【Case4】4.たまに出すデレしか勝たん (5)
「ショックを受けて、もちろん怒って……そして、寂しがっているよ。ふたりとも」
新堂が翠に、まっすぐな視線を向ける。
「自分の身に置き換えて考えてみなさい。おまえにとって大事な仲間――友達が、黙っていなくなったら、いったいどんな気持ちになるか。そんなとき、自分だったらどうして欲しいか」
「……大事な、仲間。友達」
おうむ返しに翠がつぶやく。
誰かにとっての大事な仲間。友達。――これまで、そんな風に考えたことがなかった。自分のことを。
(……だけど、あのとき)
夏の初め。恒星が家を飛び出したとき口にした、「仲間」という言葉。
あれを、言葉通りに受け取ってもいいのなら。
ためらいながらも、翠は父に言われた通り想像してみる。
俺の前から「仲間」が……たとえば恒星が、ミーコちゃんが、ひとことの相談もなく姿を消したら。
去年の秋、恒星が、悩んだ末にミーコを連れてマンションを出たときとは違う。前触れもなく、ふたりのどちらかが黙っていなくなったら。
――たとえ、それが俺のためだからと言われても、俺は――。
「……!」
翠が勢いよく立ち上がった。
「認められない。そんなの」
つぶやいた翠に、
「そうだろうとも」
新堂がこたえる。
「あのふたりだって同じさ。いくら自分たちのためとはいえ、勝手に決められて、黙っていなくなられたら。悔しくて、腹が立って……寂しがっているよ。おまえに会えなくて」
翠の顔が上気する。
(会えなくて、寂しい? ……恒星たちも?)
「戻って、ふたりに謝って。もう一度、話し合ってみたらどうだ? 今後のことを決めるのは、その後でもいいんじゃないか?」
新堂の言葉が終わるより早く、
「東京行きのチケットを、手配してきます」
翠は父に背を向け、自分の部屋へ駆け込んでいった。
「……お茶を、いかがですか?」
気づくとサイドテーブルの上に、湯気の立つカップが置かれていた。
「ありがとう」
新堂は、傍らに立つ瀬場を見上げる。
「……甘くなられましたね、翠様に」
糸のような細い目をさらに細めて、瀬場が言った。
「そう思うかね」
「はい」
瀬場が満面の笑みでうなずく。
新堂が、ほろ苦く笑った。
「あの子は今、私やおまえには教えられなかったことを学んでいるんだな。仲間から」
「……結構なことかと」
新堂が、ゆっくりとカップを手に取った。
「勝手な言い草かもしれないが。遠からぬ先この世を去る身としては、大層心強いんだよ。自分のいなくなったあとのあの子の人生に、支えになってくれるもののあることが。……これが、親らしい感情というものかな」
苦笑した新堂に、瀬場が無言でうなずく。
「あの子のあんな笑顔を、初めて見た」
東京で見た翠の姿を思い出し、ぽつりと続けられた言葉に、
「……幸せに、なっていただきたいものです」
控えめに瀬場がこたえた。
「まったくだ」
紅茶の香りを味わうように、新堂が静かに目を閉じる。
しわの目立つまぶたの裏に、これまで幾度となく思い出してきた、華奢だが芯の強そうな女性の姿が浮かんだ。
――最初から、結ばれることのない相手だとわかっていた。
年齢や、互いの立場の違い。それだけが理由ではない。
真山家の顧問弁護士として、初めて彼女の写真を目にしたとき。
見えてしまった。幼い翠の手を引いて真山家から逃れる、未来の自分の姿が。
どんなに目を凝らしても、そこに彼女の姿はなかった。
そして実際、共に逃げることはおろか、真山家に捕らえられた彼女の居場所さえ、突き止めることはできなかった。
それでも、彼女が命がけで守った息子――翠を、少しは幸せにできているだろうか。自分は。
胸の中の成海碧の姿に、新堂は問いかける。
答えはまだ、みつかりそうになかった。