【Case4】4.たまに出すデレしか勝たん (2)
「こーちん! あった!」
「マジか!」
翌日の朝。
遅くとも夜の内には戻るはずの翠が、朝起きてもまだ帰っていなかったことに仰天した俺らは、何か手がかりがないかと、二階奥にあるやつの部屋に突入していた。
許可もなく部屋に入るのは申し訳ないが、スマホもつながらないんだから仕方がない。常にスマートなあいつのことだから、事故とか事件じゃないはずなんだけど、たまに出る天然を思い出すと結構不安になる。
なんかこう、スケジュールとか、仲のいい友達(いるのか?)の連絡先とかをみつけられたら。そんな、祈るような気持ちで踏み入った殺風景なあいつの部屋で、
「ほらここ、手紙!」
……ミーコに示されたそれは、脱力するほどベタな光景だった。
ブラインドが閉じられたままの、庭に面した窓。そのそばにある、コンピュータ関係のあれこれが置かれたでかいデスク。
その真ん中に、それは置かれていた。
横長の白い封筒。中央には濃い青のインクで、「恒星とミーコちゃんへ」と書かれている。
その場で俺らは手紙の封を切った。
予想通りそれは、いわゆる「置き手紙」というやつらしかった。
「恒星とミーコちゃんへ
この手紙を読んでいるということは、君たちは今、俺が帰らないのを心配して、手がかりを探してくれているのだと思う。
心配かけて、すまない。
俺は、父や瀬場さんと一緒にシアトルに戻ります。ふたりのいるその家には、もう帰らない」
「はああああ?!」
読みながら大声を出した俺の頭を、
「こーちん、うるさすぎ」
隣に立つミーコが、背伸びして思いっきりはたく。
翠の手紙は続いていた。
「勝手なことを言って、本当にごめん。
俺は最近、臆病になったようです。といってもそれは、自分自身についてではなくて。
これ以上、君たちをブルーの計画に巻き込むことに、耐えられそうにないのです。
不思議だね。去年の春先、初めて恒星に声をかけたときには、ちっともこんな風じゃなかったのに。
それまでだって、何も考えていなかったわけじゃない。
だけど、俺が自分の頭の中で思い描いていたバディとは違って、現実の恒星、それにミーコちゃんは、いつも、それまで存在すら知らなかったような新しい感情を、俺の元に運んできた。
ふたりには、俺のことは忘れて、それぞれの人生を歩んでほしい。ふたりが元いた、平和な明るい世界で。
やはり、俺みたいな人間は、ひとりでいるべきだったのだと思う。君たちを巻き込んでしまったことを、心から後悔しています。
こんな俺と、一緒にいてくれてありがとう。
これからも、ふたりの幸せを心から願っています。
愛を込めて 翠」
末尾にはご丁寧に、この家の退去方法の説明がついていた。
ゆっくりと、俺は手紙をたたんだ。
「……なにこれ?」
ミーコが、震える手で俺の腕をつかむ。
「こーちん。なんで? 翠君……」
「……」
俺の脳裏に、昨日のあいつの姿が浮かんだ。
「いってらっしゃい」とミーコに言われて、にこっとしたけど声に出して返事をしなかった翠。
帰る時刻を俺に訊かれて、首をひねるだけだった翠。
――あいつは、嘘は「言わなかった」。俺の耳に、“響き”でキャッチされるような嘘は。
(しょーもない小細工しやがって)
番犬かよ俺は。
「……なんだよ、あいつ」
俯いて俺はつぶやく。
何考えてんだよ。今さら。
わかんねーよ、翠。おまえのことなんか、全然。