【Case1】3.修羅場注意報発令 (5)
「……」
椿さんと一緒に店内に戻った俺は、なんとも言えない表情の三人に無言で迎えられた。
あたりまえか。表でもめてた俺らの声は、店の中にまる聞こえだった違いない。
膝にフーちゃんを乗せてテーブル席に座ったミーコと、向かいの翠。そして、ミーコのそばで所在なさげに立っている柊二。
ランチの片付けは終わったらしく、厨房にいた店長と奥さんの姿はない。
「ごめんな。うるさくして」
仕方なく、俺はテーブルに近づいて柊二に頭を下げた。
「さっきのあいつ、高校のときの部活のマネで、後輩なんだけど。なんか今日、おかしくて」
「あ、そんな」
いえいえと柊二が両手を振る。マジいいやつだよなーこいつ。
振り返って、俺はテーブルから少し離れたところに立ったままの椿さんにも声を掛けた。
「後輩が失礼なこと言って、すいません。普段はあんな感じじゃないんですけど。なんか今日は、わけのわかんないことばっか」
頭を下げると、
「あの子、恒星君のこと……」
椿さんが口ごもった。
思いもよらないことを言われて、俺は奥二重の目を見開く。
「え? そんなわけないですよ!」
ちょっと笑いそうになってしまった。
中高、トータル五年間一緒だったんだぞ?
お互い、っていうか、少なくとも俺については、みっともないとこさんざん見られてて。もう、妹みたいなもんだし、あいつ。
「……はー」
フーちゃんを撫でていたミーコが、突然大きなためいきをついた。
向かいの翠は、なぜか腕を組んで目をつむっている。
「大変だね、ミキちゃんも」
妙なことを言いだしたミーコと、それに無言でうなずく翠と柊二に、
「……だから、何がだよ?!」
イラッとして、俺はテーブルに手をつく。
「……そうかもね」
え、椿さんまで?
キレながら振り向いて、俺はぎょっとした。
俯いた椿さんの目に、涙が浮かんでいる。
「……あの、すいません。なんか俺」
俺は慌てて、椿さんに声を掛ける。
なんだろう。なんかやらかした? 俺。あ、さっきのミキの、感じ悪い発言とか?
「違うの。恒星君たちとは関係ない、こっちの話」
焦る俺に、椿さんが苦笑して手を振った。
「私も、固すぎるっていうか、人の気持ちに疎いところあるから。翔馬とうまくいかなくなったのも、そのせいかな、って」
(……えーと)
抽象的すぎ、かつ、捨ておけないことを言われて、俺はそのまま固まる。
「私も」って、つまり、俺のこと言われてんの? これ。
ほとんど話したことのない椿さんに、唐突に「固すぎる」「人の気持ちに疎い」と指摘されて、いったい何と答えればいいのかわからない。
……てか、もーマジ、何なんだよ今日はみんな。
(――だけど)
ふと俺は、さっき感じた胸の痛みを思い出した。
……もしかしたら、みんなの方が正しいのかもしれない。
確かに、「人の気持ちに疎い」のかも、俺。
なにせ、自分の気持ちにさえ気づいてなかったくらいだ。さっきまで。
無音になった店の中で、
「……とは、限らないかもしれませんよ?」
そのとき、それまで黙っていた翠が口を開いた。
椿さんを見上げる、くるんと巻いた睫毛の下の黒い瞳。
柔らかそうなつやつやの唇が、ゆっくりとカーブを描く。
「翔馬さんというのは、昨日おっしゃっていた、おつきあいされている彼のことですよね。よろしければ、もう少しお話をうかがってもいいですか?」
白木のテーブルの上で、ゆったりと組まれた指。
安定の王子様顔が、椿さんに向かってふんわりと微笑んだ。