【Case1】3.修羅場注意報発令 (1)
「かわいー!」
「でっしょー?」
他に客のいない「一椀」のレジ前で、おもちゃにじゃれつく白猫。を、しゃがんで見守る椿さんとミーコ。
歓声をあげた椿さんに、ミーコが偉そうに胸を張る。
(……なんなのよ? おまえは)
ドヤ顔のミーコを、俺はテーブル席から横目で見る。おまえが産み育てたとでもいうのか、この猫――フーちゃんを。
椿さんとテーブルを囲んだ翌日の、土曜日の昼下がり。
「一椀」で遅めの昼食を済ませた俺らと椿さんは、昼の営業を終えた店内で、店長夫婦の愛猫のフーちゃんと遊ばせてもらっていた。
ほんと、タイミングっていうのは、合うときはやたらと――という話では、さすがになくて。昨日、俺らは椿さんと、翌日の昼もこの店で一緒にメシを食う約束をしていた。
『椿さん、猫好き?』
『うん、大好き』
昨日一緒に夕飯を食ったとき、彼氏と喧嘩中で週末も予定ゼロだという椿さんに、ミーコが声を掛けたのだ。
ふたりに愛でられているフーちゃんは、店の二・三階にある店長夫婦と柊二の住居で飼われている、三歳の雌猫。元は、「便利屋・ブルーオーシャン」の客だったおばあさんから、譲渡団体に渡すよう頼まれた飼い猫だった。
猫なんて俺らの家では飼えないってのに(学生の三人暮らしでミーコの親父の組織から逃亡中、おまけに怪盗ブルーという、超不安定な環境で動物を飼うのは無責任すぎる)、フーちゃんに情が移って譲渡をごねていたミーコに、代わりにうちで飼ってあげると「一椀」の奥さんが手をあげてくれて、今に至る。今日みたいに、営業時間終わりで他の客のいないときには、こうやって柊二か奥さんが上の階からフーちゃんを連れてきて、一緒に遊ばせてくれるのだ。
最初は「食い物屋が動物飼ってどうすんだ!」と反対していたという、スキンヘッドの強面店長も、お試しということで一晩一緒に過ごしてみたら、フーちゃんにデレデレになったらしい。
飼い主だったばーちゃんによくしつけられたフーちゃんは、初対面の人間にも心を開いてくれる、たいそう社交的な猫なのだ。
「あー、癒されるー」
うわごとのように言いながら、床にしゃがんでフーちゃんをじゃらしている椿さんと、おもちゃにとびかかるフーちゃん。そのそばにしゃがんで、きゃっきゃしているミーコ。さすがフーちゃん、今日も社交的だ。
無言でそれを眺める、テーブル席の翠と俺。特殊な育ちのせいか動物慣れしていない翠の「情操教育」として、普段ならミーコと俺がこいつにフーちゃんへの接し方をレクチャーしている場面だが、今日はゲストの椿さんにフーちゃんを譲っている。
そこへ、表の看板を「準備中」に替えた柊二が、引き戸を開けて戻ってきた。
「わー。椿さん、フーちゃんと仲良しになったんすね」
小さな目をさらに細めた柊二が、女子たちに声を掛けてカウンター奥の厨房に向かう。
一心不乱におもちゃを痛めつけていたフーちゃんがふと顔を上げたかと思うと、次の瞬間、ほんの少し開いていた引き戸の隙間に飛び込んだ。
店の外に飛び出したフーちゃんに、反射的に俺は椅子から立ち上がる。
「フーちゃん!」
椿さんの横をすり抜けて後を追った俺に、皆も続いた。