【Case1】1.「気づいてない」ってことに気づくのが、一番の難関 (9)
……なんでだろう。全然、タイプとかじゃないんだけど。
真面目な表情で奥さんになにか話している椿さんの、おでこフルオープンのつるんとした白い顔。
やっぱノーメイクなのかな。うちの大学で見掛ける女の子たちに比べて、睫毛とかは全然盛れてないけど、上目づかいになると黒目の大きさが際立つ。
そのとき不意に、椿さんが柔らかい笑顔になった。
(……あ)
意志の強そうな大きな目が、かまぼこみたいな形になって、そこからさらに、ふわっと細められる。
その感じが。
(……やば)
見てたら、なんか、急に息が苦しくなって。
(――なんだこれ)
なんだろう。すげえ、もってかれる感じ。
あの白い顔から、目が離せない。頭ん中が、なんかぼーっとして。
「ねえこーちん。こぼれてるって。ねーちょっと、こーちん?」
ミーコに何度も肩を揺すぶられて、はっとした。
どうやら俺は、箸でごはんをすくったところで、しばらくぼーっとしていたらしい。
いつのまにか、テーブルの上に白米がこぼれ落ちている。
左手には、持ったままの茶碗。
「やべ」
慌ててこぼれたメシを拾って口に入れた俺に、向かいの席の翠がぎょっとした顔になった。
「えーちょっとこーちん、三秒過ぎてる」
「余裕だわこんくらい」
三秒ルールが過ぎたと文句を言うミーコに、俺は横目で言い返す。
セーフだろ。床じゃなくてテーブルだし。
(……しかし、なんだったんだ今の)
俺は首をひねりながら、好物のサンマに箸を伸ばした。
目が、離せなかった。全然。
胸が、急に苦しくなって。なんかこう、もってかれそうになった、さっきのあれ。
椿さんって……催眠術とか使えちゃう感じなの? もしかして。