【Case4】4.たまに出すデレしか勝たん (3)
「考えてみたらあたしも、似たようなことしてたかも。翠君と」
うつ伏せにソファに転がったミーコが、クッションにあごを乗せてぽつりと言った。
「……」
俺は向かいの一人掛けソファで、黙ってスポーツ雑誌をめくる。
「うちってほら、親がヤ〇ザ屋さんじゃん? あんまり、普通の子巻き込まない方がいいのかなって思っちゃって。まわりの子と仲良くなりたいのに、なったらなったで、自分から壁作るみたいな時期があったんだ。近づくと、相手の子に迷惑かけそうで。……そういうの、思い出した」
窓の外は、ギラギラとした夏の日差し。
翠の置き手紙を発見してから、何日かたった。俺らは今も、この家で暮らしている。
「あ、今はもうないよ? そういうの。中二くらいからかな。親は親、自分とは別って思ってる。けど……しょうがなかったんじゃないかなー、翠君も」
「……」
俺は黙ってミーコを見返す。
ミーコが寂しそうに笑った。
「ひとりで考えすぎて、『もう無理!』ってなっちゃったのかも。今までのこととか、これからとか」
「……だなー」
閉じた雑誌を放り投げると、俺はソファの背もたれに思い切り倒れこんだ。
「……ほんっと、無茶苦茶だよなー。あいつの情緒」
「あはは」
ミーコが屈託のない笑顔になる。
「なんかもう、お兄ちゃんっていうよりパパだね。こーちん」
「やかましーわ」
普通、ガキのうちに済ませとくようなことをさ。まんま積み残してんだよなー、あいつ。
友達が大事、とか。迷惑かけてごめん、とか。
手つかずなんだよ。普通のことが。
「俺さー。今度会ったら言ってやるわ、あいつに」
「……何を?」
寝転がったまま、ミーコが俺を見上げる。
「『ごめんなさい』っていうのはさ。ちゃんと、相手の目を見て言うもんなわけ」
ミーコが吹き出した。
「謝られたら、ちゃんと『いーいーよ』って言うとか?」
「そう、それ」
きゃはは、とミーコが笑う。
「幼稚園でやるやつじゃん」
「そっからだろ。あいつの場合」
そうだよ。
俺は自分の言葉に自分でうなずく。
謝るならちゃんと、相手の目を見て謝る。そんで、相手の返事を聞いて。
そっからじゃん、全部。手紙で言い逃げしようとすんな。
ブルーがどうとか、俺らがどうとか。先のこと決めるのなんか、そのあとだ。
だいたいその、決めるっていうのも、あいつひとりでやることじゃねーし。
(……あー、イライラする)
考えてたら腹が立ってきて、俺はぐしゃぐしゃと髪をかき回した。
あの、しれっとしたきれいな顔に、俺は脳内で説教する。
あのなー。なんか決めるときっていうのはなー。
ちゃんと、思ってること全部言って、メンバーの意見も全部聞くもんなんだよ。チームなら。
「まったくよー。なんも知らねーくせに、無駄に賢くなりやがってあいつ。ハッキングとか、三か国語とか」
ソファにもたれてぼやくと、
「猫の触り方も知らないのにねー」
ミーコが乗ってきた。
「だよなー。あいつ、指、ピン! って伸ばしやがってよー」
思い出して、ふたりで大笑いする。
「一椀」で、おそるおそるフーちゃんを撫でたあとの、ほっぺたピンクにしてたあの笑顔。
「……しょーがねーなあ。マジで」
俺は頭の下で腕を組んで、目を閉じた。
大抵のことは人よりずっとうまくできるくせに、変なとこが危なっかしい翠。
仕方ない。教えてやるか。ガキでも知ってる、あたりまえのいろんなこと。
……あいつが戻ったら。