表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/215

【Case4】3.男のスーツは胸で着る説 (9)

 およそ三週間後。


「ねえ警部。本当にやるんすかね? ブルー」


 外来棟正面玄関そば、植え込みの陰で張り込む田崎警部に、背後から間延びした声で部下が話しかけた。


「そもそも、本物っすかねー。あの予告状」


「……わからん」


 低い声で警部がこたえる。


 八月三日金曜日、午後六時十五分。

 日中よりいくらか涼しくなったが、日はまだ落ち切っていない。予告状にあった犯行時刻まで、あと三十分だ。


 予定通り終日休診となった外来棟だったが、怪盗ブルーの襲撃に気づきやすいよう、建物内の電気はつけられており、各フロアには警官たちが詰めている。田崎警部たちのいる場所からも、明るい受付カウンターが見えた。


「だが、あいつはやる。私の、ベテラン刑事としての勘がそう言っておる」


 謎の確信に満ちた警部の声に、


「もー、勘弁してくださいよ警部ー」


 若い部下がうんざりした声を出す。




 ――それから、さらに三十分後。


「……時間っすよ」


「しっ」


 引き続き緊張感のない部下を警部がたしなめた、次の瞬間、


「あ! 警部、あれ!」


 ふたりの目の前で、人気のない受付天井の蛍光灯が突然瞬いたかと思うと、数秒の間にすべて消えた。


 ベンチの並んだ広い受付とカウンターが、日没直後の薄青い空気に沈む。


『一階総合受付の蛍光灯が、すべてダウン!』

『他の階の被害状況は?』


 途端に騒がしくなった無線を聴きながら、


「走れ!」


 周囲に目を配りつつ、ふたりは正面玄関に駆け込んだ。





「……寿命ですね。LEDライトの」


 警察の要請により大学の研究室から駆けつけた、若手准教授の第一声に、


「……は?」


 田崎警部が、間の抜けた声を出した。


 外来棟会議室の床に敷かれた青いビニールシートと、その上に山積みされた一階受付の天井の蛍光灯。


 シートの前にしゃがんでいた三十代くらいに見える男性が、疲れたように頭を左右に振った。ひとつに結んだ長い髪が、細い背中でしっぽのように跳ねる。

 男性は眼鏡を直すと、膝に手をついて立ち上がった。


「寿命ですよ。これ全部」


 山と積まれた蛍光灯を指して、うんざりした顔で彼が言うと、後ろに控える作業を手伝った学生たちも揃ってうなずく。


「馬鹿な。受付の蛍光灯すべてが、犯行予告にあった時間通りに一斉に切れるなど」


 つかみかかりそうな勢いで言う警部に、


「その馬鹿な事態が起こったんでしょうよ。一本残らず調べさせていただきましたけど、すべて異常なし。工作の跡もなし」


 男性が、手袋を外した手をぱんぱんと叩いた。


「他の階では、何もなかったんですよね。じゃ、僕の出番は終わりってことで」


 そう言うと、若手研究者は若者たちを連れて風のように姿を消した。


「……そんなことって、ありますー?」


 残された捜査員たちの気持ちを代弁するように、田崎警部の部下が、誰にともなくつぶやいた。





「お疲れ様でした」


 本庁に戻った田崎警部に、部屋のあちこちから同僚たちが声を掛けた。

 真山総合病院での張り込みが空振りに終わったことは、既に知られている。


「……ああ」


 浮かない顔でこたえる警部の後ろで、


「マジお疲れっすよねー。無駄の極みっすよねー」


 つまらなそうな顔で若い部下がぼやいた。


「そう言うな。刑事の仕事なんて、無駄でできてるようなもんだ」


 たしなめながら席に着いた警部に、


「はいはい。あれっすよね、田崎さんの好きなやつ。『刑事の仕事は、九十九パーセントの無駄と、一パーセントの幸運でできている』っていう」


 口の減らない部下が言い返す。


「てかそれ、なんか似たようなの聞いたことあるんすけど。誰か偉い人のパクリじゃないっすか?」


「知らん。気のせいだ」


「えー? あ、わかった、エジソンとか?」


「オマージュだ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキングに参加しています。クリックしていただけたら嬉しいです(ぺこり)
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ