第七話 気配
夢中で片づけをしていて、気が付くと、夜中の12時になっていた。慌ててパジャマに着替えて、洗面所に行った。そして、部屋に戻ろうとした時、何かの気配を感じた。その直後、足音とドアの閉まる音がした。下からではなく、確かにこの階だった。
(誰かいた?)
母だろうか、と思ったが、母は眠れるように薬を飲んでいるので、一旦眠ってしまえば、そう起きてくることはない。だとしたら、一体誰だろう。祖父母か、それとも……。
考えるだけ、怖くなっていった。
誰がいるというのだ。誰もいない。絶対気のせいだ。そう自分に言い聞かせながら部屋に戻ると、布団を被って目をぎゅっと閉じた。
朝日がカーテンの隙間から差し込んできて、目が覚めた。途端に、夜中のことを思い出して心臓が速く打ち始めたが、気分を変えようと窓を開けた。冷たい風が吹き込んできて、思わず身震いした。
壁の時計を見ると、まだ六時だったが、もう眠れそうもない。着替えをして、一階へおりて外へ出た。部屋の窓から見えていた、あの一際背の高い大きな木に呼ばれるように、そばへ行った。夕暮れ時、あんなに私を恐怖させたのにもかかわらず、こうしてその木に触れてみると、何だか安心した。はーっと大きく息を吐き出した。
と、その時、また何か気配を感じた。
(嘘だろう)
私には霊感というものがない。少なくとも今まではそうだった。それが、一体どうしたと言うのだろう。
木から手を離すと、恐る恐る木の後ろ側を見てみた。当然だが、誰もいない。周りを見回しても人気はない。
「戻ろう」
声に出して言って木に背中を向けると、小走りになりながら家に戻った。
玄関に入ると、母がそこに立っていた。白いネグリジェを着て、白い顔をしている。見慣れているはずなのに、今は何だか怖い。
「やっぱり薫だったんだ。窓から見えたから、あれ? って思って。あなた、学校行く以外で、こんなに早く起きないでしょう。だから、人違いかと思って」
母の何気ない言葉に、つい強い言い方で、
「私の他に、誰がいるって言うんだよ」
「そうよね。ごめんね」
母は、表情を変えずにそう言った。
私は何も返事をせずに、階段を駆け上がると部屋に戻った。「お邪魔します」と言うのを忘れてしまったが、今はそんなことを言う気分ではない。
窓から外を眺めるが、誰もいない。風の音以外、聞こえない。
(何なんだよ)
とんでもなく不安な新生活のスタートになった。
それから数日経ったが、不思議な現象はあれ以来何も起こっていない。やっぱり、本当に気のせいだったんだ。引っ越してきたばかりで疲れていて、変に神経が過敏になっていたのだろう、と思えるようになってきた。
そして、明日はとうとう高校の入学式だ。どんな人たちと出会えるのか楽しみで、胸がドキドキしていた。