【Case1】3.修羅場注意報発令 (3)
かなり適当なプランだけど、こいつはうちの(というか翠の家の)おおまかな場所は知ってるから、なんとかなると思ったんだろう。以前、蓮のワンルームに泊めてもらったとき、バイクでうちの近所まで迎えに来てもらったから。てかぶっちゃけ、俺が翠と喧嘩して、夜中に手ぶらで家を飛び出したわけなんだけど。
「……あー、悪いミキ。最近、いろいろ立て込んでて」
俺はとりあえず、ミキに謝った。
ミキの言った「サークル」とは、去年の春、大学入学と同時に入ってみた、花見やテニスをするイベントサークルのことだ。もともとあまり熱心なメンバーではなかった俺だが、ここ数か月はまるで顔を出していない。
今年の春の新歓で久しぶりに見かけた新入生のミキに、元ラグビー部という気安さから声を掛けたらさくっとうちのサークルに入ってくれたのに、その後はフォローどころかサークル自体全然参加していなかった。まあ、コミュ力の高いミキなら、俺なんかいなくてもすぐにみんなとうまくやれるだろうと思ってたのもあるけど。
(しかし、かわいくなったなこいつ)
俺は改めてミキを眺める。
ピンクベージュに染めた髪と、淡い色のカラコン。春に再会したときもそれなりにおしゃれしてたと思うけど、ここまで激変してはいなかった。
もともと甘え上手というか、女子っぽい感じではあったけど、制服とジャージの二択だったマネ時代に比べて、なんかキラキラでふわふわっていうか。
(すげーなー)
これが大学デビューってやつ?
ちょっと見ない間に、妹が大人になってた感じとでもいうか。ミーコも、あと何年かしたらこんな風に変わるんだろうか。
ミキが俺を見上げて、口をとがらせた。
「恒星先輩、サークル全然来ないんだもん。バイトとか忙しいのかなって、心配してたのに」
視線が、俺の後ろに向けられる。
「女の人と一緒だったんですか?」
「……え?」
つられて俺も振り向いた。
俺の背後に立つ、俺と同様フーちゃんを追って外に出てきた椿さん。その後ろのミーコと、さらに後方の翠と柊二。
「……何言ってんの? おまえ」
俺は意味がわからず、ミキの顔を見る。
「だって」
ミキの視線の先には、俺と同様びっくり顔の椿さん。
そのとき急に、
「フーちゃん、おいで」
ミーコが、俺の腕の中からフーちゃんを抱き上げた。
「中、入ってるね」
誰にともなく小声で言って店内に戻っていくミーコと、黙ってあとに続く翠と柊二。
ぽかんとしたまま残された椿さんと俺に向かって、ミキが口を開いた。
「恒星先輩がいるからサークル入ったのに、あたし。練習も飲み会も全然来ないで、よその女の人とごはんとか。ショックです」
「いや、この人はたまたま」
言いかけた俺に、椿さんが大きくうなずいて続きを引き取った。
「私たち、このお店で最近知り合っただけなの。年も違うし、全然そういうのじゃないから、私」
――聞いた瞬間。なんでかわかんないけど、胸が詰まったみたいな感じになって。
(……なにこれ)
息苦しさに、俺はTシャツの衿元をつかんだ。
俯いた視線の先で、小汚い俺のサンダルと、ミキのストラップ付きのパンプスが向き合っている。
「ほんとですかー?」
ミキが、やけに大きな声を出した。
昔から割と、甘えた話し方するやつだけど。なんか今日はしつこいな。
俺は軽く眉をひそめる。
とはいえ、サークル誘っといて放置してたのは俺の方だし、あんま文句は言えない。
「じゃあ、来月のパーティーは来れます? 恒星先輩」
「あ、悪い。その辺は予定が」
来月はもう、便利屋バイトとか、ミーコの誕生会(という名の謎の強制イベント)とかで、スケジュールはいっぱいだった気が。
「えー。もう、恒星先輩のバカ」
頬を膨らませたミキが、椿さんに向き直った。
「あのー、信じていいんですよね? お姉さん。恒星先輩とは、なにもないって」
「え? うん」
きょとんとする椿さん。