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【Case4】4.たまに出すデレしか勝たん (1)

 お盆休みに差し掛かっても、八月三日に起こった真山総合病院での奇妙な事件がマスコミに取り上げられることはなかった。当然、VIPフロアの闇カルテと、謎の患者・成海碧についても。


 マスコミの知らないところで、闇カルテの捜査はこっそり進められているのでは? という楽観的な俺の意見に、「それはない」とあっさり翠は言った。


「最初から、一度のオペレーションで仕留められるとは思っていなかったから」


 結果に落胆しているかと思いきや、翠の反応はクールだった。これからも、何らかのアプローチを続けるということなのだろう。


「恒星もミーコちゃんも、お疲れ様」


 今日も窓の外の気温は早朝から急上昇中。セバさんの繊細なエアコン設定で、広い室内はいつも通り快適な温度に保たれている。


 シャンデリアの下、ダークブラウンのダイニングテーブルに並べられた、セバさん特製のフレンチトーストに、この前初めて食ったやたらうまいソーセージと温野菜。

 ホテルのモーニングセットみたいな朝食を前に、翠がにっこりした。


「今回も、おおむねプラン通りに作戦完了。いつもながら優秀だったね。父さんと瀬場さんも、ご協力ありがとうございました。恒星があの警部と接触したときは、本当に危なかった」


 テーブルを囲む皆に頭を下げる翠に、


「なんもしてないよ、あたしー」


 口をとがらせるミーコを、まあまあと俺はなだめる。

 気づいてないかもしれないけど。意外といい動きしてんだって、おまえ。


「成海碧に関する捜査や報道について、現状目立つ動きはありませんが、本件はひとまずここで終了。しばらくの間、警察や真山側の反応を見ます。つまり」


 翠が、優雅に両手を広げた。


「夏休みだ。怪盗も」




 翌日、翠の親父さんと瀬場さんは、本拠地のシアトルに戻ることになった。

 空港まで送っていく翠を含めた三人を、ミーコと俺は門の前で見送る。


「久しぶりに若い人たちと過ごせて、楽しかったよ」


 親父さんが、杖を持っていない左手をダンディに上げた。


「恒星君にミーコちゃん。息子と仲良くしてくれてありがとう。ふたりとも、元気で」


 隣で、荷物を持ったセバさんが笑顔で頭を下げる。


「また来てね、セバさん!」


 すっかり懐いたミーコにぎゅっと抱きつかれ、困った顔のセバさんが、大きな手でそろりとミーコの頭を撫でた。その姿に、ははは、と楽しそうに親父さんが笑う。


「翠君も、いってらっしゃい」


 ミーコの声に、ふたりに続いてタクシーに乗ろうとしていた翠が、振り向いてふわりと微笑んだ。


「翠、おまえ今日、何時ごろ戻る?」


 なにげなくたずねた俺に、


「あ……」


 つぶやいた翠が、首を傾げる。


「そっか、出かけたついでに用事もあるよな。じゃ、夕飯はふたりで適当に食っとくわ」


 気をつけて、と声を掛けると、翠はうなずいて車に乗り込んだ。


「やっぱあたしも、空港まで送りたかったなー」


 タクシーを見送ったあと、ふたりで家に入りながら、未練がましくミーコが言った。


「おまえはまだ、遠出はナシ」


 俺らはまだ、ミーコを探しているであろう父親の組織を警戒している。


「それに翠も、最後くらいは俺ら抜きで、家族水入らずがいいかもしんねーし」


「かもねー」


 ミーコがうなずいた。


「いつもきっちり帰りの時間決めてんのに、今日はいつ帰るかわかんないって言ってたもんね、翠君」


「あいつ海外の方が長いから、空港行くと里心ついてしんみりしちゃうのかもな。親父さんたちとも、しばらくお別れだし」


「帰りにひとりで、カフェでお茶とか飲んでそうだよね」


「飛んでく飛行機見ながらだろ? たそがれんだろ? 似合うわーそれ」


 リビングに戻りながら、ふたりで勝手なことを言い合って笑う。


「あー、セバさんのおやつともお別れかあ。ショックー」


「それなー」


 セバさんと共に失われた、あの輝かしい手作りスイーツの日々。そして、戻ってきた毎日の家事。


 気楽だがそれなりに面倒な日常に還ってきた俺たちは、とりあえずいつもの人をダメにするソファにダイブして、必要に迫られるまで存分にだらけることにしたのだった。


 ……その、つもりだったが。



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