【Case1】2.意外とこじらせるタイプ (2)
「芸術系の学生さんかな?」
……あー。そっちか。
「別に、そういうわけじゃないんですよ。こんな頭ですけど」
ブルーの実行犯だと見抜かれなかったことに安堵しながら、苦笑いして俺は答えた。
顔まわりのピンクの髪に、左耳にはイヤーカフ風の艶消しステンレスのピアス。「芸術系」って、センスいいって言われたみたいでちょっと嬉しいけど。普通に文系なのよね、俺。
「そうなのか」
釈然としない表情の警部に、
「すいません」
別に謝る必要ないのはわかってるけど、俺は口角を上げて、あえて言った。
「それじゃあ、大学の友達か? 椿の」
鋭い目で、警部が俺にまたたずねる。
(なにこれ、尋問?)
どうやら俺は、娘に近寄る悪い虫認定されかけているらしい。
「いや、別にそういうわけじゃなくて……。F大じゃなくて、S大です、俺。この店は、たまたま家が近くて。お嬢さんには、たった今ここでばったり」
こたえた途端、
「そうか、S大。名門校じゃないか」
「見直した」みたいな声を出して、警部は表情を和らげた。
(……わっかりやすー)
穏やかな表情をキープしつつも、俺は自分の目が死んでいくのを感じる。
「お父さん」
椿さんにきつい口調で言われて、
「ああ。それじゃあ」
ようやく警部は店の前から立ち去った。
なんともいえない気持ちでそれを見送る俺に、
「……ごめんね、嫌な思いさせて」
振り向くと、椿さんが困った顔で頭を下げていた。
「別に。よくあることだし」
あっさりと俺はこたえる。
そりゃまあ、楽しい反応ではないけれど。
「服装の乱れは心の乱れ」ってやつ?
頭がピンクとか男のピアスとか、それが「乱れ」かどうかはともかく、まあ論外だろうな。他人を見た目で判断したいやつらにとっては。
けど、学校名ひとつであんなに変わられんのもなー。
思い出して、俺は目を眇める。
そんだけで、さくっとカバーしちゃってんじゃん、俺の見た目のいろいろ。
別に俺、ひとっつも自分のことあの人に話してねーのに。
てかそもそも、見た目や学校名で態度変えるって。
……深く考えだすとはまりそうで、俺は無言で頭を振った。
「椿さん、ひとり? 一緒に食べない?」
空気を変えるように、人懐っこいミーコが椿さんに声を掛ける。
(……は?)
俺はぎょっとしてミーコを振り返った。
バカおまえ、勝手に誘ってんなよ。こんなややこしそうな人。
めっちゃくちゃ関係者じゃん、ブルーの。それも、まずい方の。
焦る俺をよそに、
「……ありがと。いいのかな?」
嬉しそうにうなずく椿さん。
結果、俺らは、椿さんを入れた四人でテーブルを囲むことになった。
(マジか……)
超やりにくいけど、ここでひとりだけ抜けるわけにもいかねーし。仕方なく、俺も皆に従う。
今日のB定食は油淋鶏。テーブルには、四人分のB定が並んだ。
普段は圧倒的A定派の俺だが、カラアゲニストの端くれとして、油淋鶏は見逃せない。
「もうね、全然話にならないの。あの人」
ミーコと気が合ったらしく、食べながら椿さんはよくしゃべった。
話題は主に、面倒くさい父親について。
「こっちの話聞かずに、いっつも同じこと言うだけ。女は地方公務員が一番とか、働きやすい職場で子育てしながら細く長く働けとか。司法試験なんて、しかも検事なんて論外だって」
今年、名門のF大法学部を卒業して大学院に進んだ椿さんは、検事を目指して司法試験の勉強をしているそうだ。ていうか、司法試験のために院生になったらしい。
ってことは、翠と俺の三個上か。
「わかるー!」
椿さんの言葉に、ミーコが食いついた。
「うちも、全然聞いてくんなかった。おまえはまだ世間を知らないから、って」
「一緒ー!」
うなずいて椿さんが眉を下げる。俺らに対する緊張が解けたのか、アルトの声が柔らかく響いた。