【Case1 失恋の報酬 ~男女の友情は、成立するしないっていうより、してほしい派~】 1.「気づいてない」ってことに気づくのが、一番の難関 (1)
「じゃあさ、次。『ジワる』って、意味わかる?」
たずねた俺に、
「……『ジワジワ来る』の略、だよな?」
向かいの一人掛けソファから、リスみたいなでかい目がこっちを見返した。
くるんと巻いた睫毛と、右耳に光るプラチナのピアス。
白い長袖シャツに包まれた両腕をひじ掛けに置き、ゆったりと脚を組む翠の姿は、ぱっと見、帝王感っていうか王子様感半端ないけど。
真っ黒な瞳の奥が不安げに揺れているのを、俺は見逃さない。
「せいかーい」
三人掛けソファで俺の隣に転がってるミーコが、ショートパンツから出たほっそい脚を、ぱたぱたと座面で弾ませた。
まだ暑さの残る、九月中旬。翠と俺の午前の講義が揃って休講になり、ちょうどいいからミーコと一緒に昼メシでも行くかということで、俺らは近所にある行きつけの定食屋が開く時間まで、リビングのソファでうだうだしている。今はうだうだついでに、ちょっとしたクイズが始まったところだ。
天井の高い南向きのリビングは、大きな掃き出し窓から入る日差しで、照明なしでも十分明るい。
レースのカーテンの向こう、二十三区内にしてはゆったりした広さの庭で、緑が揺れる。夏の間、翠の父親の秘書である瀬場さんが手入れしてくれていたこの庭も、だいぶ雑草が目立つようになってきた。
リビングのでかい壁掛けテレビの前に置かれた、茶色い革製のソファセット。三人掛けの「人をダメにするソファ」の上で、クッションを抱いてのびのび寝そべるミーコに隅に追いやられ、俺はひじ掛けにもたれて片膝を抱えている。
おかしいだろ、このスペース配分。
俺は横目でちろりとミーコを見る。
身体のちっこさを存分に生かし、二・五人分のスペースを使ってのびのび座面に身体を伸ばしているミーコと、ケツを半分浮かして残りのスペースに無理やり収まってる俺。
チビのくせに、態度だけでかすぎんのよ、おまえ。
そんな俺の視線にまるで気づかず、
「なんだー。知ってんじゃん、翠君」
ミーコが翠に笑いかけた。
「今のはギリギリ」
軽く息をついた翠が、かぶりを振って苦笑する。
(え? そんな、真剣勝負だった? これ)
どうでもいいところで発揮されるやつの負けず嫌いに、思わず奥二重の目を見開いた俺の隣で、
「じゃあ次ね。『告る』は?」
すかさずミーコが、翠に新しい問題を出した。
お、サービス問題じゃん。
「それはわかるよ」
今度は自信があったらしく、翠が余裕の笑みを浮かべる。
「恋する相手に、つきあってくださいって告白すること」
(……「恋する」って。おまえはまた)
古めかしいというか、気取ってるというか。
いつもながらの独特なこいつの言葉のチョイスに、俺は無言で遠い目になる。
「高校時代、みんなが使ってたからね」
「へー」
翠に言われてうなずいたミーコが、
「『みんな』って言うけど、翠君、自分では?」
急にぶっこんできた。
「やったことないの? 告白」
(おおっとー)
グッジョブJK。休学中だけど。
俺はゆるむ口元を手で覆いながら、ソファにもたれて翠がどうこたえるか横目で見守る。
が、
「ないな」
期待に反して、やつは表情を変えることもなくあっさりとこたえた。
(……こんのやろー)
すました顔に我慢できなくなって、
「めちゃめちゃされてはいたけどな、告白」
俺は、しれっと口を挟む。
「え?」
思わぬ俺の暴露に、わかりやすくうろたえる翠。
「どうしてそれを? 恒星」
「だって、有名だったもんおまえ。シアトル帰りの『王子』って」
俺は内心ほくそえみながら、知らん顔で追い討ちをかける。
「へー! やっぱそうだったんだ!」
ソファからがばっと起き上がるミーコに、なだめるように翠が両手を上げた。
「いや、単に珍しかったんじゃないかな、みんな。俺が、日本に慣れていなくて」
納得できてなさそうなミーコに、翠が苦笑して続ける。
「それにほら、十代なかばといえば、恋に恋する年頃だろう?」
……なにそれ?
「なに言ってんの? おまえ」
「十代がどうって、翠君だってまだ十九歳じゃん」
謎の立ち位置で思春期を語り始めた翠に、ミーコと俺が揃って突っ込んだ。