第四話 よっちゃんの部屋
玄関の方に少し戻ったところに階段がある。慣れた様子で階段を上がっていく母について行く。二階に着くと、右に曲がって廊下を少し歩き、突き当りまで来た。母が、そこにある部屋を指差しながら言った。
「ここがあなたの部屋。昔、あなたの叔母さんのよっちゃんが使っていたの。私は、あっち」
階段をはさんで反対側のドアを指す。
「ちょっと、部屋に行ってくるわ」
母はそう言うと、自分の部屋に行ってしまった。私は、それを見届けてから、部屋のドアの前に立った。一瞬、懐かしい、という感情が沸き上がってきたが、すぐに消えてしまった。何だったのだろう。
叔母の部屋だったと聞かされたので、一応ドアをノックし、「お邪魔します」と言ってから中に入った。窓から日が差し込んでいて、そこからは庭が一望できた。正面に当たる場所に、大きな背の高い木があった。立派な枝ぶりで、堂々としている感じだ。後でそばに行ってみようかな、と思った。
部屋の中に目をやると、机とベッドと空っぽの本棚。そして、積み上げられた段ボール箱の山があった。それらを見てようやく、これからこの部屋で過ごすのだと少し実感できた。
段ボールの中を確認しながら物を出し、置くべき場所に置く作業をしていると、ドアに人の気配がした。振り返ると、母が部屋を覗いていた。
「薫。どう?」
「うん。いい部屋だね」
私がそう答えると、母は断りもなく中に入ってきて、
「懐かしいな。よっちゃんがいた時と同じ配置だ。よっちゃんと私はね、年は離れてたけどすごく仲が良かったの。でも、私が結婚してからは、ここに来ることがほとんどなかったから、薫、よっちゃんのこと、あんまり覚えてないわよね」
確かに、あまり記憶にない。幼稚園に通っている頃にここに来て、一緒に過ごしたような気はするが。
「よっちゃん、あなたのこと、何だかすごく好きだったみたいよ。『薫ちゃん、可愛い。一緒に遊ぼう』って、庭に連れ出して、あの大きな木に一緒に登ったり。あの子、活発だったわ。私は全然わからないけど、結構庭のこともしてたみたいだし」
とすると、あの庭は、よっちゃんの物、と言えなくもない物なのか、と思った。
母は、その頃を思い出したのか、いつもより楽しそうな様子で、少し頬が赤く見えた。が、それはすぐに消えて、いつものように真顔になってしまった。そして、憂鬱な感じの声で、「よっちゃん、ごめんね」と言った後、私には声を掛けずに、部屋を出て行った。
「え? 何なんだよ、急に」
母の行動に戸惑い、ついそんなことを呟いた。
母の妹の良子さんは、高校生の時に亡くなったそうだ。病気だったのか、何か他の理由なのかは知らない。まだ私は小学校に上がる前で小さかったし、そんな子供に説明はしなかった。ただ、亡くなったと聞いて、母とともにお葬式に出た。家の中は暗く、みんな泣いていたのを何となく記憶している。あれから、10年近く経つのか。
母は、よっちゃんと仲良しだったと言った。それなら、なんでさっき、あやまっていたのだろう。意味がわからなかった。
積みあがった段ボール箱の中の物を出しては、片付ける作業を再開した。決して広くないアパートでの二人暮らしだったが、意外と荷物があったことにびっくりした。だいぶ処分もしたが、捨てられない物や必要な物が今ここにあるわけだ。
(これからまた、物が増えていくのかな)
嬉しいような、少し不安なような気持ちになった。