【Case1】3.修羅場注意報発令 (4)
「ミキ。何言ってんだよおまえ」
さすがに止めようとした俺に、
「……だってー、先輩のタイプと全然違うじゃないですか、この人」
上目づかいで、ミキが半笑いになった。
「年上だし、真面目っていうか、あんまりおしゃれとか興味なさそうだし」
「……」
ミキの言葉に、椿さんの白い頬がさっと赤くなる。
それを目にして、俺の中でなにかが切れた。
「……その話、今必要?」
俺の低い声に、ミキがびくっと肩を揺らす。
下を向いたミキが、華奢な指輪をいくつもつけた指で、肩に掛けたバッグのひもをぐっと握った。
「……だって先輩。私、大学入って、おしゃれとか頑張ったのに。恒星先輩の好みに合わせて。それなのに、こんな地味な人とか」
「……ミキ、いいかげんにしろ」
俺はうんざりして、ミキの言葉を遮った。
何なんだよ、いったい。
「何なの? おまえ、なんか今日おかしくね? 俺の好みとか、別におまえと関係ねーじゃん」
腰を落としてミキと視線を合わせ、なるべく優しく言ったつもりが、
「……」
カラコンの目に、至近距離から思いっきりにらまれる。
え? なにこれ。どうしたミキ?
……てか、この顔、怖わ!
見たこともない後輩の表情と、見慣れないカラコンの虹彩のコンボに、思わずたじろいだ俺に、
「……いいです、もう!」
叫ぶように言うと、ミキはくるっと後ろを向いた。
「あ、おい」
そのまま、俺に構わず大通りの方へ走り去る。
(……何なの? あいつ)
ぽかんとしたまま、俺は走ってくワンピの後ろ姿を見送った。
……なんだあれ? ベタなドラマみてーなんだけど。
「おい、蓮ー」
なにあれ?
たずねようと振り向いた俺の肩に、
「もー、きついよ恒星」
黙って俺らのやりとりを見守っていた蓮が、ぽんと手を置いた。
「おまえさー、ちょっとは察してやれって。ミキの気持ち」
やけに疲れた表情で、蓮が俺を見上げて苦笑する。
「は? 何だよ。気持ちって」
眉をひそめた俺に、
「だからー……」
言いかけた蓮が、急にためいきをついた。
「まあ、いきなりは無理か。恒星だもんなー」
(――俺?)
どういうこと?
「だから、何の話だよ? 何がしたかったわけ? あいつ」
いい加減イラついて詰め寄った俺に、
「あー、はいはい。わかったわかった」
蓮が両手を上げた。
「ミキもさ、寂しかったんだよ。恒星と高校ぶりでまた遊べると思ってたのが、あてがはずれて」
「それは確かに、悪かったけど」
だからって、なんであんな。
俺は髪をくしゃくしゃとかき回す。
わけのわかんねーことばっか言い出して、あいつ。
声に嘘の響きはなかったけど、なんか怒るし。椿さんにまで絡んで。
――『全然そういうのじゃないから、私』
不意に、さっきの椿さんの言葉を思い出して、何かで刺されたみたいに胸が痛んだ。
(――これって)
その瞬間、俺は、今まで見えていなかったものに気づく。
……もしかして。
前世の敵とか、催眠術じゃなくて。
「え、どうした? だいじょぶ? 恒星」
急に表情の変わった俺の顔を、蓮がのぞき込んだ。
「……なんでもない」
(――言えるかよ。こんなこと)
目を伏せたまま小さくこたえると、
「そっか」
ほっとしたように蓮が笑った。
「じゃー俺、ちょっとミキのフォローしてくるわ」
「え? おまえがそこまでする必要ある?」
俺は顔をしかめる。
ミキに頼まれて、おれんち探す手助けしてやったんでしょ? こいつ。
なのに、世話になったミキは、なぜかひとりでどっか走ってって。
「まー、ついでだし?」
はぐらかすようにそう言うと、「じゃ」と片手をあげて、蓮は椿さんと俺を残したまま、駅の方へ歩いていった。