【Case1】3.修羅場注意報発令 (2)
住宅街の中とはいえ、「一椀」の前はバイクや車も通る道路だ。しかもフーちゃんには、前の飼い主さんの元から家出した前科もある。
だが、
「……おっとぉ」
勢いよく引き戸を開けて表に出た瞬間、聞き覚えのある声が耳に届いて、俺は急ブレーキをかけた。
「よー恒星」
「……蓮?」
どういうわけか目の前に立っていたのは、中高のラグビー部で同期だった佐野蓮太郎。その隣には、女子マネだった一個下の伊藤美輝までいる。
そしてなにより、小柄な蓮の腕の中に、ちゃっかり抱かれている白猫――フーちゃん。
(……セーフ)
フーちゃんが無事だったのに安心して、俺は大きく息を吐いた。
「これ、おまえの猫?」
慣れた手つきでフーちゃんの顔まわりを撫でながら、蓮がいつものてれっとした口調で言う。
「……まあ、そんなもん」
とりあえずそう言って、蓮の腕の中でゴロゴロ言ってるフーちゃんを受け取ると、俺はふたりの顔を交互に見た。
「てか、おまえらなんでいんの? こんなとこ」
中高のラグビー部で一緒に過ごした蓮とミキは、俺や翠と同様、付属のS大学に通っている。
ここ「一椀」は、俺が住んでる翠の家には近いけど、S大からは電車の距離だ。ミキの家は知らないが、大学のそばでひとり暮らしをしている蓮にとっては、ふらっと立ち寄るような場所ではないはずだ。
九月も中旬とはいえまだ夏モードの空の下、半袖シャツにハーパンとサンダルっていう、顔も服装も中坊みたいな小柄な蓮と、ひらっとしたワンピース姿で女子っぽい格好のミキ。蓮と俺は今もしょっちゅう会っていて、夏休み前には家に泊めてもらったりもしたが、ミキの顔を見るのは今年の春のサークル勧誘以来かもしれない。
ふたりが顔を見合わせて、ちょっと笑った。
「ちょうどおまえんち探してたんだよ。すげー偶然だなー」
いつも通りアホっぽい口調で言う蓮に、
「運命ですよねー!」
ミキが同調する。
うっすい会話だなー、これ。
「フーちゃんっていうの? この猫。なんか、白いの飛び出してきたと思ったら、スポッて俺のここ収まったんだけど」
「ねー、すごいタイミングでしたよねー」
フーちゃんが飛び込んできたという胸を指差して自慢げな蓮に、うんうんとうなずくミキ。
まーな。確かに、あのタイミングは神だった。
「サンキュー。めっちゃ助かった」
蓮に言いながら、俺は腕の中で目を細めているフーちゃんをじろりと見下ろす。
おいー。いくらなんでも、誰にでもなつきすぎじゃね? 家から飛び出したついでに、初対面の男に抱っことか。
社交的が過ぎんぞ、フーちゃん。
「……で、なんで俺んち探してたの?」
思い出して、改めてたずねると、蓮とミキは再度顔を見合わせた。
「だってー」
小柄な蓮よりさらに背の低いミキが、蓮と俺の顔を交互に見上げる。
「恒星先輩、サークル全然来ないから心配になってー」
八の字になる、ブラウンの眉マスカラで整えられた眉毛。
「ミキに、おまえの家とか訊かれてよー。近くまで行って呼び出すか、ってなって。ああ、おまえんちっていうか、新堂んちな」
蓮が、店の引き戸の前に立っている翠に軽く手を上げて、へらっと笑った。
「いやー、大体この辺かなってとこふらふら歩いてたら、こんなすぐみつかるとはなー。マジラッキーだったわ」




