【Case1】1.「気づいてない」ってことに気づくのが、一番の難関 (2)
都内の私大に通う翠と俺は、付属の高校からの同級生だ。今でこそ翠の家で同居している俺らだが、高三で同じクラスになるまでは、まるで接点はなかった。なにせ、中等部からラグビー部で部活漬けだった俺と、高等部から外部受験で入ってきた、超成績優秀なお坊ちゃまのこいつ。
とはいえ高校時代、まわりの女子たちが翠にきゃーきゃー言ってるのは、俺だって知っていた。うちの部の女子マネたちだって、さんざん騒いでたし。
中学から大学までエスカレーター式のうちの高校では、生徒の半分以上が中等部からの内部進学だったから、外部生、それも帰国生ってだけで、翠は注目を集めていた。しかもこの顔と、貴族? みたいな言動。先輩後輩も含め、校内にこいつのファンの女子は山ほどいたと思う。
そんな翠を、ラグビー一色の生活を送ってた俺は、他の男ども同様遠巻きにしてたわけだけど。
高校卒業と同時に同居を始めてからのこの一年半、ひとつ屋根の下で過ごしてきて気づいたこと。
マジで、わかってねーんだわこいつ。自分がまわりのあらゆる女性たちに、年齢を問わずモテまくってるってことを。
「あ、じゃあさじゃあさ、次の問題」
でかい猫目を見開いて、ミーコが翠に新たな問題を出す。
「行きまーす。これ難しいよ? 『ぜっき』!」
俺らがさっきからやってるこれは、中学を卒業するまで外国育ちだった翠への、若者言葉クイズ。
いくら外国育ちっていっても、こいつも俺と同じ大学二年生。日本での生活も四年半ともなれば、普通なら今さら若者言葉もないはずなんだけど、そこがこいつの普通じゃないとこで。
高齢で大金持ちの親父さん(ただし血は繋がってない)とその秘書に、幼少期からスイス・イギリス・アメリカで育てられてきたっていう特殊な事情のせいか、上品を通り越してかなり浮世離れしたこいつが、二〇一八年現在の若者言葉をどこまで理解しているか、普通の若者代表として俺らがテストしているわけだ。
ってまあ、単にだらだらしゃべってるだけなんだけど。
「……『ぜっき』?」
翠が真顔で、すっと片方の眉を上げた。
(――だから、そーゆーとこよ)
独特の仕草に、俺はこっそりためいきをつく。
ハリウッド風だかヨーロッパ風だかしんねーけど。外国人っぽいんだよなー、こいつ。いろいろと。
これって、新堂家の家風なの? この夏会った、こいつの父親もこんな感じだったし。
「……わからないな。漢字は?」
しばらくして、悔しそうに腕組みした翠が、ミーコにたずねた。
(出たー、負けず嫌い)
生真面目な翠の表情に、俺は吹き出すのを必死で我慢する。
だがそこで、
「えーとね。絶望の『絶』と、起床の『起』」
ミーコから、まさかの直球すぎるヒントが繰り出され、
「……おい」
俺は思わず、眉間を指で押さえた。
「――もーそれ、言っちゃってんじゃんおまえ」
同時に、そんな俺とは逆に、
「……そうか。『絶望の起床』か!」
さっきまで「そんなに?」ってくらい沈んでいた翠の顔が、ぱーっと明るくなる。
(あーこれ、当てられちゃうなー)
翠の緩いくせっ毛の下で、形のいい眉がきりっと上がった。アホみたいにきらきらし始めた目と、きれいなピンク色になってる白い頬。
整った顔の前にびしっと人差し指を立てて、翠が俺の顔をのぞき込む。
「『絶望の起床』、つまり、悲しい夢を見て目覚めたという意味だな? 相棒」
「――は?」
斜め上の答えに、俺の口から変な声が出た。




