第三話 洋館
祖父母の家は、モダンな洋風建築だ。庭も広く、いろんな木が生えている。今はまだ四月で寒いが、もっと暖かくなれば花もたくさん咲く。
ここへ最後に来たのが十年前で、小学校に上がる前だったから、かなり前の記憶ではあるが、今もたぶんそうだろう。誰が管理をしているのだろう、とふと思ったが、考えても仕方ないか、と思考するのをすぐにやめた。
門を開けて入り、玄関でベルを押すとドアが開けられた。あまり記憶にないが、祖母のようだ。
「寒かったでしょう。中に入りなさい」
背筋の伸びた、しゃんとした女性だ。母とはあまり似ていない。祖母に言葉を掛けられ、母はお辞儀をしてから、
「ただいま、母さん」
笑顔もなく言った。病気になってから、あまり笑わなくなった。心の病なんだから、それが当然なのかもしれないが。私も、母に倣ってお辞儀をした後、
「えっと、お邪魔します」
ついそう言うと、祖母が私の肩を軽く叩き、
「薫ちゃん。今日からは、ここがあなたの家なんだから、『ただいま』でいいのよ」
「あ、そうか。ここが、家なんだっけ」
今さらなことを口にした。まだ全然、実感が湧かない。が、「ただいま」と言い直してから上がった。廊下が長い。
今までほとんど母と二人で暮らしていた。父のことは何も知らないに等しい。母も、父について語らない。離婚なのか死別なのかすら、私は知らない。いないものはいないんだから、訊いても意味がない。そう思って生きてきた。これからもたぶん、同じだろう。
二人でのアパート暮らしに慣れていたので、この大きな洋風建築の家で暮らすのは、何だか不思議な気がする。
(これからどんな人生を送ることになるんだろう)
期待と不安がない交ぜになっていた。
廊下を少し歩いて左側の部屋に通された。玄関は寒かったが、ここはストーブの火が赤々と燃えていて、とても暖かい。体からようやく緊張が抜けて行った。
中に入ると、母は、「父さんは?」と祖母に訊いた。祖母は、母を見ながら、
「今、駅前に行ってるの。もう少ししたら帰ると思うけど。『桐江が帰って来るんだから、買って来なきゃな』って、何だか嬉しそうに出かけて行ったわよ。それはともかく、さあ、そこに掛けなさい」
祖母に言われた場所に座った。母も迷わず座った。きっと、昔自分が座っていた場所なんだろう。
母と祖母はいろいろと話していたが、私は手持無沙汰であちこち見回していた。見れば見るほど、今までいた所とは違う、と思わされた。
壁には、誰が描いたかわからないが、風景画が一枚掛けられている。下の方にサインが書かれているようだが、当然読めない。
珍しいのは間違いないが、しばらくすると、そうやっているのも少し飽きてきて、
「おばあちゃん。私の部屋を見てみたいんだけど」
思い切って声を掛けると、母が、
「あ、そうよね。じゃあ、ちょっと行ってくる」
祖母に言うと、椅子から立ち上がり私を促した。