【Case1】2.意外とこじらせるタイプ (3)
向かい合わせの席できゃっきゃするふたりの隣で、翠と俺は黙々と、さくっと揚がって酸っぱすぎない絶品油淋鶏を食べ続ける。
翠が無口なのはまあ、いつものことなんだけど。
俺はなんか、椿さんがいるとうまくしゃべれないっていうか。よくわかんないんだけど、目が、うまく合わせらんない感じで。
そのくせ、気づくとなぜか、斜め向かいの白い横顔をこっそり見ちゃってんだけど。
なにこれ。気持ち悪すぎんだろ俺。ちょっとしたストーカー?
俺は自分で自分に突っ込む。
いやでも、なんか、気になんだってマジで。椿さん。
……やっぱ前世の敵なの? この人。
「私だって、ちゃんと考えてるんだからさ。いい加減、子離れしてほしいんだよね、お父さん。人より長く学費出してもらって、あんまり偉そうなこと言えないけど」
ためいきをついて、椿さんが続けた。
「学部の二年のときにお母さんが強めに言ってくれて、しばらくはお父さんこっちに顔出さなくなってたんだけど。今年に入って、またこの辺でうろうろするようになったの。怪盗ブルーのアジトがあるかもとか言い出して」
突然のブルーの話題に表情を硬くした俺らに気づかず、首を傾げて椿さんが言う。
「まあ、捜査に一生懸命なところは尊敬してるけどね。一刻も早く捕まえてほしいもの、怪盗ブルー」
「……そうなんだ。なんで?」
ひきつった笑顔でミーコがたずねた。
(こいつ、ブルーのこと大好きだからなー)
俺はそれを見ながら、付け合わせのサニーレタスをやみくもに頬張る。
耐えろミーコ。多少ムカついても、顔に出すなよ。
でもその質問に、
「なんでって……社会の迷惑でしかないから。怪盗なんて」
何をあたりまえのことを、って風に椿さんに返されて。
俺は、飲み込んだはずのサニーレタスが喉に詰まったような気分になった。
(……ですよねー……)
「社会の迷惑でしかない」っていうパワーワードに、ミーコばかりでなく俺も、並んでがっつりへこんでしまう。
今さらだけど、要はドロボーだもんな。「怪盗」って。
「最初の宝石事件以外、実害はないとも言われてるけど。これだけ社会の秩序を乱して、しかも税金を使って捜査させて、それって十分迷惑だと思う」
冷静な口調で椿さんにたたみかけられて、
「……そっか」
反論できず、箸を持ったままうなだれるミーコ(と俺)
そのとき、それまで黙っていた翠が、静かに口を開いた。
「……あの宝石には、十分な保険が掛けられていたのでは?」
軽く首を傾げてたずねる白い顔に、
「そうね。あの事件の真の被害者は、宝石の持ち主だったL家よりむしろ、保険会社と被害にあった美術館だって見方もあるみたい。お金に換算すればの話だけど。それと、警備会社ね」
並んで座る椿さんがうなずく。
実は、怪盗ブルー最初の事件である宝石盗難事件は、宝石の持ち主だったフランスのL家から、翠の便利屋「ブルー・オーシャン」」が依頼を受けて行ったものだった。
俺らが盗んだ“双子の銀河”と呼ばれる二つのブラックオパールは、本当は精巧なフェイクだったのだが、そんな事情は世間に知られていない。というよりそもそも、模造品であることに誰かが気づく前にフェイクを処分するため、世間に“双子の銀河”が盗まれたとアピールするのが、L家からの依頼内容だったのだ。
そして、椿さんの指摘した通り、あの事件における被害者――翠の真のターゲットは、真山グループ系列の保険会社と警備会社、そして宝石を展示していた真山第一美術館そのものだった。
なにげに真相に迫っている椿さんの言葉に、俺は落ち着かない気持ちになる。
「それに私、ブルーがマスコミに、『平成のねずみ小僧』とかもてはやされてるのも嫌なの。調子に乗ってて」
悔しそうに、椿さんが言い添えた。
――親に反対されても検事を目指すくらいだ。この人はきっと、正義感の強い人なのだろう。
今まで父親がブルーのせいで苦労している姿も、身近で見てきているわけだし。
けど。
「……そこまで言わなくても」
思わず、俺はつぶやいていた。
(翠の事情も知らねーくせに)
こっちに非があるのはわかってる。それも、圧倒的に。
それでも、ブルーを責める椿さんの言葉に、俺は苛立ちを抑えきれない。
腹の底からこみ上げてくる、理屈に合わない熱い想い。
(俺らは、金目当てなんかじゃない。世間にもてはやされたいわけでもない)
怪盗ブルーの抱えてる事情なんて、椿さんが知らないのはあたりまえだ。事情どころか、俺らは名前も顔も出さないで、世間を騒がすドロボーやってんだから。
なのに、どうしようもなく悔しかった。
目の前のこの人に、わかってほしい。まだ十五歳だった翠がなぜ、真山家が莫大な権力を持つこの日本に、わざわざ危険をおかして帰ってきてまでして、こんなことを始めようとしたか。翠が、いや、俺らが、どんな気持ちで怪盗ブルーをやってるか。