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【Case4】3.男のスーツは胸で着る説 (5)

 午後三時、前のめりにダイニングテーブルについた俺たちの前に、


「本日のおやつは、ホットケーキでございます」


 瀬場さんの手で、湯気の立つ紅茶のカップと白い大皿が並べられる。


「やったー!」


 ナイフとフォークを手に、ミーコと俺は勝利の声をあげた。


「いただきます!」


「……」


 あっけにとられた顔の翠を放置して、俺らは猛烈な勢いで皿に襲いかかる。


 真っ白な皿の真ん中に二枚重ねて載せられた、ふっくら柔らか中身がてろんと垂れないギリギリ、かつ、表面は噛んだ瞬間さくりとした歯ごたえをもたらしてくれちゃいそうな、パーーーフェクトなキツネ色に焼かれたホットケーキ。


 滑らかなその表面にバターとハチミツをたんまり落として、すかさずフォークで軽く押さえ、ナイフをあてる。


 重みのあるナイフが温かな生地に沈んでいく、吸い込まれるような感覚。あでやかな卵色の断面を、ハチミツの金色が大胆に伝う。


「うおー! 断面、やば!」


「いいよねこーちん! ハチミツバターのとろーって、これいいよね!」


「とろー、からのー?」


「じゅわー!」


 日本に上陸したばっかの宇宙人並みの語彙できゃっきゃする俺たちに、


「よろしければ、こちらも」


 メイプルシロップとチョコレートシロップ、それにバニラアイスクリームを差し出す瀬場さん。


 神! 神現る!


「ありがとーセバさん!」


 神の降臨に、むせび泣くミーコと俺。

 テーブルの上に漂う、甘いホットケーキの香りと、それを包み込むようなどっしりとした紅茶の香り。


「わーん、幸せー! ほんと、ごはんもお菓子もお茶も、セバさんの作ってくれるやつはみんなおいしい!」

「マジでマジで」


 ムグムグしながらうなずき合う俺たちに、


「……恒星の料理も、俺は好きだよ?」


 翠がちょっと困った顔になる。


 ミーコがそれにうなずきながら、


「そうだけど、セバさんのはもう、家庭料理超えちゃってるから。神だよ!」

「だな!」


 迷わず俺もうなずいた。


 うますぎて日本語が崩壊した俺らにも動じず、テーブル脇にたたずむ瀬場さんは微笑んでいる。

 ちなみに翠の父親は、この時間は二階の自室で仕事の真っ最中らしく、三時のおやつには顔を出さない。


 ついでに言っとくと、なんだよおやつって、保育園児かよ、みたいな突っ込みは無効だ。ミーコと俺はいわば、瀬場さんのおやつをこよなく愛する十六歳児と二十歳児。健やかな成長のために、身体が欲してんのよ。瀬場さんのおやつを。


 翠の親父さんと瀬場さんが戻ってきて以来、料理だけでなく、家事はすべて瀬場さんが取り仕切ってくれている。


 最初は遠慮したミーコと俺だったが、


「仕事ですので」


 普段は極端に無口な瀬場さんに、珍しくきっぱりと言われて押し切られた。

 つーか、押し切るもなにも、断る隙がないのよあの人。手際良すぎて。


 朝起きると既に、テーブルの上で湯気を立てている朝食と、庭ではためいている洗濯物。

 広い家の中はいつのまにか埃ひとつなく磨き上げられ、気づけば俺のTシャツにまでぴしっとアイロンがかけられている。

 庭の芝生やオリーブも、よく手入れされてつやつや。


 これで親父さんの秘書もやってる(てかそっちが本業)って、いったいいつ寝てんの瀬場さん。



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