王弟殿下の望んだ未来
王弟シリウスは玉座の間に呼び出され、兄であるチャールズと対面していた。
「シリウス、それ程までにわしが邪魔であったか? 王位が欲しかったか? それとも、第一王子を傀儡にして自身が思うがままにこの国を動かしたかったか?」
「そのような恐れ多い事を考えた事などございません」
「では、何がしたかったのだ? アイリーンはそなたの娘ではないのか? 孫を王位に授けようとしたのか? どうか正直に答えてくれシリウス」
マルス公爵家の当主は第一王子エリックに婚約破棄された娘のレベッカが、エリック殿下の傍にいた遊女アイリーンが王弟シリウス殿下に似ているという直感を信じて調査に乗り出した。
国王は弟であるシリウスの事を大事にしていた。冷遇した覚えはないが、第一王子と第二王子、国王と王弟では役割が違う。同じ王族ではあるが、第二王子として生まれたシリウスは常にスペアとして扱われていた。それが我慢ならなかった弟が王位を継ぎたいのだと真に願っているともっと早くに気付いていれば、国王は弟に王位を譲る手立てを探しただろう。だが、実際は第一王子が失態を犯すまで気付けなかった。
マルス公爵には王家が抱えている諜報部隊にも引けを取らない者達が仕えていた。その者達を使い、マルス公爵はアイリーンの母親を見つけ出し、彼女が王弟シリウス殿下と関りがあった事を証明する記録と遊女アイリーンがシリウスの子供であるという調査報告を公爵に提出した。その報告書の写しは公爵から国王に渡り、万が一に備えて王家でも調べたが結果は同じであった。
「陛下は弟である私の言う言葉よりも、マルス公爵を、そして平民が言った出まかせを信じたのですか?」
「わしはそなたを信じたかった。長らく子供が生まれなかったわしら夫婦を慮って結婚を避け、跡目争いが起こらぬように努めてくれたそなたを信じたかったのだ。だが、マルス公爵は探し出したアイリーンの母親と彼女を対面させた。母親と会えた彼女はようやく口を割ったそうだ。シリウス、お主に母親共々、身の安全を保障されたければ自分に従えと強要されていたと彼女達は訴えた。その上、アイリーン親子からはお主が長年アイリーン親子を匿っていたとお主の屋敷の者から話を聞いた」
「それはエリック殿下の寵愛を得られなかったレベッカ嬢、そして私と兄上を仲違いさせ、王家の力を削ぎたいマルス公爵家が企てた陰謀ではありませんか?」
「全てマルス公爵家が作り上げた偽の証拠だと言いたいのか?」
「そこまでは申しておりませんが、私は兄上を裏切るような事などしておりません。ですが、こう疑いを掛けられるような証拠を持って来られてしまっては致し方ありません。 大人しく裁きを待つ罪人として捕らわれましょう」
マルス公爵家の訴えにより、王弟シリウスは第一王子エリックにマルス公爵家の令嬢レベッカを婚約者の座から追い落とし、自身の娘であるアイリーンを第一王子に近付け、次世代の跡目争いの種を作ったとして国家反逆罪の罪を問われ投獄された。
第一王子は国王陛下が決めた婚約を勝手に破棄した罪と反逆者シリウスの策略に利用された者としてどこまで計画に加担していたのか厳しく取り調べられたが、叔父上が自分を罠に嵌めていたなど信じられないと、自らが都合の良い駒であったと認めたくない第一王子の取り調べは難航した。
同時に行われた王弟シリウスへの取り調べでも、彼の口から犯行を認める様な言質は取れず、苦悩した国王リチャードは何度も王弟シリウスが捕らえられている貴族用の牢まで足を運ぶようになった。
国王陛下と対面している時の王弟シリウスは穏やかに笑みを浮かべ続け、対する国王チャールズは悲しみに沈んでいた。
第一王子の子供を宿したアイリーンは子供が生まれるまで王家で保護、生まれた子供を王家に預ける事を条件に、その後はマルス公爵家の庇護下で母親と共に暮らす事となった。
なお、廃嫡されたエリックは、アイリーンと共にいる事を望んだ。
彼は最後まで叔父のシリウスが自身を破滅に追い込んだとは信じたくないと言い、また、アイリーンがシリウスに命じられて自身に近付いたと聞いた後も、彼女を愛しく思う気持ちを変えられなかったと訴え、アイリーンもエリックを射止める為だけに育てられた。
アイリーンの方は、最初は演技でもあったが、エリックから何度も愛していると訴えられていく内に情も沸いていた。マルス家と王家の監視付ではあるが、エリックはアイリーン達と一緒に王家の直轄領で終生監視付ではあるが慎ましやかに暮らす事を許された。
マルス公爵令嬢レベッカは、その後正式に第一王子と婚約をなかったものにして隣国に嫁いだ。
レベッカは婚約者である第一王子の攻略が無理だと悟った時点で密かに保険を掛けていたのである。第一王子を攻略して更生させる事は出来なかったが、自身が悪役令嬢として処刑や傷物令嬢として終生を修道院で過ごすような運命は無事回避し、隣国で心の通じ合わせる事が出来る相手に出会い、婚約を経て結婚して幸せにそして穏やかに暮らす未来を手に入れた。
第二王子エリオットは王太子として次期国王とされ、婚約者であったリリアと結婚した。
側妃から生まれた第二王子と伯爵令嬢のリリアでは次期国王の後ろ盾として弱い部分もあった為、マルス公爵家はリリアの妹を公爵令嬢レベッカの弟と婚約させる事で家同士の結び付けを強化した。
第二王子エリオットが王太子となり、その後何事もなく無事に結婚したリリアとの間に子供が生まれると、国中が喜びに沸いた。
第二王子エリオットとリリアの子供が産まれてから暫くすると、国王エドワードは王位から退いて、国をエリオット新国王に任せると彼は再び弟が捕らわれたままの牢へと足を運ぶようになった。
これまで長い時間が取れなかったが、これからは好きなだけ黙秘を続ける弟と向き合える。
エドワードがそう牢の前で言うと、シリウスは嬉しげに笑いながらも、悲しそうに顔を歪めてエドワードに告げた。
「どれだけ長い時間語り合おうと、兄上には私の気持ちなど、生涯分かる事などないでしょう」
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