別キャラに攻略されていた第一王子の婚約破棄
長らく子宝に恵まれなかった国王夫妻は遅くに出来た第一王子エリックを大層可愛がって育てた。
甘やかされて育ったエリックは我儘で傍若無人に育ち、父親である国王陛下に決められた婚約者である公爵令嬢であるレベッカを蔑ろにし、自身が気に入った令嬢に手を出すようになった。
第一王子であるエリックは国王陛下や王妃に次ぐ権力者である。そんな身分の高い者に声を掛けられ、断る事が出来るような豪胆な令嬢はいなかった。
婚約者がいようがエリックはお構いなしであった為、傷物にされた令嬢は泣く泣く婚約者と別れ、正妃は無理でも側妃として召し上げられる覚悟を決めるのであったが、エリックは飽きっぽく、お手付きになった令嬢が正式に王家から側妃にと打診される事はなかった。
悪戯に娘を傷付けられた臣下の怒りは凄まじかったが、表立って第一王子や国王陛下を非難すれば謀反の疑いを掛けられ逆賊として罰せられかもしれないと恐れるあまり口を紡ぐしかなかった。
身分の低い貴族達は、年頃の娘には第一王子と二人っきりになるような事は極力避けるようにと口を酸っぱくさせて言い聞かせ、被害者が増えるにつれ国王夫妻の耳にもエリックの悪行が届くようになると、彼の側には護衛という名の監視が増やされた。
また、エリックの婚約者である公爵令嬢も、被害に遭いそうになった令嬢がいると間に入って令嬢を逃がしてやる事でこれ以上の被害者が増えるのを防ぐようになった。
エリックは次第に王宮で開かれるようなパーティでは好き勝手出来なくなり、不満を募らせた彼はお忍びで城外に出向き、貴族の令嬢だけでなく平民の娘とも遊ぶようになった。
とはいえ、第一王子が闇雲に城下に向かったとしても貴族の令嬢達のように生まれた時から日に焼けないようにしている肌を更に侍女達によって磨き上げられ、髪も幼少期から長く伸ばし、どんな流行の髪型が流行っても結えるように整えられた艶やかな髪や煌びやかな衣装を身に纏った美女達を見慣れていたエリックのお眼鏡に叶うような女など、平民の中にそう簡単に見つかるはずもない。
しかし、色狂いの第一王子を満足させなければ癇癪を起されると思った側近は、彼を貴族がこっそりと通う遊館へと案内した。
その遊館は貴族ご用達という事もあり、高い教養を積んだ見目麗しい美女達が揃っていた。
見た目は貴族の令嬢達と比べても劣らず、寧ろ露出度の高い衣装や濃い化粧を施した婀娜っぽい美女達を前に、清楚とした貴族の令嬢達に飽きていたエリックは相好を崩して夢中になった。
これで問題は解決したかに思われたが、なんとエリックは気に入った遊女を若い貴族を呼んで開催したパーティに連れ込み自身に侍らせながら、婚約者である公爵令嬢を大声で呼び付け婚約破棄を大勢の貴族達の前で宣言した。
「レベッカ・マルス公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」
第一王子エリックの非道な行いがこれ以上広がらないよう尽力していた側近は顔を青くし、色狂いの第一王子の婚約者として散々迷惑を掛けられていた婚約者であるレベッカは、とうとう堪忍袋の緒を切ってしまった。
彼女はこの展開を知っていた。
前世で散々やり込んだ乙女ゲームの記憶を持ってこの世界に転生した彼女は、ゲームの世界では悪役令嬢のポジションだったレベッカ・マルス公爵令嬢に生まれ変わっていると気付いてから、第一王子に婚約破棄される運命から逃れようと必死に足掻いた。
可能なら第一王子を更生させ、友好的な関係を築きたかったが、レベッカがどう頑張っても第一王子エリックの好感度は上らなかった。
けれど、婚約破棄をしたら大変な目に遭うのは傷物扱いされる自分だけではない。ゲームでは身分違いの恋でもハッピーエンドになったが、レベッカは今自分が生きている世界がゲームのように甘っちょろい世界ではないのではないかと危惧していた。
だから第一王子エリックもただでは済まないだろう。国王陛下が決めた公爵家との契約を勝手に破棄するような事は、例え王子であろうと許されない。他国にこの国の王家すら契約を守る事が出来ない国だと侮られる愚行を王族が犯す罪は重い。
廃嫡や処刑もありうる。
レベッカは自身の選んだ選択で誰かが死ぬのが怖かった。
第一王子エリックは今でこそ女狂いの愚か者だと陰口を叩かれているが、幼い頃は国王陛下である父や王妃である母と中々会う事が出来なくてふてくされている寂しがり屋な少年だった。
レベッカは何とかこの寂しがり屋な少年の心の支えになろうと頑張ったが、いつの間にかエリックの心にはレベッカではない別の人が入り込んでいたので、レベッカの言葉はついにエリックには届かなかった。
レベッカはずっとずっと、この運命を変えようと努力していた。
けれど、転生者であり記憶持ちだというアドバンテージを持ってしても、既に自分以外のキャラに攻略された後だった第一王子の運命までは変えられなかった。そう思った瞬間、レベッカの心はポキリと折れてしまった。
「……その婚約破棄、お受け致します」
ああ、ついに婚約者であり強力な後ろ盾であった公爵家の令嬢レベッカ様が匙を投げてしまわれた。もう駄目だ、第一王子は終わった。とパーティに参加していた若い貴族達は一刻も早く公爵令嬢であるレベッカが第一王子エリックとの婚約破棄を受け入れた情報を実家に持ち帰り、第二王子を支持するか、王弟殿下につくべきか相談すべく婚約破棄の会場となった部屋からじりじりと退室するやいなや、貴族としての優雅な仕草をかなぐり捨てて馬車乗り場に向かい、馬を大急ぎで走らせるのであった。
読んで頂きありがとうございます。
ブックマークと評価で応援して頂けると嬉しいです。
続きを書く励みになります。
宜しくお願い致します。