音が聞こえてきた。その方向に視線を向けるとまたあの男、ノックスが佇んでいた。


「起きていたのか。どうだいこの部屋、それなりに不自由はしないようにはしたつもりなんだけどね」


 ノックスはルナに話しかけた。


「あら、だったらもう少しプライベートの空間がほしいわ?これじゃあ檻の隙間から見られてしまうもの」


 乙女はプライバシーにうるさいのよ?こんな場所で暮らすなんて絶対に嫌だ。


「相変わらずの減らず口だこと。まぁいいさ、出てこい」


「あら、出ても良いのかしら?また攻撃してくるかもしれないわよ?」


 私の挑発にノックスが少し静かになった。そして、檻の扉に近づいて鍵を解錠しノックスは何も言わずに中に入ってくる。何がしたいんだ、こいつ。よくわからないが、とりあえず相手が近づいてきてくれたんだ。チャンスであるのは間違いない。


 またさっきのように力が入らず、攻撃ができないとでも思っているのかもしれないが、男の弱点を蹴り飛ばすなりするのにそこまでの力はいらないだろう。


 ベッドに腰掛けている私に少しずつ近づいてくるノックス。立ち上がる力はないため、ただ向こうが間合いに入るのを待つ私。一歩、また一歩と距離は縮まり、そしてあと一歩で攻撃できるところにノックスが来たかと思うと、


「……【何もせずについてこい】」


 ノックスがそう呟いた。そして私の体は意思とは無関係に立ち上がる。そんな馬鹿な、あいつの()()には答えていない。さっき目が覚めてからポケットに入れてあった神祝がないことは把握していたため、ノックスの問いかけには最大限の警戒をしていた。ならどうしてまたあのときのように心臓に生暖かい感覚がして、頭が働かないのだ。


「何で、私に、効く?」


 指一本動かさずに立っている私をよそに、ノックスは「馴染んできたのさ。悪魔の力が」と言いながら足枷を外す。

 

「さて、そろそろ実験の時間だ」


 そう言って牢屋をあとにするノックスの後を私の体はついていくのだった。


 ***


 めんどくさぁ〜。


 私は心の中でため息をついた。


 さっき牢屋から出るときと同じく体は動かせないものの、私はどこかの一室で血液を取られていた。周りには白い白衣を着た研究者らしき人物たちが私から採取した血液を頑丈そうなケースに仕舞っているようだが、顔を動かせないため、何をしたいのか詳しくは分からない。


「ねぇ、いつになったら終わるのかしら?」


「今日のところはもう終わりかな」


 終わりの見えない採血にしびれを切らした私はどこまで続けるのかと聞いたが、ノックスはもう終わりだと言って器具を外しだす。手錠と催眠で慢心しているのか、肘掛けのある木製の椅子にただ座らされている私になんの警戒もなく近くにいるノックス。まぁ、まじで体が動かせないから慢心も何も無いか。せめて神祝さえあればなんとかなると思うんだけど……


 ルナは淡い希望を心に浮かべる。実際、動きと力の他に【神聖力】【魔力】を手錠によって封じられているルナであるが、神の代物である神祝が戻ったのならば、封印など出来ないほどの【神聖力】を得ることができる。そうなれば悪魔の力を退けられるほか、手錠も無力化し破壊できるだろう。


 もしくは、力を封じている手錠を破壊することができれば悪魔の力を退けることができる。だが現状として神祝はルナの手にはなく、手錠を壊す手段もない。


「今君、これのこと考えてた?」


 器具を片付け終わったノックスは、自分の服のポケットに手を入れて何かを取り出すと、私の前でそれを見せびらかした。


「それは!!!」


「前君が言ってたけど、これって確か”神祝”だったっけ?まぁどうでもいいや。とりあえず、前回君にこれを使われて恐ろしい目にあったし怖かったんだよ。それと、悪魔の力に対抗するのにどうやらこれがいるみたいだね?所持していればいいみたいだけど、こうなったらどうしようもないでしょ?」


 くそッ!!最悪だこいつ!?取られてたのは分かってたけど、見せびらかしてくるのは聞いてない。あ〜〜〜〜〜うざい、こいつ。なんとか動けないかとさっきから試してるけどほんとに動かないわね、これ。


「レディの荷物を漁るのは失礼よ?」


 ノックスったら常識を知らないのかしら?


「確かにそうだ。()()、気をつけるよ」


「そう、楽しみにしてるわ」


 次があるのなら、でしょうけどね。ほんとに嫌味ったらしいわ、こいつぅ。あぁ、一瞬でも神祝が手に入れば全部解決できるのに。


 私は心の中で嘆く。


「さて、遊びはここらにして、そろそろ戻ろ────」


 私を元の牢屋に戻そうと、見せびらかしていた神祝を仕舞おうとした次の瞬間、頭上から凄まじい爆発音が響いた。その音に驚いたノックスはそちらの方向に勢いよく上に顔を向け、神祝を手から()()()()()()しまった。そしてそれが私の手の上に乗った。神祝から私に流れる【神聖力】を使い、手錠を無効化することに成功する。


 まぁ、流石の私も手錠を壊すだけの馬鹿力はないため、まだ手の自由は戻ってきていない。だがそれでも、悪魔の力で縛られていないため、わずかながらに手を動かせはする。


 私は神祝(それ)を素早く両手にはめたが、ノックスが神祝を奪われたことに気づかいてしまった。


「【う────」


「【起動(アクティベート) 龍手(ドラゴン・フィスト)】」


 ”動くな”とノックスが命令を出すよりも早くルナは神祝を起動させる。そしてそれは素早く腕の侵食を始め、手錠を飲み込んだかと思うと破壊する。両手が自由になったルナは、まだ完璧に纏いきれていない神祝の拳のまま、ノックスの面に勢いよく叩き込んだ。


「口を開く間もないぐらい、叩き込んでやるよ!!!」 


 ルナの拳は一度で止まることなく、何十回とノックスの顔が変形するまで殴り続ける。その間、ずっとうめきながら口から血を吹き出していたノックスは最後の力を振り絞る。


「うっ、うごっ、【動くな】!!」


 ルナの攻撃を受ける中で、ノックスは悪魔の力を使いルナに命令を出した。だが、ルナには効果がなかった。神祝を持っているだけでルナには【神聖力】が流れている。そして、神祝(それ)の能力を開放したのならば、【神聖力】が更に溢れ出すのは当然のことであり、それを使って悪魔の力を退けることなど容易であった。


 能力が効かなかったノックスは「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなぁぁあああ!!!」と怒りをあらわにしているが、私には全く関係がない。


 連続して繰り出していた拳を止め、右手をより強く握り込んで力を込める。そして、全力を込めた最後の一撃をノックスの顔にぶち込んだ。悪魔の力に頼っていたノックスは防御もできずに攻撃を喰らい、宙を舞い、そして部屋の壁に勢いよく激突する。


「私の、勝ちよ!」


 私の言葉と同時に、壁に埋まっているノックスの体から力がガクッと抜けた。


 ────完璧に決着がついた。そう油断したルナの耳に風が小さな言葉を運んできた。


「【自害、しろ】」


 頭で言葉の意味を理解するよりも早く私の体はノックスのもとへ駆け出しており、意識を狩りに向かっていた。


 私に悪魔の力は効かな────


 そして頭の中で、神祝を持った自分には能力が聞くわけがないと思っていたルナの思考は途中で真っ黒に塗りつぶされていき、猛烈な睡魔に襲われる。


 ノックスは自分の魂を悪魔に捧げ、最後の抵抗をしたのだった。聖女であり、更には神祝を持っていたルナを退けるほどの力の命令(それ)により、自死を命じられたルナ。


 死にたくな……


 ノックスの命令に死の恐怖を感じる最中、ルナの意識は黒く塗りつぶされた。そして起動させている神祝の龍手で自らの心臓を貫こうとする。ルナは今まで龍手で人を傷つけた回数は数えられないが、鋭い爪で誰かの体を切り裂いたり、貫いたことはなかった。この神祝は使い手によって極めて効果的な殺人兵器になりうる潜在能力を秘めていた。命を落としたものがいなかったのは、単にルナがそのように使ってこなかっただけである。


 だからこそ、誰もルナを止める人がいないこの状況で、ルナの命を救う方法は何もなかった────はずだった。


 意識を完全に沈められたルナの肉体は抵抗できるはずもないというのに、心臓に迫る右手を左手でなんとか抑え始めたかと思うと、やがて右手の力は抜けて、腕はだらんと宙へ落ちる。


 そして、


「────人間(おまえら)は皆殺しだ」


 ルナの口からは考えられないような殺意に満ちた言葉が発された。


 次の瞬間、惨劇が一帯を支配する。


 ***


 爆発音がする少し前、突入準備が整ったルーグナー達()()は近くに人が住んでいない町外れの廃墟の入口、その近くの路地で突入準備をしていた。


「まさか、お前らまで集まるとはな」


 引き締まった体と白いローブを身につけ、腰に鎖のついた書物をつけたどこか神々しい男と、大型の剣を腰につけ、鎧を身にまといながらも下はどこかスカートのようにヒラヒラした物をまとっている女。どちらも顔は整っており、ルーグナーやアデルに引けを取らないほどである。


「我々の聖女が危険な目にあっているというのですから、当然です」


 こう話す男の名はニコラス・フォルトゥーム。アデルと同じように、とある事件をきっかけにルナと知り合った教会の最高戦力。ルナに対して好感を抱いており、インペルが教会に訪れたときに居合わせてすぐに加勢を申し出た。


「えぇ、私も友達が危ない目に合ってるのを見過ごしたりはしないわ」


 そしてもう一人加勢をしにきた女、アリス・フィーリア。ルガート王国の騎士団で一部隊の団長を務めており、その実力は折り紙付き。ニコラスと同じようにルナと知り合ったアリスだが、最近ルナの義理の兄の一人に恋をしている。


「今の俺だと権力がないから、人が増えるのは大歓迎だ。まぁ、四人(これ)で全員ってのは少し思うところはあるがな」 


「私と彼じゃ不満か?」


「そんなことはない。むしろここまでしてもらっていいのか不安になる」


「あくまで私達は私達個人としてルーグナー達の作戦に参加しているんだから、問題なんてないわよ。それに、もっと人を呼びたかったんだけど呼べなくて申し訳ないわ。ウチの部下達まで巻き込むのは忍びなくて」


「それはそうだ」


 俺はアリスと同意見だ。部隊をまとめる立場であるアリスが勝手に行動するなど、本来軍の規定に大きく反している行動だ。今回個人としてこの戦いに参加しているため、騎士団の武器や防具をもってくることはせず、自前の武器を持ってきてくれたソフィアには感謝している。同じように、教会の許可も得ずにここに来てくれたニコラスにも頭が上がらない。

 

「そろそろ話をさせてもらうぞ?」


 ニコラスとソフィアの二人に俺が話していると、ずっと話に参加できていなかったアデルが話を始めた。


「まず、インペルはどうした?」


 この場には、俺ルーグナーと、教会からニコラス。騎士団からソフィア。そして、アデルの四名。この場にインペルの姿はない。


「それなんだが、帰る途中でアイツが戦力になるような奴じゃないことに気づいて家に置いてきた」


 前に一度、インペルと二人で依頼を受けたときにアイツが思っていたよりも戦力にならず、それ以降は裏方をさせるようにしている。


「……言われてみればそうだな」


 アデルも俺の考えに同意する。


「だろ?だから、家で飯の準備をさせてる。んで、この戦いが終わったらみんなで食べようぜ?」


「いいですね。いただくとしましょう」


「私も食べようかな。たまには家庭料理を食べたいからね」


 俺の提案にニコラスとソフィアは賛成らしい。良かった良かった。何もお礼が出来ないんじゃ俺のポリシーに反する。お金で解決するのが一番なんだが、こいつらはこういうのじゃ金を受け取ってくれない。


「だってよ、アデル。お前はどうする?」


「……後で考える」


 アデルは少しの沈黙の後、そう答えた。今回こいつに助けられたことと、これから助けになることは間違いない。だから、俺もこいつに礼がしたいから誘ってみたが、てっきり断られるものだと思っていたので、アデルの反応は結構意外だった。


「そうか。じゃあ、さっさと終わらせよう。ソフィア、頼んだぞ」


 俺はソフィアに尋ねる。


「予定通りやっていいのよね?」


「あぁ、派手に頼むぞ?」


 ここは以前ウロボロスが引き起こした、悪魔の大量発生によって人がいなくなった街だ。ほとんど建物は壊れているが瓦礫などがまだ散乱しており、ここに人は誰も住んでいない。もしかしたら罪人や安定した職につけていない人の住処なのかもしれない。でも、今は関係ない。ルナを救うための手段はあまり選んでられない。


「任せといて。人がいないんだから、全力で活かせてもらう」


 ソフィアはそう言うと、腰に構えていた剣の柄に手をかけて集中する。ウロボロスも警戒はしているだろうが、まだこちらの情報は掴まれていない。先手を取れるこの千載一遇のチャンスを無駄にしないために、極めて迅速かつ豪快かつ繊細に魔法を纏わせた剣をふるった。


「【炎の斬撃ファイアー・スラッシュ】」


 大ぶりの薙ぎ払いは炎の輪郭を纏いながら太刀よりも何十倍もの範囲を斬り消し、瓦礫はすべて消えてまっさらな大地が目の前に広がる。そして、その一部にポッカリと穴が空いており、月明かりに照らされた階段が見えた。


「あそこが入口だな」


 ルーグナーはいち早くそれに気づき階段(それ)に向かっていたが、アデルが突如叫んだ。


「敵襲!高台!!8時の方向!!」


 ルーグナーはその言葉に瞬時に反応し、横に大きくとんだかと思うと遠くで火薬の爆発音がした。そして、元いた位置に何かが勢いよく飛んできて、避けたルーグナーの顔に掠る寸前に明後日の方向に飛んでいった。


「【聖なる障壁(ホーリー・バリア)】……ふぅ、危ないところでしたね」


 ニコラスが腰にかけていた書物を開き、神聖魔法を発動させた事でルーグナーに当たるところだった何かは大きく軌道をずらしたのだった。


「助かった、ニコラス。それと、どうやら敵のお出ましらしい」


 そう呟いたルーグナーの周囲、四人を取り囲むようにしてざっと百人ほどの集団がいた。一人ひとりが剣を手にしており、話し合いをしたい様子ではないのが読み取れる。


「作戦通りにいくぞ」


 アデルはそう言うと、武装した集団に一切することなく臆することなく突っ込んでいく。それにソフィアも続いた。ルーグナーは一瞬、人数差で苦戦を強いられると思ったが、それはすぐに間違っていたことを知る。


「ルーグナー!!道は開けたぞ!!」


 アデルの声とともに集団の一部が開き、その先にさっき開いた階段が見える。


「さっさとルナを救ってこい、ルーグナー!」


 そう叫んだソフィアは切り開かれた道の端で剣を交差し合っている。アデルも同じように両手に持ったナイフでなんとか道を保っていて、その状態を維持するのは限界のように見えた。


「足止めは任せたからな!!ニコラス、行くぞ!」


 俺はニコラスを連れて素早く階段に向かい、建物の地下へと侵入した。

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