【Case4】3.男のスーツは胸で着る説 (6)
その有能すぎる仕事ぶりに、いつしかミーコと俺は彼のことを、「セバ(スチャン)さん」と呼ぶようになっていた。
なんか、“セバスチャン”って感じするじゃん? こういう人。完璧執事みたいな。(執事というより、家政婦?)
あと、「様」付けて呼ぶしセバさん。俺らのこと。
翠と親父さんのことを、「翠様」「新堂様」、たまに「坊ちゃま」(と翠は昔呼ばれてたらしく、たまにそう呼ばれると勘弁してみたいな顔してて笑える)って呼ぶだけじゃなくて。
「坊ちゃま」の友達、っていうか、ただの居候の俺らにまで、「様」付けんのよ? セバさん。ただのクソガキに、余裕で「恒星様」「ミーコ様」だからね?
てか、どう考えても本名じゃない「ミーコ」に「様」付けんのって、なんかちょっとおかしくね? でも付けちゃう。それがセバさん。
まあとにかく、完璧すぎるのだ。俺たちのセバさんは。
そしてなにより、ミーコと俺を熱狂させたのが。
「うまーい! アイスも紅茶もうまーい!」
瀬場さん改めセバさんが毎日出してくれる、この手作りの「三時のおやつ」だった。
ほっぺたをひまわりの種詰めたハムスターみたくしたミーコが、目を細めてぴよぴよさえずる。
「あーもう幸せー。薄ーいパンケーキにクリーム山盛りもいいけど、こういうふっくらパンケーキって、幸せな味だよねー!」
その瞬間。
「……ホットケーキ、でございますよ。ミーコ様」
珍しく、セバさんが自分から口を開いた。
ミーコと俺は、揃ってハム状態のままセバさんの顔を見上げる。
「……パンケーキ、じゃなくて、」
確かめるように言った俺に、
「ホットケーキ、でございます。恒星様」
テーブルの端から、真剣な目でうなずくセバさん。
「……はい」
よくわからないが、そこは重要らしい。
ミーコと俺は従順にうなずくと、パンケーキ改め、ホットケーキの続きに戻った。
向かいの席では、そんな俺らを眺めて翠が苦笑している。
俺が半日だけの家出から戻って以来、穏やかな時間が流れていた。
家のことを一手に引き受けてくれるセバさんのおかげで、衣食住の環境は最高。翠と俺の大学が夏休みに入って、時間に余裕もある。
便利屋バイトへの依頼も、買い物代行みたいなちょっとした仕事が入るだけ。こう暑いと、猫もエアコンの入った部屋から逃げ出さねーし。夏場は引っ越しも少ないしな。
俺が届けた(っていうか壁に貼り付けた)真山総合病院へのブルーの予告状について、マスコミで取り上げられることは一切なかった。翠の話では、病院の母体である真山グループによって、マスコミにかん口令が敷かれているそうだ。
確かに、怪盗ブルーに狙われてるなんて公表されたら、報道陣や野次馬が殺到して、人目を避けたいⅤIPフロアの入院患者は皆よその病院に移ってしまうだろう。ブランド病院のしたたかさに、俺はちょっと感心した。とはいえ、まともな病院なら、いくらブルーが一般人に危害を加えないって言われてたって、患者の安全第一で情報を公開すると思うけど。
翠はその後も、パソコンでいろいろ複雑そうな作業をしている。おそらくいつものハッキング、じゃない、クラッキングというやつなのだろう。この前俺が「チーム」を強調したせいか、今回はミーコと俺にも今後の展望を聞かせてくれたが、結論から言うと、予告状を届け終えた今、俺らのやることはもうないらしい。
とはいえ、忙しい翠も、セバさんの出すおいしいものは逃したくないのか、食事とお茶の時間には必ず俺らと一緒にテーブルについている。
「懐かしい。本当に、瀬場さんの淹れる紅茶はおいしいな」
優雅な手つきでティーカップをソーサーに戻した翠が、しみじみとした声で言った。
「どうしても真似できないよ」
「……硬水を使ったからかもしれません。こちらの水はおいしゅうございますが、紅茶の風味を引き出すにはやはり硬水の方が」
珍しく、セバさんの口から長い文章が出た。
「そういえばそうだね。最近はつい、浄水器の水をそのまま沸かしていた」
翠がうなずく。
「髪を洗った後きしまないのは、こっちの水のとてもいいところなんだけど」
「おっしゃる通りでございます」
……貴族の会話かよ。
俺は無言で紅茶のカップを持ち上げる。